1-6 物資捜索
その場から動けなくなったアイは雑貨屋の奥に移動して無線機を起動した。
「こちらアイ、聞こえますかー?」
声をひそめながら無線機に向かって話す。
『電波良好。よく聞こえるよアイちゃん。どうかしたかい?』
無線機から伸びたイヤホンを通じてゼンさんの声が聞こえてきた。
「探索中に見たことないものを見ちゃって。あのさゼンさん、感染者って基本単独行動だよね?」
『何か標的を見つけていない時はそうだと聞いている。それが?』
「なんかね、感染者が行進してるの。見た感じ三十人くらいいる。それがおんなじ方向に向かって歩いてる。何かを追いかけてる様子はない。こんなの聞いたことある?」
少なくともアイは聞いたことがなかった。物資探索班にいた時にも誰もそんなこと言ってなかった。
「ゼンさん?」
『アイちゃん、いいかい?すぐにそこから離れるんだ。絶対に見つかっちゃいけない。物資なんか気にしなくていいから、戻ってきて欲しい』
ゼンさんが焦ったような声を出すのは珍しい。基本的にゆったりとしたペースで話す人なのだ。その様子にアイは嫌な予感を覚えたが、黙って言う事を聞くことにする。と、言っても……
アイはレジが置いてある机に隠れている。そこからそっと顔を出すと、まっすぐに道路の様子まで見ることができる。そこにはひっきりなしに現れては雑貨屋の前を横切って歩いて行く感染者がいる。
ゼンさんと無線で会話する間にもちょこちょこと様子を見ていたが、いまだに途切れる気配がない。
「え?今変なものが……」
思わず呟いてしまうくらいおかしなものが横切って行った。それまで見た事のある感染者は、体の損傷具合にもよるが基本的には人と同じような形と動きをする。しかし、今横切って行ったのは、足が四本あった……。
普通の人間にはありえない格好だったのに、アイが見たそれは器用に四本の脚を動かして、むしろ二本足の個体よりもスムーズな動きをしていた。
絶対に見間違えじゃない。アイはごくッとつばを飲み込むと、そうっと隠れている机から移動した。商品を並べてある机を使用して、姿を隠しながら音を立てないように……。
感染者が腰をかがめて、のぞき込んだりすることはない。だから車の下とかに隠れるのが有効だということを探索班の時に学んでいた。腹ばいのまま移動してより外が見やすい位置まで移動したアイは息を飲んだ。
雑貨屋の前の道。それほど広い道路ではない、しかしその道路を埋めるくらいの数がいた。そしてアイは見た。
その道路の中央を、体がおかしな形になっている複数の感染者に囲まれるようにして、高校生の制服を着た女の子が歩いていた、
「えっ?うそ……。あれ、は。……何?」
さすがに、生きている人間ではないことは分かる。肩からお腹にかけて大きく破れている制服からは白い肌が見えている。そこに大振りのナイフのようなものが刺さっているから……。ただ、根元の近くまで深く刺さっているが、血は出ていないし傷口も見えない。ぱっと見、お腹からナイフの柄の部分が生えているようにも見える。
まるでお祭りの行列でもするように、ゆっくりと歩くそも少女の顔は、不自然に傾いていて虚ろな表情のまま固まっている。口だけが何かを喋っているように動いていた……。少女が雑貨屋の前を横切り、おかしな形をした感染者がその後ろにも続き、やがて普通の……よく見る感染者ばかりになって、ようやく途切れた。
それからもたっぷり時間をかけて様子を見ていたが、それ以降は何も見えないし、何かが動いている音や気配も感じない。そこでようやく商品机の下から這い出てきたアイは、素早く出入口の影まで移動して外を見た。
「もういない……あんなにたくさんいたのに……」
感染者の行列が進んで行った方向にも、やって来た方向にも感染者の姿は見えない。まるでこの町にいる感染者が全員あの行列に加わってどこかに移動した。そんな想像が頭に浮かぶ。
とりあえず今見たものをゼンさんに伝えようとしたアイだったが、自分で思っている以上に手が震えて無線機のスイッチもうまく操作できない。……アイは息を吐いてその場に座り込んでしまう。
もう今日は探索を続けられそうにはなかった……。
アイはめまいすら感じながら、マイキーが停まっているコインパーキングへの道を戻った。感染者たちが向かっていた方角とは違っていたことが幸いだった。
◆◆◆◆
アイは装備を付けた姿のままソファに座り、お母さんが入れてくれたミルクティを飲んでいる。その横には心配そうなお母さんが座り、向かい側にはゼンさんが難しい顔をして座っていた。
「うーん、多足の感染者ねぇ、そんなのは見たことないなぁ」
無精ひげが生えているあごをさすりながらゼンさんがそう言った。
「ホントにいたの!気持ち歩い動き方で私の目の前を歩いて行ったんだよ」
叫ぶように言うアイにゼンさんは落ち着くように両手を前に出して広げる。アイも思わず言ってしまったようで、すぐにソファに座りなおした。
「アイちゃんの言うことを信じていないわけじゃないんだよ。ただ僕が見た事ないだけで……我々はあの感染者と呼んでいる存在のことなんか、ほとんど知らないんだ。どんな奴がいてもおかしくないよ」
なだめるようにそう言ったゼンさんを見て、アイも小さく「ごめん」と呟く。鉄パイプ片手に感染者に向かって走って行くアイがこれだけのショックを受けているのだから、よほどのことだということはゼンさんもお母さんも理解していた。
「そう言えば、駐屯地で少し話した榊原さんが言ってたやつかな?」
首をひねりながらゼンさんが思い出すようにしながらそう言った。榊原さんの名前を聞いてアイもほんの少しだったが感染者の特徴とか対応の方法なんかを教えてもらったことを思い出した。
榊原さんは名の知れた研究者だったらしく、ほんの数日避難民と一緒に過ごしただけで、すぐにネメシスの連中に連れて行かれたから、ほんの少ししか聞けなかったが。
「榊原さんが何か言ってたの?」
アイの脳裏に、痩せて覇気をあまり感じない、何かを諦めてしまったような笑い方をする中年の男性の顔が浮かぶ。
「えーと、ちょっと待ってね」
そう言うとゼンさんは、自分の荷物の中から大量のノートやら手帳やらを取り出した。
「多分、彼が教えてくれたことは、専門家の貴重な考えだと思って、記録していたはずなんだ。僕はそれを探すから、アイちゃんはもう着替えておいで。今日は探索もいいだろう。それより、その感染者の行列に出会いでもしたら大変だ。たまたま今日が彼らのお祭りか何かだったことを祈って、お休みにしよう」
そう言うとゼンさんは自分の机にそのノートと飲み物の入ったカップを持っていき、真剣な顔になってめくり始めた。
物資の探索はアイの役目だと思っているし、なるべくたくさん行って、少しでも集めて来るべきだと思っているが……。安全な場所に戻って来てソファに座った瞬間、お尻から根っこでも生えてしまったかのように動けなくなっていた。
頭の中ではいかないと、と思ているんだけど……あれを見てしまい、体が拒否していた。あの感染者の数と人間離れした姿になった個体。その中を制服を着た女子高生が歩いているという、違和感しかない光景が頭から離れないのだ。
しばらくは拒否する本能と、行くべきだと思う理性が争っていたが、ゼンさんの薦めであっという間に本能側が勝利を収めた。
「うん、着替えてくる……」
肩を落としながらそう言ったアイは、着替えるために自分の部屋に戻っていった。




