1-5 役割
片側三車線の道路を、静かに一台のマイクロバスが走っている。かつて平和だった頃はたくさんの車が行き交っていたであろう主要道路。今では放置された車両があるくらいで、生きている車の姿はない。
パニックが起きて最初の頃は、ガソリンスタンドや放置された車両から集めたのだ燃料を使って、車が動いている姿を見ることもあったが、それもすぐに見なくなった。奪い合い消費して、あっという間に底をついてしまったのだ。
何かないか探されたのか、信号待ちをしたまま放置された車両は窓ガラスが割られ、ドアも燃料タンクの口も開けたままになっている。道をふさぐように停まっている車両のすぐ後ろにゼンさんのマイクロバスが静かに停まった。
ドアが開いて、そこから顔を出したのは高校生くらいの女の子。アイがクロスボウを構えて辺りを警戒する。その後ろから杖を突いて出てきたゼンさんを護衛するようにして、道路をふさいでいる車両に近付いた。
アイが慎重に車の中を覗き込む。そして手を上げてゼンさんに安全を伝えた。ゼンさんは車に乗り込むと、シフトレバーとサイドブレーキを操作した。
「いいかい、アイちゃん。シフトレバーをNの位置に入れてサイドブレーキを解除すれば、車は押して動かすことができる。覚えておいて損はないよ。メーカーや車種でいろいろあるけど基本を覚えておけば応用が利くからね」
そう言うとゼンさんは停めてあった車を押して見せた。
「あ、ほんとだ動いた!」
わずかにだが車はゼンさんが押した方向に動いた。それを確認して二人はバスに戻った。するとゆっくりと動き出したバスは道路をふさいでいた車を後ろから押しだした。すると簡単に動きだした車はゆっくりと右に曲がっていき、道路の端にある歩道に当たって止まった。
それであいたスペースをマイクロバスが通り過ぎていった。
アイたちは自衛隊の駐屯地を抜け出した後、東に向かっていた。
「噂によると、四国では大掛かりに防壁を築いて安全地帯を作り出してるらしい。四国に行くには三つある橋のどれかを通らないといけない。その橋の所に大掛かりな防壁を作って、感染者が四国に入らないようにね」
軽快にハンドルを切りながらゼンさんがそう話してくれる。ゼンさんは駐屯地にいた頃からそう言った話を集めていたらしく、聞いた噂を総合して四国が安全だという結論に達し、アイたちは四国に向かって移動しているのだ。
「よし、あそこは目立たなそうだ」
そう言ってゼンさんはハンドルを切る。元々はコインパーキングだった場所に、放置された車がたくさん停まっている。そこに紛れ込むようにゼンさんはマイクロバスを停めた。
「いや済まないね、予定よりだいぶ出力が出なくてね。そのくせにとても大食いなんだこいつは」
ゼンさんがそう言いながらハンドルを軽く叩いた。
「そんな!こんな快適に移動できるんだから。マイキーを悪く言っちゃだめだよ」
アイがプロテクターを付けながら言う。マイキーというのはアイがつけた、このマイクロバスの愛称だ。
「まあ、当初の予定通りといえばそうなんだけどね」
運転席から振り返ったゼンさんが、準備をしているアイを不安げに見てそう言った。
「ほんとだよ。駐屯地からはあまり物資も食べ物も持ち出せなかったからね。所々で探索していかないとね!」
やる気を見せた様子のアイを心配そうに見る目がもう一つあった。
「アイちゃん?決して無理だけはしちゃだめだよ?私は何日か食べなくても平気だから……。この付近になにもなくても、また移動してさがせばいいんだからね?」
そう言って、アイのつけたプロテクターなどを点検してくれているのはお母さん。駐屯地にいる時にはほとんど臥せっていることが多かったけど、こうして旅を始めてからは起きていられる時間がかなり多くなった。
元々大した設備も道具もない状態で作ったマイキーは、キャンピングカーとしては快適そのものだった。しかし自動車としては想定通りの性能は出せていなかった。
さすがのゼンさんでも、組み上げるだけで精いっぱいだったらしい。
そんなゼンさんが言う元々の予定とは、マイキーを拠点にして、移動してはその付近を捜索して、物資や食料を探しつつ目的地に進むというものだった。電気自動車のエンジンを使っているマイキーは、ある程度進んだら充電しないといけないし、駐屯地にいた頃から余分な食料も物資もなかったから、現地調達するしかないのだ。
そしてそれは必然的にアイの役目となる。アイは駐屯地でも物資捜索班に入っていたし、ゼンさんもお母さんも満足に動けない。ほかに手段はなかった。
「よし!それじゃ行ってくるね」
まるで友人と遊びに行くような感じで行こうとするアイをゼンさんとお母さんは心配そうに見送る。出入り口のドアを少しだけ開けて周りの様子を確認したアイは、近くに危険はないと判断してドアを開けた。
外に出ると、アイはもう一度手を振るとさっと物陰に移動してすぐに見えなくなってしまった。
「年頃の女の子の動きじゃないんだよなぁ」
ドアを閉めてロックしながらゼンさんが苦笑いを浮かべて言った。アイは駐屯地にいた頃から大人の男性たちに交じって物資捜索に行っていた。荷物持ちや人数合わせとかではなく、戦力として数えられていた。
「ほんとに……まだあの子が女の子らしいうちに安全な場所に行かないとね、ゼンさん」
同じくアイを見送ったお母さんもそう言うと、ゼンさんと苦笑いをしながらそれぞれの場所に移動した。ゼンさんはリビングになっている部屋の一角に机を作って、アイが持ち帰った使えそうなものを修理したり部品取りをしている。
手先が器用でいろんなジャンルに精通しているゼンさんは、材料さえあれば色んなものを作ることができた。ラジオとトランシーバーを使って、アイとマイキーは無線で会話ができるし、略奪グループに目を付けられ襲撃を受けたがマイキーに使われている外装板は銃弾通さなかった。
逆に一人ずつアイちゃんから締め落とされて持っている所持品全て奪われていた。そうやって少しづつ集めたゼンさんの作業スペースには散弾銃の弾を再利用するリローデッドツールまであるくらいだ。
手元灯をつけて、何かをいじりだしたゼンさんを見ながらお母さんは自分の部屋に戻る。体調が芳しくないお母さんには、あまり役目は割り振られていないが、外で探索をしてきて傷んでしまったアイちゃんの洋服を繕ったり、小物を作ったりしながら基本的に体を休めて過ごす。
アイちゃんが戻って来た時に顔色を悪くしてようものならベッドに縛り付ける勢いで寝せられて、心配させてしまうからだ。
それぞれの作業に入った二人の乗ったマイクロバスは外観を偽装して、長年放置されてボロボロになったように見えるようにしてある。コインパーキングに停められたまま放置された他の車とぱっと見は分からないほどに……
◆◆◆◆
「このお店は……だめだね。根こそぎ奪われてる。近くに大きい集団があるのかなぁ」
呟きながら息をひそめ、物音を立てないように移動する。次の通りに移動しようとしたアイは慌てて近くにあった雑貨屋らしきお店に飛び込んで身を隠した。
アイが隠れたとほぼ同時に虚ろな顔をした元人間が姿を現した。両手を前に出して常に何かを探すようにゆっくりと歩いていく。着ている洋服はボロボロであちこちで素肌を露出させているが、どこも大量に出血したのか赤黒く汚れている。
それがゆっくりとアイが隠れている雑貨屋の前を通りすぎていく。アイが物資捜索班で学んだことに感染者の習性がある。
「見られたらだめ。どこまでも追いかけてくる。それと音にも敏感。疲れたりすることもないし、力も強い。しかも首の後ろの弱点を叩かないと、絶対に倒れない」
小さな声で確認するように呟く。アイだけではなく、物資捜索班のみんなで経験したことを共有したものだ。中には文字通り命と引き換えに分かったこともある。
アイは持っていたクロスボウを背中に背負うと、ゼンさんが鉄板から削り出して作ってくれた細身の短剣を抜いた。
刃渡りで30cmくらいの両刃の剣。クロスボウは発射音も小さいし、アイが持っているのはロングタイプでスコープもついている。隠密で攻撃するのには最適なのだが、一発撃ったら次の矢を装填するのに時間がかかってしまう。
アイは隠れているところからそっと頭を出して外の様子を見ると、急いでひっこめた。
――なにあれ!?感染者がこんなにたくさん列を作って移動するなんて聞いたことない……
最初に見えた感染者の数は五体くらいだった。一体なら倒すし、二三体なら、状況次第で倒せる。しかし一瞬だけ見た感染者はみんな同じ方向に向かって列をなして歩く感染者の集団だった。
アイの知ってる感染者は獲物を見つけた時以外は、黙ってその場でふらふらと立っているか、勝手な方向にバラバラに動く。しかしアイの目の前の感染者の集団は、誰かが操っているかのように同じ方向に向かって整然と歩いている。
それは駐屯地にいた頃から見てきた感染者とは異質な動きだった。




