5-11 Mother phage
「ちょっと待って!この子はずっと一緒に行動してたのよ?感染者とは接触もしてないはずじゃない」
アイがテーブルを叩きながら言うと、その場にいる者達の表情が綺麗に二分する。
マイやミィはアイの言葉に同調するような表情をしている。
それに反して、ゼンさんや庄司は険しい顔をして明らかにユアを警戒している。
「それは私たちも分かっている。君が出かけている間に辛抱強く聞き出したからね」
アイを落ち着かせようという気持ちなのか、ゼンさんは殊更に穏やかな口調で話している。ただその表情は相変わらず険しい。
「デリカシーに欠ける行為だが、非常事態なんでな。俺が検めさせてもらった。傷は肩と脇腹の二箇所、いずれも咬傷だ。本人が言うには、その傷はだいぶ前の物で、まだお姉ちゃんとやらがお話していた時期に噛まれたと言っている。そして、噛まれて意識を失って次に目を覚ました時にはお話しなくなったとも、な。」
それが本当なら、あの白いマザーもユアと一緒にあの倉庫に閉じ込められていたことになる。そして、感染者に襲われ、ユアは肩と脇腹を噛まれて……痛みか失血で意識を失ってしまったのだろう。
そして、おそらくお姉ちゃんもそこで感染したのではないだろうか。
ユアが気を失っている間に発症し、感染者に……そしてマザーになった。
チラリとユアを見ると、怯えているがこちらの話には耳を傾けているように見える。
話を聞き出したとゼンさん達も言っていたので、話していることに間違いはないということか。
「でも!でも……ユアちゃんが噛まれたのは最近じゃないんでしょ?それなら、その傷も噛んだっぽく見えるだけじゃないの?」
これまでにいろんな人が感染者になって、様相がかわり凶暴になって人に襲いかかる姿を見てきた。でも、そんな中でやはり幼い子供がそうなるのを見るのも、対処するのもアイにはつらすぎることだった。
なんとか感染していることを否定したくて、アイは思いついたことを口に出して並べる。
しかし、そのどれもがすでに議論され確認された後だった。
沈鬱な表情で、ゼンさんが静かに首を振る。
「みゆきさんにも、念のため今野さんにも見てもらった。田島医院に残っていた検査器具も使ってもらったんだ……。ユアちゃんの血液からは普通の人にはない細胞が検出された。今野さんは噛まれた人を何とか治療しようとした過去があるみたいでね。データが残っていた。感染者特有の細胞だそうだよ」
視線を下げたままそう言ったゼンさんの言葉を聞いて、アイは目の前が暗くなるような錯覚を覚えた。
「そんな……。あの白いマザーは私に感染した子を託したの?私は……騙されていたの?」
愕然とした顔でアイが呟くと、ユアはビクッと肩を震わせて深く俯く。
その小さな手の甲にポタポタと雫が落ちていたが、隣でユアの肩を支えているマイすら、それに気を使うことができないでいた。
重く……苦しい沈黙がリビングを支配する。それ以上は誰も言葉を発しようとはしない。
ゼンさんと庄司は険しい顔のままユアとアイを見ているし、マイやミィは眉を下げ唇を噛んでいる。
アイも俯き、肩を震えさせて両のこぶしを固く握りしめた。
そして、何を思ったのか勢いよく振り返りどこかに飛び出して行こうとした。
ただ、そのアイを体で受け止めた人物がいた。
「……うるさくて寝ていられない。話は聞いた、結論から言うとたぶんその子は発症しない。そもそも、発症するなら噛まれて数時間で発症する。一日保った例を私は聞いたことがない」
飛び出して行こうとしたアイを受け止め、そう言ったのはゆずだった。
眠っていたのか、僅かに洋服や髪が乱れている。
「ゆず、さん……」
アイが泣きそうな声でその名を呼ぶ。
「落ち着く。どこに行こうとした?こういう時は感情に任せた行動をしてはダメ。そんなことをしていたらあなたも死ぬ」
真っ直ぐにアイを見て、そう言ったゆずの言葉にアイは俯くことしかできなかった。
「……十一番隊にいた頃、一緒に行動をしていた感染者を研究している人を知っている。少し変わってるけど、その見識は信頼できる」
ゆずはかつて十一番隊として、活動していた頃に思いを馳せながらその研究者、喰代博士の話を思い出す。
No.4を離れ、都市外で暮らし始めてからも連絡は取り合っている。
「今一番ホットな情報。ここ最近噛まれて感染しても発症しない人が増えている。その人は普通の人にはない遺伝子を持っていることも分かっている。博士はその遺伝子のことをMother phageと呼んでいた」
ゆずはアイを促してソファに座らせると、自分もその隣に座りながらそう話した。
「マザーファージ?マザー……少し不穏な名前だけど、名前の由来も聞いていたりするのかな?」
ゼンさんがそう聞くと、ゆずは真剣な顔で頷く。そして言った。
「ん。あなたが考えている通り。由来はその人が命を落とした時、条件がそろえばマザーとして動き出すから」
嫌な予感がしていたのだろう。ゼンさんの顔がひきつるのが見えた。
「確かに、びっくりしたけど……ゆずちゃん、その格好は?」
ゼンさんが口を閉ざしたのを見て、それまで黙っていたヒナタがそう言った。その口ぶりからヒナタもマザーファージのことは知らなかったようだが……。
「ん。ヒナタ、これ。出かけている間に喰代博士が連絡をくれていたみたい。私たちがいなかったからモールス信号で送信してあった」
そう言ってゆずがたくさん買い物した時のレシートのような紙を差し出した。
「そうじゃなくて!」
反射的に受け取ったヒナタがその紙をテーブルの上に投げ出す。
その紙には点と線がランダムに印字してある。
しかし、ヒナタの興味はそこではない。ゆずは、かつて十一番隊として活動していた時の隊服を着用していた。しかも大きめのリュックも背負ってどこかに旅立つような姿をしていたのだ。
「……折り返し連絡をした。今回のことを話したら、喰代博士はこう言った。佐久間がまだ何か研究をしているのであれば、感染のその先の研究をしているだろうって。マザーファージの存在にも気づいているだろうから、十中八九マザーの研究に違いないだろうって……。ヒナタ、ハルカさんは私たちと剣を交えた時、なんて言った覚えてる?……」
そう聞いたゆずに、ヒナタは沈黙で答えた。わからないと言う表情ではない。
思い当たったが口にしたくない、そんな顔をしている。
それを見て、ゆずが言葉を続けた。
「ハルカさんは言った。あと1人斬る予定だったって……」
「……つまり、ユアちゃんを斬るつもりだったってこと?」
低い声でヒナタが言うと、ゆずはゆっくり頷いた。
「もしくは、その子が言うお姉ちゃんかもしれない。ハルカさんが何のために避難所を襲って避難民を斬って回っているのか?喰代博士は噛まれても発症しない人を集めているんじゃないかって予想していた。目的は遺伝子だから死んでいても構わないのかもしれないって……」
そのゆずの言葉を、強く唇を噛みながらヒナタはただ黙って聞いていた。
「……それを聞いて私は思った。何を考えているかわからないけど、やはり佐久間は生かして置けない。私の命に替えても今度こそ息の根を止める」
そして、そう言ったゆずからもまた強い決意を感じ、アイ達は言葉を挟むこともできないでいた。




