5-9 ユア
「結愛っていうの」
名を聞かれた女の子は、落ち着かないのかソファの生地を撫でながら小さな声でそう答えた。
「なるほど、ユアちゃんね!私はマイだよー、よろしくね?」
マイはユアの隣に座り、頭を撫でたり手を握ったりしている。飲み物を持ってきて飲ませようとしたり甲斐甲斐しく世話をしている。
普段よりスキンシップ多めなのは年下の女の子というのが可愛くて仕方ないといった感じだ。
「ウチはミィや。ここにいる三人では一番背は低いけどな、一番お姉さんやねん。なんかあったらちゃんと言うんやで?」
「まだ言ってる……。一二年違うからってそう変わらないでしょうに」
ミィが自己紹介しつつ、この前から勃発している誰が一番お姉さんなのか問題を掘り返して、さりげなく既成事実を作ろうとしている。
アイがそれを横目でミィを見て呆れながら、視線を移し不憫そうな目でゆあを見る。
ユアは初めて連れてこられた場所で、まだ緊張しているのかしきりに周りの物音に耳を傾けている。
目が見えないのに慣れない場所にいることは、緊張を強いられると思うけど、少なくとも安全だからと伝えてある。
しかし、仮に五体満足だったとしても危険すぎる今の世の中で暮らしていくのに、目が見えないというのは致命的と言えるだろう。
そう考えていると、ゆずの様子を見ていたゼンさんがリビングに入ってくるのが見えた。
ゆずの様子も気になるので後で聞いてみようと思いつつ、アイは考えていたことを言った。
「ユアには基本的にマイキーの中で過ごしてもらうしかないわね」
「そうだね。僕も足が不自由だから、あまり人の事は言えないけど、目が見えないのに外に出るのは危なすぎるね」
部屋に入ってきて隣に腰掛けながら、ゼンさんもアイの言葉に同意してそう言うと、他のみんなも深く頷くのだった。
ここはヒナタやゆずが拠点としている調剤薬局の二階だ。
今は一階のトラップも停止させて、出入り口をマイキーでふさぐ形で中には入れないようにしてある。
片足が不自由なゼンさんや病気がちなお母さんでは、二階の窓から入るというアクロバティックなことはできないからだ。
「ゼンさん、ゆずさんの様子はどう?」
隣に座ったゼンさんにアイが心配そうに尋ねる。さっきまでゼンさんはお母さんやヒナタと一緒に、部屋に閉じこもってしまったゆずの様子を見に行っていたのだ。
「うーん、色々あって疲れが一気に出たんじゃないかな?今は何もしたくないそうだ。でも暴走したり自傷行為に及んだりするような感じはなかったから、その辺は安心していいと思う」
少し考えながら所見を話すゼンさんの言ったことに、とりあえずアイは安堵したようなため息をついた。
これまで完全に敵だと思って戦ってきたマザーが、ユアを守っていたことや、アイにユアのことをお願いするような行動をとり、誰にも危害を加えることなく去っていった真っ白な女性の形をしたマザーの存在は、ゆずに少なくない衝撃を与えてしまったらしい。
そして、肩を貫かれて今野やお母さんから絶対動かすなと言われたヒナタも、固く包帯で腕を固定されて、処置が終わると悄然とした様子で、みんなとは少し離れて台所のテーブルに一人座っている。
ハルカが実際に避難民に手をかけるところを目撃してしまった上に、激しく刀を交えることになって、二人とも薬局に戻ってきた時には顔色がめちゃくちゃ悪くなっていた。
今もお母さんと今野はゆずの部屋で様子を見てくれている。
あまりにもショックが大きそうだったので心配ではあるけど、それほど親しいわけでもないアイ達には専門家に任せる以外の手がなかった。
そうなると自然と話題はユアや、白いマザーのことになってしまう。
「ユアちゃん、お腹すいてない?何か困ったことがあったらちゃんと言ってね?」
マイはずっとユアの隣に座って、ユアのことを気にかけている。
その甲斐もあってか、ユアも少しずつ緊張を解いてきた様子だ。
ここに着いてしばらくはアイの服をずっと握って、アイの声にしか反応を示さないくらいガチガチに緊張していた。
まだ緊張は残っているようだが、マイやミィの言葉にも反応しているし、ちゃんと返事もしている。
これなら少しくらいなら離れても大丈夫だろうとアイは思ったのだ。
ユアの様子をしばらく見て少し安心したのか、アイが立ち上がりながら言った。
「マイ、ユアちゃんにシャワーを……わたし、ユアちゃんが着れそうな服がないか、ちょっと探してくる」
「え!一人で?」
マイが心配そうな顔でそう言って立ちあがろうとするのを手で制す。その隣ではユアも不安そうな顔でアイの方に顔を向けているのが見える。
アイの方を見てくるユアの着ている洋服は、血や汚れなのか赤黒いシミがこびりついている。
あの白いマザーは、どうにかユアが食べれる物を調達するくらいが精一杯で、洋服などは汚れるに任せたような状態だった。
「大丈夫よ。この近辺を回ってくるだけだから。大人の洋服はともかく、子供服は有り余ってるでしょ?」
そう言ってアイはユアの頭を撫でて、もう一度「大丈夫よ」と告げるとキョロキョロと周りを見た。
そしてピタッと目を止めたのはテーブルに置かれたマザーの骨だ。
「……鉄パイプ落としてきちゃったのか。これで叩いて大丈夫なのかな?」
重みや握った感じはアイが使っていた鉄パイプによく似ている。
ゼンさんはマザーがわざと鉄パイプに合わせてくれたんだろうと言ってたけど……。
少しの間躊躇していたアイだったが、意を決したように骨を掴むと窓から外に飛び出して行った。
「ほんじゃ、洋服はアイに任せてシャワー浴びさせたりなマイ」
ミィが給湯器のリモコンの電源を入れながらそう言って、タンスからタオルを出して渡してきた。
この前ゆずと一緒に来た時に使わせてもらったのを覚えていたのか、まるで自分の家のように振る舞うミィに大丈夫かな?と少し不安になりながらもマイはユア
の肩を優しく叩いて声をかけた。
「ユアちゃん、シャワーあびよっか?ここちゃんとお湯が出るんだよ?」
マイがそう言うと、その声に耳を向けてユアがソワソワしだした。
小さくとも女の子、ちゃんとしたシャワーを浴びれると聞けばやはり気になるのだろう。
マイはそんなユアの手を取って、誘導しながら浴室に向かって行った。
やがてシャワーの流れる音が聞こえだす。
ミィはそれまでマイが座っていた場所に座り、深くため息をついた。
「大丈夫やろか?」
視線を落としてミィが呟く。
ゼンさんはそんなミィに微笑みながら語りかけた。
「確かに大変だろうね。不安かい?田島医院のコミュニティで預かってもらうという手もある。僕がお願いしてもいいしね?」
「それは……いや、あれや。ウチはともかくマイやアイが納得せんやろ。えーと……アイなんか直接頼まれたわけやからな!」
慌ててそう言うミィにゼンさんはニコニコと笑いながら頷い。
「うんうん、そうだね。そうだと思う。きっとうちの子たちはみんな、ユアちゃんを放り出すなんてできないって言うだろうと思うよ。みんなね?」
ニコニコしながらみんなを強調するゼンさんに、ミィはぷいっと視線を逸らした。
少し耳が赤くなっているミィを、ゼンさんは優しい目で見ていた。
その時だった。それまで静かだった拠点の中に鋭い悲鳴が響いた。
それを聞いたミィが、勢いよく立ち上がって銃を掴むと悲鳴の聞こえた方に飛ぶように走って行った。
聞こえたのはこの建物の中、浴室の方だった。




