5-8 撤退
「ふーん、確かに未知の素材だねぇ。そして意図的なんだろうね」
ゼンさんはしげしげとマザーの腕の骨を眺めながら感心するようにそう言った。
あれからヒナタとゆずはハルカの追跡をしようとしていたが、思っていた以上にヒナタの傷が深かったため、ヒナタたちの拠点まで半ば強引に撤退することになった。
お母さんの診察によれば、ヒナタが受けた刀傷は肩の神経を酷く傷つけており、今では動かすこともできない。
無理をすれば二度と左腕が動かなくなるかもしれないと真剣な顔のお母さんが告げた時、ヒナタは唇を噛んで崩れ落ちた。
今はゆずと二人でお母さんの部屋で応急処置を受けている。ヒナタとゆずの拠点に戻ればもう少し医薬品もあるとのことで、今は庄司がマイキーを飛ばしている。
「ゼンさん、意図的って何?」
マザーの骨を見ながらゼンさんが言った言葉の意味を考えていたアイが、眉をしかめながら答えを聞いている。
あまり物事を深く考えるのが得意でないアイは、こういう場合根を上げるのが早い。
「あたしわかるよぉ?」
ソファで女の子とじゃれながら、マイがそう口を挟んできた。
マイはずっと女の子の相手をしていたはずだ。マザーの骨だって対して興味を見せなかったはず。
「ちょっと待って!」
答えを言おうとしたマイをアイが止める。悔しかったのだろう、腕を組んで頭を捻っている姿をミィがこっそり笑っている。
ゼンさんの手からテーブルの上に置かれた骨を見つめるながらぶつぶつと呟くアイを一旦おいて、ゼンさんはマイが構っている女の子と向き合う。
女の子は当初小学生になるかならないかくらいと思われていたが、少しずつ話を聞いたところ、九歳であることがわかった。
小学校三年生にはとても見えないが、それは酷くやつれているからだった。
「お姉ちゃんだけが時々食べ物を持ってきてくれたけど……ずっとあの倉庫に入れられてたの」
ぽつりぽつりと女の子はそう語った。連れられてきた当初は貝のように口を閉ざして縮こまっていた女の子だったが、アイやマイが何かと話しかけるうちに少しは落ち着いてきている。
「お姉ちゃんってのは、倉庫で一緒にいた人?」
マイが気を遣いながらそう尋ねると、女の子は頷いて話し出した。
「うん……。お姉ちゃんもおばけになってたんでしょ?お外で噛まれたって大人の人が言ってたの聞いたてたし、何も話してくれなくなったから……。でも、優しかったの!」
女の子の目から止まっていた涙が再び溢れ出す。
マイもミィも悲痛な顔をして、女の子を見つめている。するとその横から手が伸びてきて、ふわりと女の子の頭に置かれる。
優しく女の子の頭を撫でながらゼンさんが声を掛けた。
「うん、とても優しくて強いお姉さんだったんだね。外にいるお化けに噛まれたら大人の人でも我慢できずに凶暴になっちゃうんだけど、君のお姉さんはずっと君を守ってたんだもんね」
ゼンさんが頭を撫でながら優しくそう言うと、女の子は何度もしゃくり上げながら頷いた。
「でも、きっと辛かったんだろうね。君を傷つけたくはないけど、放ってはおけないし。必死に今まで頑張ってきて……アイちゃんにバトンタッチしたんだろうね」
ゼンさんがそう言うと、女の子は激しく涙を流しながら頷いた。
「う、ん。あの、ね?私、もう、いいよって……言ったけど……お姉ちゃん、食べ物を運んで、来てくれて……」
マイがタオルを差し出しても女の子の涙は止まりそうにない。関を切ったように流れる涙は、女の子の心の痛みの分でもあるのだろう。
「あなたのお姉さんから頼まれたんだから、これから私たちに甘えていいんだからね?」
骨を一旦置いたアイも女の子の隣に座って頭を撫でながらそう言った。
そのまましばらく女の子は泣きじゃくっていたが、やがて疲れたのか、アイにもたれかかって眠ってしまった。
「この子はなんとなくお姉さんがどういう状況なのかわかっていたんだろうねぇ。物言わぬようになってからも食べ物を運んできてくれる。もういいと言っても……。この子は賢そうだから、とても辛かったに違いない」
マイが持ってきたタオルで女の子の顔をそっと拭ってやりながらゼンさんが呟く。
「本当の意味で身を切る思いでアイに託したんやもんな」
テーブルに置かれたマザーの骨と女の子を交互に見ながらミィが口にした言葉に、アイは身が引き締まる思いだった。
「ところで、答えはわかったん?」
しばらくして、ミィがアイにそう聞いてきた。ゼンさんの言った意図的という言葉のことだろう。
アイはミィをうらめしそうに見て、ついっと視線を逸らした。
アイにもたれて眠っている女の子を起こさないように、声をひそめてマイやミィが笑う。
それを見て頬を膨らましながら、アイはゼンさんを見た。
降参という視線を受けて、ゼンさんは微笑みながら言った。
「このマザーの骨、形は少し違うけどアイちゃんが持ってた鉄パイプと同じくらいの太さと重さだなって思ったんだよ。アイちゃんが使いやすい形にして渡したのかなって……」
ゼンさんの答えを聞いてマイも頷く。確かにちょっと持って振り回した時、すごくしっくりきたことを思い出す。
「……めちゃくちゃ気を使うじゃん」
そう言いながら、アイはマザーが残した骨をそっと撫でる。
その時、かちゃりと扉が開いた。そこには、左肩にしっかりと包帯を巻かれて動かないように固定されたヒナタが、ゆずに支えられて深く気落ちした様子で立っていた。
◆◆ ◆◆
庄司が操るマイキーは、ゼンさんが運転する時よりも荒い動きでかなり早くヒナタ達の拠点まで戻ってきた。
庄司は何も語らなかったが、出遅れて何もできなかったことを相当悔しがっている様子だった。
途中、ガンガン音と振動が伝わってきていたから、邪魔な感染者は跳ね飛ばして走ってきたに違いない。
「ヒナタさん!」
到着するなり、様子を見ていたのかすぐ近くにある田島医院から女性が駆け出してきた。周りを武器を持った男性に囲まれてマイキーの方に走ってくる。
「今野さん……」
左肩をしっかりと固定され、腕も吊っているヒナタが泣きそうな顔で迎える。
「よかった……無事で。怪我は大丈夫なの?」
生きて戻ってきたことを喜びながら、今野はヒナタの身体を検め最後に左肩のことを聞いている。
その間、ゆずは一言も喋らずに薬局の一階に仕掛けたトラップを全て解除してシャッターを一箇所だけ開けた。
庄司はピッタリとマイキーを寄せて、人が通れないようにしながら、マイキーの出入り口とシャッターの位置を合わせて停車させた。
「悪いね、僕の足じゃ屋根からってのは難しくてね」
そう言いながら降りてきたゼンさんが、シャッターから薬局の中に入って行く。
お母さんは今野とヒナタの傷について話しながら中に入っていく。
「それじゃ、合図をくれれば迎えに来るから」
田島医院から今野を護衛してきた男達はそう言うと遠慮がちに戻って行った。
ヒナタやゆずの様子を見て遠慮したのだろう。
「ヒナタちゃん?しばらく左腕は動かしちゃだめ。刀を振り回すなんてとんでもないわよ?」
お母さんと話していた今野が、ヒナタに向かって真剣な顔でそう言った。その隣でお母さんも頷く。
薬局の二階、リビングに腰を落ち着けてすぐ今野はヒナタに向かってそう告げた。
アイ達も少し離れたところで身体を休めているが、みんな気にして見ている。
「今野さん……。でも、私」
唇を噛みながら押し黙っていたヒナタが、口を開いたが今野は最後まで言わせなかった。
反論しようとしたらヒナタを強く抱きしめたのだ。
「ヒナタさん、お願い。今無理をしたら取り返しがつかなくなる。大事なことなの……」
強く抱きしめられながら、ヒナタは唇を噛んで俯く。それを心配そうにアイ達が見つめるなか、ゆずはいない……。
戻ってくるなり自室らしき所に引きこもってしまっていた。




