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BIO DEFENSE ~Mother phage~   作者: こばん
マザーというもの

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5-5 マザーが守りしもの

真っ白なマザーはこの倉庫の唯一の出入り口の前に立っている。

そして、このマザーは髪の毛を使ってかなり広い攻撃範囲を有している。


そんな相手に対して、離れて対峙するのは悪手だ。


そう判断したアイは、マザーに向かって走った。何か策があるわけではないし、なんなら武器もない。

ただ間合いを詰めないと一方的に蹂躙されることは目に見えている。


そしてあと数メートルという距離まで来たところで、白いマザーが表情のない顔をアイに向ける。

作り物めいた人形のような瞳が真っ直ぐにアイを射抜いた。


「やああぁっ!」


半ばやぶれかぶれの精神で、アイは強く拳を握りしめて殴りつけようと走り寄った。白いマザーはアイのパンチを脅威とも思っていないのか、避けようとも受け止めようともしない。


がつ


「ううっ!」


重く、硬いものが詰まった物を殴った感触が拳に響く。アイのパンチくらいではマザーは微動だにしなかったので、衝撃はまるっとアイの拳に返ってきて、むしろアイの方がダメージをくらっている。


右手を掴んで顔を歪めるアイに対して、マザーは何かしたの?とでも言わんばかりにやや首を傾げてアイを見ている。


「お姉ちゃん?」


マザーとアイが見つめあっていると、女の子が暗がりから不安げな声を出した。

真っ白で髪の毛が伸びる異様な姿の化け物を殴る姿を見て、不安にさせてしまったかと視線を向けて、アイは色々と納得した。


不安そうな表情をしながらこっちの方に顔を向ける女の子は、震える手で壁を触りながら少しずつ移動している。

その顔はアイとマザーの方に向いてはいるものの、その瞳は両方とも閉ざされている。


女の子は目が見えないのだろう。だからマザーの異様な姿を見ても、伸ばした髪の毛が迫ってきても女の子は怖がる様子を見せなかったのだ。


「そこにいて!ここはなんとかするから!」


なんともできそうにはないが、とりあえず少しでも安心させるためにアイがそう言うと、女の子は意外な反応を示した。


「なんとかって……どうするの?お姉ちゃんにひどいことしないでください!」


女の子はマザーの髪の毛を抱えるように抱くと、それを庇うかのような仕草をしながらそう言ったのだ。


「お姉ちゃんって……。あなた、今触ってるものがなんだかわかってるの?」


まさかマザーの方を庇うようなことを言うとは思っていなかったアイが愕然としながら言うと、女の子は態度をますます硬化させながら言った。


「そんなの知らない!でもお姉ちゃんは優しいんだから……。他の人は私に痛いことばかりするけど、お姉ちゃんだけは優しかった。あなたなんか知らない!お姉ちゃんに何かするならどこかに行ってよ!」


全力で否定されてしまったアイは、ヨロヨロと数歩後ろに下がる。

この女の子がどんな目にあってきたのかはわからない。もしかしたら虐待めいた仕打ちを受けていたのかもしれないけど、いくら目が見えないからといって物も言わない異形のマザーの方に縋り付くとは想定外すぎて、どうすればいいのかわからなくなってくる。


「あの……落ち着いて聞いて?その……あなたが触ってる人は……」


なんとか相手が危険なマザーだということを伝えたいが、そんなに慕っている相手をあまり悪く言うと態度を硬化させるだけだと思ったアイは、言葉を選んで説得しようとしたが、女の子はマザーの髪の毛を掴んで見つめたまま驚くようなことを言った。


「知ってるよ。お姉ちゃんが普通の人じゃないことは……。少し前までは見えてたもん。まっしろでキレイなお姉ちゃん。お話はできなくなったけど、ビュンって、髪の毛を伸ばしてあたしを守ってくれるんだから……」


そこまで言うと、女の子はポタポタと涙を落とし始める。

すると、白いマザーは髪の毛を動かして女の子の肩を抱くようにして囲んだ。


その表情に変化はないが、女の子を守ろうとしていることは間違いないように思える。

何よりも、こうしてアイが無防備な姿を晒しているというのに、殺そうとしてこないどころか、こちらから手を出さない限り攻撃すらしてこない。


「あなた……ほんとにこの子を守ってるの?」


アイは人形のようなマザーの顔を見て、思わずそう問いかけていた。


アイから攻撃しようとする気配が消えたのを感じたのか、女の子を見ながら髪の毛であやすようにしていたマザーからもう一束の髪の毛が女の子の方に伸びていくのが見える。そして、その先端には何か赤黒いものを掴んでいる。


「…………」


警戒しながら様子を見ているアイの目の前で、マザーはその赤黒い何かを女の子の顔の前に持ってくる。


「……あ。ありがとお姉ちゃん」


すると、女の子はお礼の言葉を口にしながら、それを両手で持った。

ポトポトとその何かから滴が垂れて地面に落ちる。


「ちょっとまって……あなた…………」


それが何か分かったアイは、今度こそ絶句した。女の子は赤黒い塊に鼻を近づけて匂いを嗅ぐと、少し嫌そうな顔をしていたが、アイが見ていることに気づくと、そら見ろと言わんばかりに言い出した。


「お姉ちゃんはこうやって、食べ物だって持ってきてくれるんだから!……そりゃ、ちょっと食べにくくて、あんまりおいしくはないけど……。でも食べないと死んじゃうし、他の人たちと一緒に暮らしてた時は誰も食べ物なんかくれなかった。お姉ちゃんはちゃんとあたしを守ってくれてる。だからじゃましないで!」


それを見た衝撃と女の子からの言葉に、強い衝撃を受けたアイは何も言えずに、腰が砕けたように座り込んでしまう。

マザーが女の子に渡したのは、まだ血の滴る肉塊だった。


女の子の洋服が血だらけのわけだ。あれは怪我したわけでも誰かを傷つけたわけでもなく、マザーの持ってきた肉塊を食べて汚れたということなのだろう。


「ちょっと!あなた……そんなもの食べたら」


アイは止めようとしたが、女の子は肉塊にかぶりついて噛みちぎった。


なんの肉かもわからない上に、なんの調理もしていないそんな物を女の子は嫌いな物を食べるような表情をするだけで、咀嚼して飲み込んだ。


--そういえば……


壊れた遊具や椅子などで塞いであるほうの出入り口を振り向く。

積み上げられた物は、錆びているし、埃もかぶっている。見た感じはここ数ヶ月動かしていないように見える。


この女の子はいつからここに入れられているんだろうか?

女の子の言うことを聞く限り、まともな扱いを受けていたとは思えない。

そして、大体そんな扱いを受けている人に貴重な食料を十分に分け与えるとは思えない。


アイはそう考えて女の子に視線を戻す。

見た目はともかく、ひどく痩せ細っているわけでも衰弱しているわけでもないように見える。


ちゃんとした薬や十分な水分を取れない場合、お腹を壊すということは意外と致命的だ。

嘔吐や下痢は体力を奪うだけではなく、かなりの水分も奪う。


女の子が今衰弱していないということは、そういう事態にはなっていないのだろう。


「ね、ねえ?それって食べてもお腹痛くなったりしないの?」


そう聞くと女の子はきゅっと眉を寄せて答えた。


「ううん。お姉ちゃんがくれたものは大丈夫なんだよ。お姉ちゃんがお腹が痛くなるような物をくれるわけないじゃない!」


ムッとして言い返されて、アイは思わず謝った。


「……あなたがずっとこの子を守ってきたの?」


もはや戦う気は全く失せてしまったアイが、マザーに向かってそう聞くと、マザーは何も言わずにアイをじっと見つめてくる。


何も話したりはしないが、その目はアイの問いを肯定しているように感じた。


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