5-3 介入
「やめて……」
痛みをこらえながらヒナタが言う言葉も、もはやゆずの耳には届いていなかった。
ゆずは右手に支給刀を構えながら、左手で抜いたハンドガンを連射していたからだ。
カナタから譲り受けたfive seven。
相棒と言ってもいいヘカートですら、後任のために十一番隊に置いてきたゆずが、唯一手放さなかった武器。
それがハルカに向けて使われている。
さすがに急所を狙うことはできなかったのか、手や足などを狙って戦闘力を奪おうとしているゆずの射撃は、ことごとくハルカに読まれて避けられていた。
「弾丸を避けるの!?」
遅れてたどり着いたアイが、その場面を見て驚愕する。
ハンドガンの取り回しの良さと、five sevenの扱いやすさも相まって、ゆずの動きには一分の隙もないように見える。
半歩離れれば支給刀による斬撃がくるし、それより接近すれば、five sevenの弾丸が時には蹴りが飛んでくる。
もちろん刀の間合いから離れてしまえば、弾丸の連射がくる。
そんな状況の中、ハルカは刀一本で引けを取っていなかった。つかず離れずの間合いを維持して、時には間合いが伸びるような斬撃を、時にはコンパクトに折りたたんで斬りつけてきて、ゆずに狙いを定めさせない。
たまらず距離を取ると、得意の連続突きが放たれてくる。一度は、まるでカナタが使う「飛燕」のような居合いまでして見せた。
「どうしたのゆずちゃん。それじゃあ私は止められないわそれとも……」
ハルカがスッと目を細めてゆずを見下ろして、低い声で言った。
「あなたもカナタの一部になりたいの?」
その言葉を聞いて、ゆずの頭にカッと血がのぼった。
「ああぁ〜っ!」
雄叫びを上げながら、ゆずが斬りかかるのをハルカは沈んだ目で見つめる。
ゆずとハルカの刀が交錯し、振り下ろされたハルカの刀が翻って振り上げられ、ゆずの刀を巻き込むようにして弾き飛ばそうとした。
ギィン!
刀同士の甲高い音とは違う音がハルカとゆずの間に割り込んだ。
「ゆずさん。あなたはもう少し冷静だと思ってた。このお姉さん、泣いてるよ」
二本の刀の間に割り込んだアイの鉄パイプは、その頑丈さにものを言わせて、二人の刀を弾いた。
そして間に自分の体を入れてゆずを背中で引き離すようにしながらそう言った。
「くうっ!」
それでもゆずは歯噛みしながらハルカを睨んでいたが、ハルカの方が大きく後退して、冷静に状況を把握していた。
「今のゆずちゃんには負ける気はしないけど……。さすがに三人がかりだと不利ね」
そう言いながら、暗く沈んだ目でハルカは視線を横にずらす。
そこには、怪我していない方の腕で短刀を握ったヒナタの姿があった。
溢れ出る涙を必死にこらえて立っている。
アイが刀を受け止めた後、飛び込んできたヒナタが短刀を振るったために、ハルカは大きく後退したのだ。
そんなヒナタをチラリと見たハルカは、なんの感情も感じない目で周りを見た。
血の海に沈んだ、ここの避難民らしき人たちの亡骸を。
「まぁ、いいわ。元々ここでの用事はほとんど終わっていたもの。本当はあと一人斬る予定だったんだけど……」
その言葉を聞いて、また飛び掛かろうとしたゆずをアイが止めた。
「ゆずさん。わたしはあなたたちの事情をよく知らない。どんな関係で、今どんな思いがあるのかもわからない。でも、短い時間だけどゆずさんの人柄は知ってる。ハルカさんだっけ?その女の人は、ゆずさんが命をかけて止めるほどの人には見えない。……だから止めさせてもらう」
そう言って、ゆずを背中にしたままハルカに向かって鉄パイプを構える。
「どんな思いがあるかはしらないけどさ、関係ない人の命を奪っておいて、あと一人?予定?ハッ!あんたがその一人なればいいじゃん、手伝ってやるよ!」
「だめっ!あなたっ……」
そう言うなり、ハルカに向かって走り出したアイを、ヒナタが止めようとしたが、傷が痛み体勢を崩してしまった。
「ヒナタ!」
ゆずはヒナタに手を伸ばして、その腕を掴んだ。
ヒナタは、そのまま地面に膝をついて、自分と腕を掴んでいるゆずの腕を握りしめる。
「なんで……こんなったのよぉ。やだよ、ハルカちゃんと斬り合うなんて……」
そして、両手で顔を覆って泣き出してしまう。
その声を背中に聞き、アイは歯を食いしばって鉄パイプを握る手に力をこめる。
殺したりするつもりはない。ただ、痛い目にはあってしかるべきだと、本気で思っている。
ハルカは冷静に刀を握り直し、迎え撃つ姿勢をとった。
その時だった。
「あなた!後ろに飛びなさい!」
そう叫んで、動いたのはハルカだった。威力も何もなく前に出された刀。
アイは目の前に刀を伸ばしてきたハルカの意図と、言葉の意味が理解できず、とりあえず刀を避けるために速度を緩めた。
その目の前を、よくわからないものが横切っていった。
「え?」
茶色のロープのようなもの。ただし太さは電柱ほどもある。
それがアイの横合いから凄まじい勢いで伸びてきて、ハルカの腕を巻き込んで、引きちぎって戻っていった。
「ああっ!」
刀ごと伸びてきた何かに腕を引きちぎられたハルカは、傷を押さえて絶叫しながらも、後ろに倒れ込むように距離を取った。そこにすかさず白づくめが走り寄り、乱暴にハルカを担ぐと、逃げようとしている。
「まて!」
アイがそれを追おうとしたが、それは叶わなかった。
「きゃあ!」
再び伸びてきた、ハルカの腕を引きちぎった何かが、アイの胴に巻きついて、高々と持ち上げたのだ。
カラン
地面にアイが手放した鉄パイプが落ちてきた音が響く。
出遅れたゆずやヒナタは、少し離れたところからしっかり見えていた。
「……ヒナタ、珍しい形だったけど、あれは」
「うん。たぶんマザーだね……」
ヒナタに肩を貸しながら、ハルカが立っていたところまで来ると、乱れた地面には大量の血痕があり、点々と跡を残している。
「これを追えば奴らの……ハルカさんの所に行くことができる」
「……うん。でも」
ハルカの血痕を見ていた二人が、別の方向に視線を移す。
それはこの幼稚園の正門らしき所だった。
かつてそこにあったであろう鉄柵はひしゃげ、持ち上げられて転がされている。
さっきハルカと対峙していた時まで、この鉄柵は閉じていた。ちょうどアイがハルカに向かって行こうとした頃、突然頑丈そうな鉄柵は持ち上げられて地面に叩きつけられた。
そこに立っていたのが、真っ白い体をした女性の形をした者。パッと見た限りでは普通の人と見分けがつかなかったが、その背中から髪の毛が束になって伸びてきて鉄柵を持ち上げた時点で二人はなぜかマザーだと確信した。
そして、悠々と幼稚園内に侵入してきたマザーはアイとハルカの戦闘に介入して、ハルカを負傷させてアイを捕まえて……気付けば姿を消していた。
「いったいどういうこと?」
マザーが立っていた場所と、ハルカが連れて行かれた方向を交互に見てヒナタは顔を歪める。
ハルカからやられた肩の傷からは、いまだ結構な出血がある。
「それをわたしに聞く?私は喰代博士じゃない。マザーの行動なんてわからない。それよりヒナタ、一度引く。その傷じゃまともに戦えない。今の私たちじゃ、ハルカさんもアイも追うのは難しい」
ゆずにしては珍しく消極的なことを言うとヒナタは思ったが、ハルカの言動と実際に殺し合ったことは、自分の心にも重くのしかかっている。
ヒナタを傷つけられたことで、ハルカに刃を向けたゆずだったが、やはり相当つらい戦いだったのだろう。
「うん、そうだね……」
二人は足を引きずるように元来た方に引き返し始めた。そこにマイキーがたどり着くのはそれから十分後の事だった。




