5-2 冷たい刃
「え?…………ほんとにこの辺りなの?」
それを見たアイが、バイクを急停車させて呆然とした様子でそう言った。
そのアイの前には、五メートルほどの幅でありとあらゆるものが薙ぎ倒された跡があった。
「……それはマザーが通った跡。この時はサソリの形をしたマザーだった」
アイと並んで、破壊の跡を見ながらゆずが言った。
「この時は……って?」
思わずアイが聞き返すと、ゆずは破壊の痕跡を見つめたまま答える。
「そう。マザーは色々いて、どれも同じ形をしていない。かろうじて人っぽいのもいれば、クモやサソリの形をしてるのもいる。中には植物みたいにツルを伸ばしてくるのもいた」
ゆずが説明する異様な姿に、アイはごくりと唾を飲む。
「共通する特徴は、人型以外のマザーは多分元になった人がくっついてる。クモ型の時はクモの頭の上にめり込んでた」
身振りも含めてゆずが説明するが、いまいちピンとこないのか、アイは首を傾げていた。
「まぁ、見ればわかる」
意味深な笑みを浮かべ、ゆずはそう言って瓦礫を乗り越えて進み始めたので、アイも慌ててバイクから降りるとゆずの後を追った。
「こんな細かく砕かれて……」
周りを見ると、生活感のあるものも落ちている。ドアみたいなものや、テレビの残骸らしきものもあって元々ここには普通の家があったと思うと、背筋に寒気が走ってくる。
「ん。だから言った。マザーは規格外、あれは反則だから」
ゆずはそう言いながら、大きい瓦礫を避けて先に進んでいく。
アイは破壊されている跡の端から端まで眺めて、今そのサソリ型のマザーが突進して来たら……、と思わず想像してしまい身震いしながら足早にゆずの後を追いかけて行った。
「あ、ゆずさん!あれ」
歩きにくい瓦礫の中を歩くことしばし、アイが斜め前を指差す。
その先には、カラフルな遊具らしき物が見えている。
「ん!急ぐ」
「ちょ!」
それを目にした瞬間、ゆずは急ぐようにアイに言うと瓦礫から瓦礫に飛び移るようにして移動しだした。その動きについていけず、アイは瓦礫を乗り越えて追いかける。
三つほど大きい瓦礫を乗り越えた時には、ゆずの背中は見えなくなっていた。
「うっそ……。あんな動きも出来たんだ……」
その身軽な動きに、アイは呆然としながらも必死に後を追った。
◆◆ ◆◆
マザーは幼稚園の入り口の門付近を巻き込んで移動したらしく、子供用の遊具の残骸も散らばっている。
ゆずは一際大きな瓦礫を蹴って、幼稚園の敷地内に降り立つ。
「ヒナタ!」
そして、ついにヒナタの姿を見つけた。両手に短刀を持ち、ハルカと対峙しているところだった。
「ゆずちゃん……ごめん」
ゆずが来たことに気づいたヒナタは、一瞬顔を歪めてゆずに謝りの言葉を言ってくる。
「話は後!ハルカさん、これはどういうこと?」
険しい顔でそう言ったゆずの視線の先には、表情の消えた顔でこちらを見るハルカの姿があった。
厳しい表情と言葉でハルカに問いかけたものの、ゆずも内心衝撃を受けている。
ハルカはげっそりと痩せ、返り血で汚れるのも厭っていない。
あんなに大事にしていた、仁科家に伝わる刀である「晴香」も、鞘は汚れ見ただけで刀身も傷んでいるのがわかる。
そして、背後には……
たくさんの避難民が血を流して倒れている。
「ヒナタちゃん……ゆずちゃん……。きっと私のことを軽蔑しているでしょうね」
そのハルカが張りのない声をだした。そんな弱々しい声など病気の時ですら聞いたことがないヒナタは、それだけで涙を流して顔を歪める。
「ハルカさん。軽蔑なんてしない。けど、こんなことは即刻やめるべき!あなたらしくない。ヒナタも、きっとカナタくんも悲しんでる」
カナタの名前が出た瞬間、ピクッとハルカの眉が動いたがそれだけだった。
「あなた達にはわからないわ。私はカナタが生き返ってくれればいいの。他には何もいらない……」
怒りも悲しみも何も感じない表情と声でハルカは言った。
「生き返るって……ハルカちゃん、目を覚まして?お兄ちゃんはそんなの望んでない!ハルカちゃんがそんなになってまで生き返りたいなんて思ってない!」
ほとんど絶叫に近いヒナタの声は、静まり返った幼稚園の廃墟に響く。
こんな所で大声を出したらどうなるか……わからないヒナタではないはずなのに、それだけ気持ちに余裕がないのだろう。
ゆずは素早く周りを見たが、幸いヒナタの声に反応して感染者が来ることはなかった。ただ……
--いる。白づくめめ。ハルカさんに人殺しをさせて何を企んでる?
ゆずはぱっと見はわからないが、周りに白づくめが潜んでいることに気づいた。そして、すでに囲まれていることも。
すると、ハルカが抑揚のない声でヒナタを見ながら言った。
「そうね……。カナタはきっと望んでないでしょうね……」
自虐的な笑みを浮かべ、初めて苦しそうな顔をしたハルカはそう言った。
が、すぐにその感情も消えた。
「別にいいの。カナタが認めてくれなくてもいい。これは私のわがままだから……。そして、私はどう思われてもいい。私は他の人がどうなってもカナタが生きてる方がいい。私は自分の意思でこの道を選んだ。ヒナタちゃん?私を止めたかったら斬りなさい!」
言い終わったと同時に、ハルカは横凪に刀を振るう。
その鋭さは、遠慮や手加減なんてものは全く感じないものだった。
「くっ!」
「ハルカちゃん!」
慌てて後方に飛んだヒナタとゆずは、反射的に武器を構えてハルカを見る。
変わらず感情のない目で二人を見つめるハルカからは、わずかに殺気すら漂っていた。
「ハルカちゃん……お願い、こんなの止めて?いやだよ、お兄ちゃんだけじゃなくてハルカちゃんまで……」
カランと音を立てて、短刀を取り落としたヒナタの瞳から大粒の涙がこぼれ出す。
呆然と立ったまま両手で流れる涙を拭う姿は、まるで子供のようだった。
「それじゃダメなのよ。ヒナタちゃん」
それを見た上で、ハルカは刀を突き出した。その刃はヒナタの心臓目掛けて真っ直ぐに伸びて行く。
キン!
「ハルカさん、あなた……」
ハルカとヒナタの間に飛び込み、なんとかその突きを逸らしたゆずが、ハルカを睨みつける。
「言ったでしょ?私はカナタが生き返ればそれでいいの。私を含めて世界中の人がどうなってもいい。邪魔するなら、ヒナタちゃんでもゆずちゃんでも……斬るよ?」
そう言うと、素早く刀を引き戻したハルカが、間髪入れず突きを繰り出す。
その刀をゆずはなんとか弾いたが、弾いたと思った刀が生き物のように動いて、また突きだされる。
ハルカの得意な多段突きだ。
かつては、後ろ側からその突きを頼もしく思って見ていたが、今はそれが自分たちに向かって繰り出されている。
「くっ!」
二回目まではなんとか逸らしたが、三回目の突きには間に合わない。そう悟ったゆずはせめて致命傷を避けようと動いた。
しかし……
そこからさらに進路を変えたハルカの突きは、構えているゆずではなく、その後ろで泣き崩れているヒナタの左肩を穿った。
「ああっ!」
肩の根本に、半分ほどまで刃が埋まり、すぐさま引き戻された刃は、ヒナタの左肩の肉や神経を引き裂きながら抜かれていく。
「うう……」
ヒナタは肩を押さえ、その場にしゃがみ込む。その手の隙間からは、決して少なくはない量の血が流れ出している。
それを見たゆずは、自分の中で何かが切れた音を聞いた。
「分かった……。もうあなたは私の知ってるハルカさんじゃない。……ただの、敵」
冷たい視線をハルカに向け、構えながらゆずは静かに、でも激情を秘めた声でそう言った。
「最初からそう言ってるじゃない」
ハルカはそれを見ても、眉一つ動かさず見下ろしている。
かつての十一番隊の仲間が、本気で殺し合いを始めようとしていた。




