4-13 ヒナタの影とハルカの闇
「ほんとに?見た?」
それまでどちらかといえば傍観していたゆずが急に近づいて来て、拓は驚いているもののしっかりと頷く。
「僕、水を汲みに外に出てて、白い服を着た人につかまったんだ。公民館の生き残りかって言われて……アミだけは守らないとって思って黙ってた。そしたら急にそのお姉ちゃんが降って来て、白い服の人をやっつけてくれたんだ」
その話を聞いて、少し安心したのかゆずは苦笑いしながら言った。
「降って来たってところがヒナタらしい。間違いない」
そう言うと、拓も頷いて言った。
「うん、そのお姉ちゃん、ヒナタって名前だった。ヒナタお姉ちゃんにも食べ物分けてもらったんだ!それで、ヒナタお姉ちゃんも人を探してるって言って……」
拓がそう話すと、それぞれが顔を見合わせた。やはりヒナタはハルカの情報を求めてここに来たのだ。
「僕は知ってること全部話した。そしたら、ありがとって言ってヒナタお姉ちゃんすぐにいなくなっちゃって。でも……」
どこかためらいながら拓はそう話し、俯いたが決心したような顔でゆずたちを見ると、力強く言った。
「あのね?ヒナタお姉ちゃんには言えなかったんだけど、ここを最初に襲って来たお姉さん、きっと悪い人じゃないと思う。だって……」
両手を握りしめて、必死な様子で話す言葉に嘘や脚色など混じっている様子はない。拓はきっとヒナタに言えなかったことを後悔している。
それは誰の目にも明らかだった。
「そのお姉さん……刀を振るたびにごめんなさい、ごめんなさいって呟きながら……とっても悲しそうにしてた。きっと、誰かに無理やりさせられてたんだよ!ヒナタお姉ちゃんがどうして追いかけてるのか知らないけど、伝えて欲しいんだ、きっと悪い人じゃないよって!」
必死な様子でそう言う拓の頭にフワリと手が置かれた。
「だいじょぶ。ヒナタお姉ちゃんも悪い人とは思ってない。むしろ止めたくて追いかけてる。安心していい」
ゆずがそう言うと、拓はホッとしたのかまた涙を流し始めた。
「ヒナタお姉ちゃんは、倉敷の方に行ったよ。白い服着た人と一緒に最初のお姉さんも帰ったから……。ここにいた人も全員運んで行った」
拓は一気にそう言うと、流れる涙を拭おうとするがなかなか止まらないようだ。
「拓ぅ、助かったで!できる男やないか。拓の言いたいことはウチが伝えたるから、心配すんな?」
ミィがそう言って拓の頭をグシャグシャに撫でる。拓はミィが言ったことが嬉しいのか、何度も頷いた。
ミィはポンと拓の頭を撫でると立ち上がった。情報は得た。残るは……。
ミィと入れ替わり、今度はアイが拓の前にしゃがんで話し出した。
「ねぇ、私たちと来ない?狭いけどちゃんと寝るところもあるし、食べ物も心配しなくていいよ?」
アイは普段聞かないような優しい口調で拓に言ったが、拓は首を振った。
「ううん、ヒナタお姉ちゃんにも言われたけど、僕の家はすぐそこなんだ。今はまだ危ないけど、いつか帰るって……そこでお母さんを待つって父さんと約束したから」
話を聞けば、拓は元々ここに避難していたわけではないらしい。家に帰る途中で感染者から逃れるためにたまたま立ち寄り、たまたまハルカの襲撃を受けた。
妹を安全に連れ帰るためにここに隠れながら様子を見ていたということらしかった。
アイたちは家まで送ってもいいと言ったが、それにも拓は首を振った。
「僕たちは大丈夫!ここまでアミと二人で来たんだ。ちゃんと帰れるよ。それよりもヒナタお姉ちゃんを早く追いかけて?もし、僕のせいであのお姉さんとケンカしちゃったら……」
そう言ってまた俯こうとした頭をミィが掴む。
「大丈夫や言うたやろ?ケンカなんかせーへん。まぁ、拓がそこまで言うなら急いで追いかけるけどな?」
ミィがそう言うと、拓はミィの服を掴んで言った。
「うん、お願いします。ミィ姉ちゃん」
「……ミィ姉ちゃん。悪くないな」
そう呼ばれ、まんざらでもなさそうにしているミィを見て、ゆずは微笑んでいたが倉敷の方角を見てその表情を険しくさせた。
倉敷方面は、かって十一番隊としてカナタたちと共に進んだ進路だった。
そして、拓の話からハルカの行動にはネメシスが関与している可能性がかなり高いこともわかった。
「ネメシス。あの白づくめ共、とことん縁がある。……カナタくんの礼もある、今度はしらみつぶしにしてやる」
ゆずは一人倉敷の方角を見て、牙を剥き出しにしていた。
◆◆ ◆◆
「ちょっと、話が違うじゃない!」
一方、簡素ながらたくさんの機器や薬品の並んでいる部屋で、ハルカは激昂していた。
ハルカの目の前には佐久間が驚いた様子もなく立っている。その隣では夏芽が我関せずと言った様子で何かの作業を行なっている。
「何がだ?」
ため息混じりにそう答えた佐久間に詰め寄りながら、ハルカは叫ぶように言った。
「何が二十人ほどよ!もうかれこれ五十人は殺した。まだ足りないってどういうことよ!」
ハルカの手にはすっかり汚れてしまい手入れもされていなさそうな刀「晴香」が握られている。
今にもそれを抜きそうな勢いだが、佐久間は顔色一つ変えずに言った。
「私とて予想を外すことくらいある。はっきりとは分からんとも言ったはずだぞ。ふっ、私が思っていたよりもMother phageを宿している人間が少ないのだ、よほど人類は地球に嫌われているようだな」
「話を逸らさないで!マザーがどうとか、地球がどうとか私には関係ない!」
ハルカが叫び返すと、佐久間はため息をついて言う。
「逸らしてなどいない。お前の男を甦らせるにはMother phageを宿した人間を嚢腫格に喰らわせる必要がある。有象無象がどれだけいても意味がない。説明したはずだが?」
そう言われ、ハルカは歯を食いしばって耐える。
その様子を見て、薄く笑った佐久間はもうハルカの方を見ようともせず言った。
「ふっ……。それに今更何人増えようが対して変わりはあるまい。お前の手は血に塗れている。関係のない無実の人間を斬ったことは変わらんのだ。それに……もう、後戻りはできまい?わかったら休め。明日は違う方面に行ってもらう」
それだけ言うと佐久間はもうハルカなどいないもののように自分の作業に戻った。
ハルカは両手を握りしめて立っていたが、やがてフラフラと部屋を出て行った。
「相変わらず冷たいやっちゃな?もっと言いようがあるんじゃないの?」
言葉はともかく、ニヤニヤとそう思ってなさそうな顔で夏芽が言う。
「ふん。言葉など取り繕ってどうする。それよりもあれも失うには惜しい。夏芽」
佐久間がチラリと夏芽を見て短く名を呼ぶ。
それだけで察したのか、夏芽は面倒そうに言った。
「はいはい、人使いの荒いのも相変わらずや」
そう言って夏芽はその部屋を出て行った。
一人残った佐久間は、もう画面が示すデータを読むことに集中していた。
ハルカは与えられた部屋に戻ると、着替えもせずに寝台に倒れ込んだ。
ベッドとも言い難い、クッションも何もない布団だけの台がハルカの体を受け止めてギシッと鳴った。
白いコンクリートに囲まれたなんの飾り気もない部屋。窓もないが壁の一面は大きなガラスになっており、その向こうには大きな容器が見える。
「カナタ……」
その容器いっぱいに満たされた液体の中に、カナタは浮いている。口元をマスクで覆われ、強制的に酸素と栄養を送り込まれ機械的に生かされている。
「私……どうしたら」
そんなことはわかりきっている。即刻こんなことはやめて自分は腹でも切るべきなのだ。
それでもハルカは止まらなかった。世界中の人を敵に回すよりもカナタ一人を選んでしまったあの日から……。
それでも、割り切ってしまうにはハルカは善人すぎた。頭では割り切っているつもりでも、ジリジリと心が擦り切れていくのだ。
「こんな私を見たら幻滅するんでしょうね……」
そう呟いて枕に顔を伏せたハルカの耳に、ハルカの求めてやまない声が聞こえた。
「……ハルカ」
ガバッと上体を起こしたハルカが、カナタの入っている容器を見ると、うっすらとカナタの目がこちらを見ている。
いや、実際には変わりはないのだが、ハルカの目にはそう見えていた。カナタの声が聞こえたのだから……
「カナタ!わかるの?」
ガラスを叩き割る勢いで近寄ったハルカに、その声は語りかけてくる。
「ハルカ……すまない。俺のために……。俺は、お前が……」
「カナタ!あなたは何も悪くない、私が勝手にやってることだから!許して欲しいとも思ってない。あなたに斬られたっていい!……あなたが生きていてくれるなら……」
ズルズルとその場に崩れ落ちるように座り込むハルカにその声はさらに言う。
「お前の気持ちは、嬉しいよ。今はもう限界だけど……いつか……ちゃんと、話した、い……」
「カナタ!」
顔を上げて見たカナタは、変わらず液体の中でゆらめいている。
しばらくカナタの顔を見つめたハルカは、フラフラと立ち上がった。
「ええ……そうね。もうすぐらしいから、待っててね……カナタ」
そう言うと、またフラフラと歩いてハルカは寝台に倒れ込んだ。
それをモニターで見ていた夏芽は静かにマイクのスイッチを切った。
「はぁ、やってられんわ」
そう呟いたその声はカナタのものだった。かつて階の肉体を取り込んだ烏丸が階に成り変わることができたように、カナタの一部を取り込んだ夏芽は声帯と骨格の部分だけ模写して、カナタの声を出していた。
もし、ハルカにほんの少しでも冷静さが残っていれば、違和感に気づけただろうが、心身共に擦り切れたハルカは懐かしいカナタの声に縋り付いてしまっていた。
ハルカは静かに寝息を立てる。その心にほんの少し暖かさを宿して……。




