4-12 噛みちぎるつもりでやらんかい!
「ここも空振りか……。どうなっとんねん」
肩を落としてミィが思わず愚痴る。山野さんがくれた地図によると、この避難所が例の動画が撮られた場所らしい。
ここにも人が暮らしていた痕跡はあるものの、死体の一つも残っていない。
「ここは襲撃された場所のはず……ならその跡がないとおかしいのに……」
アイも周りを見ながら呟いた。あの動画で見たことが実際に起きたことなら、ここは感染者か斬られた死体がないとおかしい。しかしそのどちらの影も形も見当たらないのだ。
ここは公民館。入り口にはバリケードがあり感染者も侵入していなかった。
ただ、壁や床には黒いシミが残っている。ここで大量に出血するようなことがあったのは間違いない。
「ここまでくると疑いようがない。誰かが死体を持ち出してる。それしか考えられない」
辺りを調べながらゆずがそう言った。
「死体を?……何のためにそんなこと」
マイは顔をしかめながらそう言う。確かに死体を持っていく理由など想像もつかない。
「何のためかわからないと言うなら、そもそもハルカさんがこんなことをすること自体がとっても想像できない。十一番隊で一番そんなことしなさそうな人だった……」
どこか、悔しそうな顔をしてゆずはそう言った。
その時だった。
ゴトッ
微かに物音が聞こえた。全員の視線が一ヶ所に集まる。それは、公民館の掃除用具入れだった。
一番近いミィがそっと扉に手を伸ばす。その後ろでアイとマイもすぐに動けるようにそれぞれの武器を構えている。
「誰や!」
勢いよく扉を開けたミィの目の前に現れたのは……銃口だった。
「う、動くな!」
震えながら突きつけられた銃口を見て、ミィは武器を床に置いて両手を上げた。
銃を構えていたのは、まだ少年だった。
「動かんかったらいいんか?そんで次は何や」
少年をじっと見て、ミィはそう言った。高圧的な物言いに少年は明らかに気圧されている。
アイはいつでも動けるように、体のバネを溜めながら少年を見た。よく見るとその後ろにはさらに幼い少女がぬいぐるみを抱えて泣きそうな顔をしている。
--生き残りの兄弟?なら止めないといけないんだけど……あの子、銃の扱いに慣れてないわね。指を引き金にかけてる。あれじゃちょっとした弾みで引き金を引いちゃうかも。
アイは冷静に状況を見て、手を出しあぐねていた。が……。
ミィが一歩前に進んだ。少年はビクッとして、銃口をミィの頭に向けた。
「動くな、う、撃つぞ!」
あぶない。少年の手はガタガタと震えている。肩に力が入りすぎているのもよくわかる。
そのつもりがなくても、いつ撃たれてもおかしくない。
「ちょっとミィ……」
「動いたで。動くな言われてたのに動いたで!撃たんのか?」
そう言うとミィは一気に近づき、少年の持つリボルバーのシリンダーを押さえた。種類にもよるが、撃鉄を下ろしていない限り、シリンダーを動かないように押さえられたらリボルバーは発射できない。
「お前、後ろの子を守っとんのやろ?」
怯えながら少年はわずかに頷く。
「ほんなら撃たんかい!」
少年はビクッと肩を跳ねさせる。アイはミィの肩に手を置いた。
「ちょっとミィ。やめなよ、怖がってるじゃない」
そう言うアイの方も見ずに、ミィは少年だけを見つめている。
「怖いのは分かる。ウチかて怖いわ、でもな?怖いからって、子供だからって、誰も容赦はしてくれんねん!」
アイはそれ以上何も言えなかった。言い方はきついがミィの言ってることは正しい。今のこの世界は強くないと全てが奪われる。
少年の命も守っている少女の命も強い者がみんな奪っていく世界なのだ。
「ホンマにその子を守りたいんやったらな、ウチが一歩動いた時に手でも足でも撃つねん。逃げ道があるんかったらええ、どこにもないやろ?追い詰められとんのやろ?撃たなあかん」
いつしかミィの口調は穏やかになっていた。言っていることは相変わらず過激だが、真理でもある。
「分かるか?守りたいものがあるなら、相手に噛み付いてでも生き残るんや。ほれ、やってみぃ」
そう言ってミィは袖をまくって腕を差し出した。
「覚悟の問題や、やってみぃ」
ぐいっと顔に腕を押し付けられた少年は怯えながら、軽く噛み付いた。
「アホゥ!噛みちぎるつもりでやらんかい!」
間近で怒鳴りつけられ、少年はやけになったのか思い切り噛み付いた。
「アタタタタ!そうや、それでいいねん!」
「ちょっとミィ!血がでてるじゃない!」
アイがやんわりと少年を離すと、ミィの腕にはくっきりと歯形が残り、そこから出血している。
「マイ!もう、何してんのよ!」
マイに声をかけると、すぐにマイは走って行った。救急キットを取りに戻ったのだろう。それを見てから咎めるようにアイは言ったが、ミィはニカっと笑って言った。
「大事なもん守るためならな、遠慮はいらん。それが今の世の中やからな!」
ミィにそう言われて、少年は怯えてはいるものの、さっきまでと違いどこか凛々しさが宿っているように見える。
そしてミィの言葉にはっきりと頷いてみせた。その頃にはマイが救急セットを持ってきて、ミィの腕を治療しだした。
ゆずはミィの行動に理解を示しているのか、何も言わずに周りを警戒してくれていた。
「そうや、ちょっとそれ見せてみい」
消毒して包帯を巻き終わると、ミィは少年の前に座って持っている銃を指してそう言った。
少年は少しためらったが、ミィの前に差し出した。
「サクラか。警官の銃やな?よく手に入れたな」
シリンダーをスイングさせると、弾はあと二発入っている。
「……父ちゃんが渡してくれた」
ぼそっと少年がそう言う。
「そうか。そっちの子は妹か?」
ミィが聞くと少年は頷く。
「……父ちゃんがこの拳銃と一緒に妹もお前に託したんやな?」
今度ははっきりと少年は頷いた。そしてミィを見て言った。
「拓!僕、拓って言うんだ。お前じゃない!」
少年……拓がそう言うのを見て、ミィは笑って頷いた。
「そうかそうか、それはすまんかったな。拓、弾はこれだけか?」
拓は俯きながら頷く。それはそうだろう、こんな世界で小学校三〜四年くらいの少年が弾薬など集めることができるわけがない。
「ゆずさん、38スペシャルって持ってへん?」
ミィが、この拳銃に使われる弾がないか聞くと、ゆずは少し申し訳なさそうに言った。
「リボルバーは使わないし、都市でも製造されてなかったから持ってない。多分手に入れるのも……」
難しい、そう言おうとしたゆずがハッとした顔をした。
「ちょっと待つ。もしかしたらあるかも!」
そう言ってゆずは駆けて行った。
拓と妹の少女は、その様子をポカンとして見ている。ミィは拓の頭をポンと叩くと言った。
「ええか?こんなことしてくれる人はおらんからな?ウチらはおかしいねん。でもな、信用できる人はしっかり見極めるんやで?」
そう言ってポケットからチョコのカロリーバーを出して渡す。
「これから気張らんといかん。これしかないけど食べて気合い入れや?」
そう言って拓の腕にカロリーバーを押し付けると、拓はポロポロと涙をこぼし始める。
「しょうがないな、今だけは見逃したる。今だけやで?」
そう言って拓の頭をポンポンと撫でるように叩いた。それを見てようやく緊張が解けたのか、妹も拓にしがみついて泣き出した。
「あった!昔カナタくんが弾薬の種類も知らずに集めてくれた分があった」
そう言ってゆずがサクラに合う38スペシャルを持って来た。
ミィは拓に見せるようにしてサクラに装填して渡した。
「しっかり妹を守るんやで」
そう言って。その隣にスッと座ったゆずはダンボール箱に詰めた食料を拓の前に置いた。
「これはおまけ。ところでここでこんなお姉ちゃん見なかった?」
そう言ってヒナタの特徴を言って聞かせる。すると……
「たぶん見たよ」
拓はそう言った。




