4-11 マザーの痕跡
「おっそろし……真っ二つやないか。斬った音もほとんどせんかったで」
ミィが思わずという感じでそう言う横で、アイは何が自分と違うのか冷静に見ていた。
--振り方はあまり変わらない、と思う。多分当て方?鉄パイプみたいに叩きつけるんじゃなくて……んー、速すぎてよく見えなかったな。
頭でそう考えているうちに、目の前まで戻って来たゆずに支給刀を手渡される。そして、考えているアイを見て目を細めると周りを見て木の枝を見つけた。
ゆずは木の枝を拾ってアイに当てた。
「アイの当て方はこう。刀の当て方はこう」
「当たる瞬間に引くってこと?」
「厳密に言えばもっと奥は深い。私もきちんと習ったわけじゃないから上手には教えてあげられないけど、今のところ言えるのはそんな感じ」
ゆずがそう言うと、アイは頷いて支給刀を見つめた。うまく使いこなせるかどうかはこれからの練習次第ということか……と思いながら。
「マイは射撃の技術自体は及第点。これから頑張る。それとは別に、前衛との息を合わせることも考えるべき。例えばさっきの狙撃の場合なら、アイは相手に見つかってなかったから、もう少し撃つタイミングを遅くすれば、気づかれるのも遅くなった」
マイはそう言われて眉を寄せる。
「でも、あんまりアイちゃんが近くなりすぎて、間違えてアイちゃんに当たったりとかしたら……」
不安げにそう言うマイに、ゆずは笑いかける。
「そこは自分の腕に自信が持てるまで訓練する。とにかく前衛との呼吸を合わせること。それができたら前衛がグッと楽になる」
マイはそれを聞いて、表情を引き締めて頷いた。ゆずの言うことには無駄がない。実戦で磨かれてきた技術に派手できれいな部分などなく、泥臭く現実的なものばかりだったが、それだけに重みがあった。
改めてゆずが経験して来たものをすごいとアイ達は感じていた。
それからまた来た時と同じような並びで動き、調べたが牧田小学校ではヒナタの手がかりもハルカの手がかりも見つけることはできなかった。
一行は色んな課題を抱えながらマイキーに戻るために校門を出た。
その一番後ろでゆずは少しだけ校舎を振り返った。
--手がかりはなかった。ヒナタのことだからきっと真っ直ぐ突っ走ってるはず。こんな近くで追いつけるとは思ってない。でも……この小学校、避難所として使われていたにしては感染者の数が少なすぎる。
ゆずはずっと違和感を感じていた。
避難所だったのは確かだ。体育館の中にはたくさんの寝袋や物資の空き箱、ロープとカーテンなどで仕切って使っていた跡がある。
少なくない人が避難していた形跡はあるのに、感染者がほとんどいなかった。
--ハルカさんが襲ってきたにしても、死体もなかった。まるで元からここには誰もいなかったみたい……
ゆずは首を振って前を向いた。まだ一ヶ所目だ、ここでわからなくても次の場所ではわかるかも知れない。
そう考えて、ゆずは黙ってアイ達の後に続いてマイキーに戻って行った。
◆◆ ◆◆
「何、ここ……」
アイは絶句していた。牧田小学校のあとに行った牧田区民センターでも、空振りに終わった。何体かの感染者と戦闘しただけで、まるでアイ達の戦闘訓練をしているみたいだった。
そして次の場所でも同じようにアイを先頭に足を踏み入れたとき、それまでとはあまりに様相が違っていた。
校門には第二中学校と書いてある。校門をくぐるとすぐにグラウンドになっていたが、そこには生存者も感染者の姿もなく、グラウンドいっぱいに何かを引きずったような赤い線が残されていた。
それもたくさんの人を引きずったような……。
「なんやこれ……車かなんかに人をくくりつけて引きずり回したみたいやないか……」
ミィも衝撃を隠せないでいる。それほどの光景だった。マイなどは見た瞬間口を押さえて座り込んでしまっている。
「車じゃない。タイヤ痕がないし、馬みたいな動物でもない。でも答えは簡単、マザーとやり合った。こんな事できるのはマザー以外にない。行こう、ここは危険。もしかしたら校内にいるかもしれない」
マイを気遣いながら、ゆずは険しい顔でそう言った。
「でも、ここの調査はどうするの?もしかしたら何か手がかりが……」
そう言おうとしたアイの言葉を、ゆずは遮る。
「手がかりがあるかも知れない。でもそれはみんなを危険に晒してまで得るものでもない。行こう、きっと手がかりは他でもあるはず。さっきも言ったけど、とにかくマザーとは接触するべきじゃない。……カナタくんと一緒だった時も全員でかかって一歩間違えば全滅だった」
それまで淡々と話していたゆずが顔を歪めてそう言うのを見て、アイ達は大人しく従った。
アイ達から見て、ゆずは実戦の経験者で実力もある。そのゆずがここまで言うのだから、アイ達が何も言うことはないのだ。
アイ達は、グラウンドに残った凄まじい痕跡に後ろ髪を引かれるような気持ちを抱えながらマイキーに戻った。
「そうか、マザーが……」
マイキーに戻り、見て来たものを話すと庄司は険しい顔をして俯いた。
「その……ゆずさんからも聞いてるけど、マザーってそんなにやばいの?」
マイキーに戻って来たアイ達は、今日の探索はこれまでと見切りをつけ交代でシャワーを浴びている。今はゆずが入っている。
アイは先に浴びてリビングで庄司達と話していた。
「そうだな……俺も直接仕掛けたことはない。ただ、物資があると目星をつけていた店に、他の生存者が先に侵入したことがあってな?そこで見た……」
そこで一度区切った庄司は、喉が渇くのかカップのお茶を飲み干してから言った。
「いくら目をつけていても、所詮は早いもの勝ちだ。それでも残れば回収しようと隠れて見てたんだよ。その生存者達も慣れている様子で、感染者をうまくいなしながら物資を回収していた。そこに現れたんだ」
庄司は段々と重くなってくる口調で話を続けた。
アイも真剣な顔でごくりと唾を飲んだ。
「そのデパートの壁を突き破って、大量の感染者と共に……そうだな表現が難しいが、カニとイソギンチャクを合わせたような形をしていた。それがマザーという存在だとは後で知ったが……圧倒的だったよ。数分で生存者もそこにいた感染者も……全て薙ぎ倒してマザーはデパートの奥に戻って行った。とてもじゃないが俺にはそれからデパートを捜索する気持ちにはなれなかったな」
庄司の顔色は青ざめてさえいた。常に冷静沈着で、顔色を変えるところなど見せない庄司が、思い出しただけでこれなのだ。よっぽど凄まじかったのだろう。
「マザーはさまざまな形をしている。私が戦ったのはギリギリ人形のもいれば、クモ型もいた。そしてそのどれも強力すぎた。あれは人がどうこうできる存在じゃない」
そこに頭を拭きながらゆずがやって来た。暖かいシャワーを浴びたばかりだというのに、ゆずの顔の血色は優れなかった……。
「庄司さんならわかると思う。.50BMGを数発撃ち込んでも数秒で治癒した。足止めにもならなかった。それがどれだけのものか……」
庄司ならわかる。ゆずがそう言ったため、自然と視線が庄司に集まる。庄司は愕然とした表情で固まっていた。




