4-4 後は転がり落ちるだけ
「なるほど……」
ハルカの視線の先には、広い駐車場と二階建ての建物が見える。
大規模なホームセンター。駐車場にはたくさんの感染者が、サビが目立つ車の間をうろうろしていた。
中には買い物に来て感染してしまったからか、買い物用のカートを押しながら歩いている個体もいる。
このホームセンターは車で買い物に来た人と、歩いてきた人が違うルートで店内に入れるように、別々のルートがあり、人が通る方には商品を使ってしっかりとしたバリケードが作られている。
駐車場内に感染者を入れることで、万一略奪者などに狙われた時も歩行者用道路だけにルートを絞らせている。
上手いやり方だった。
守備隊の備品だった双眼鏡を使い、ハルカはホームセンターの様子を窺っていた。
歩行者用道路のバリケードのところには、見張りの男が二人談笑している。
その様子からこの避難所にはまだ余裕があることがわかる。
見張りの男性の様子からも抑圧されているような印象は受けないことからも、この避難所がまともに稼働していることを感じさせた。
--それを、私は……
先ほどからやけに見にくいの思っていたら、双眼鏡を持つ手が震えていた。
逆の手は固く握りしめて汗をかいている。
ハルカは自分が躊躇して、緊張しているのを自嘲して笑った。
ここまで来て何を迷う。気にすることはない、自分は悪鬼なのだから……
まるで、自分に言い聞かせるように頭の中でそう繰り返しながら、ハルカは歩き出した。
ホームセンターに行くための歩行者用道路を歩いていると、見張りの男が気づいたようで、俄かに騒がしくなっている。
声が届くところまでたどり着いた頃には、仲間を呼んだのか見張りの男が六人に増えていた。
ただ戸惑っているのがわかる。こんなところに女が一人ゆっくり歩いて来るのだから無理もない。
顔を見合わせて何か話していたようだが、やがて一人の男がバリケード近くまでやってきてハルカに話しかけてきた。
「止まってくれ!避難希望か?よく一人でここまでこれたな……。でもすまない、この避難所はもう限界なんだ。物資も食料も限界ギリギリでやっている。済まないが他を当たって欲しい」
ハルカに話しかけてきた男性は、四十代くらいの真面目そうな人だった。
ハルカのことを避難してきたと思ったのだろう。人がいいのか、苦しそうな顔でそう言った。
ハルカは何も答えず、そのままの速度で歩いて近づいていく。
「おい、止まれ!ここには入れない。他を探せ!それ以上近づくなら、女でも容赦はしない」
それまで苦渋に満ちていた男性の言葉に、硬質なものが混ざり始めた。
男性も、いつの間にかその後ろに控えている男達もそれぞれ武器を構えている。
善良そうなこの男性も、しっかり覚悟はできているのだろう。
この避難所にいる人達を守るために、非情にもなれる。武器を構える男達の目を見ればそれがわかる。
ハルカは目を細めて、眩しそうに男達を見た。きっと、この避難所は適正に運営されているんだろう。
平時ではない時の人をまとめるのは非常に難しい。
「止まれ!これが最後だ……」
なおも近づいていくと、男はそう言った。
「……ごめんなさい」
「なにを言って……」
最後まで男の言葉は続かなかった。男が対応できない速度で抜かれた「晴香」が男の喉を貫いていたからだ。
「なっ、こいつ……敵だ!」
後ろにいた男がそう叫ぶと、建物の中からバールや単管パイプなどの武器を持って住人が出て来るのが見える。
--統率も取れている。ごめんなさい……私が来たばかりに。
ハルカはそう考えながら目を伏せた。数秒そうして、再び眼差しを上げた時には、ハルカの目に非情な色が浮かんでいた。
「ぎゃっ!」
「助けてくれ!」
「お前……何なんだ!」
身軽な動きでバリケードを越えたハルカは、地面に降り立つなり三人の男を斬っていた。
いずれも急所を切り裂かれている。
「貴様!」
単管パイプを持った男が、怒りに顔を染めて殴りかかって来る。
ハルカ目掛けて振り下ろされた単管パイプに、刀の腹を添えて受け流すと、ガラ空きになった腹を斬った。
その頃にはハルカの顔から表情が消えていた。
ホームセンターの中に入ると怯えた顔の女性達がこちらを見ていた。やはりこの避難所は適正に運営されていたらしい。
女性達は乱暴されたりしている様子はない。
「あなた!こんなことして……」
その中でも年嵩の女性が外の様子を見て顔色を変えtハルカの服を掴んできた。
「私たちが何をしたというの!何の恨みがあってこんなことを……」
その言葉の途中でその女性はハルカにもたれかかるように崩れ落ちた。
「恨み?恨みなら勝っているはずよ。近くにある戦えるもののいない避難所……。あなた達が襲ったんでしょ?」
表情を変えずにハルカが言うと、肩を寄せ合って怯えていた女性達が顔色を変えた。
「あれは!だって、生きていかないといけないの、しょうがないでしょ!」
涙を流しながらそう叫んだ女性にハルカは頷いて返した。
「そう、仕方ないわ。弱いものは淘汰される。自然界の掟……」
ハルカがその行為を認めるようなことを言うと、その女性は少し安心したような顔になった。
「だからあなた達がそうされても仕方ない……」
ハルカが言ったその言葉で、再び女性の顔色は青くなっていく。
「まって……おねがい!私たちは、ただ生きていくために」
懇願するように膝をついてそう言う女性の首がコトリと落ちた。
ホームセンターの中に再び悲鳴が響いたが、程なくして静かになった。
「十二人……まだ全然足りない」
そう呟きながらハルカは建物から出た。
後にはそこで生活していた者に亡骸と、静寂が残っているだけだ。
ハルカは外に出ると、火を起こして合図の狼煙をあげた。
それを見た白づくめ達が、ハルカが斬った人達を回収に来る手筈になっている。
佐久間がハルカに条件として提示したもの。それは大勢の人間の体だった。
嚢腫格から出て来た感染者は、倒すと溶けて無くなってしまう。
それは嚢腫格が喰らった感染者を複製する時に一体では足りないからだった。
足りていないからスカスカの体になってしまっていたのだ。
そして今回の場合、カナタは感染している上に詩織の因子まで吸収して無理に動いていたため、体が崩壊寸前だったらしい。
佐久間が嚢腫格を使って、カナタを甦らせるために計算した必要な人体の数、およそ三十体。
その三十体の人体を集めてくるようハルカに要求したのだ。
「ごめんね、あなたもこんな私に使われたくはないでしょうけど……」
ホームセンターの住人を斬って、血糊がついた「晴香」の刀身を拭いながらハルカはそう言った。
そして、完全に善良とは言えなかったが、避難民を斬ったことで、ある意味踏ん切りがついてしまった。
「もう迷わない。余計なことは考えない。カナタ……私はあなたを生き返らせるためだけを考える」
そう言って、また別の避難所を探し始めたハルカの足取りからは迷いは消えていた。




