4-1 命を燃やす
マイキーが快調に走りだした頃、瀬戸大橋の近くのある場所では、命そのものを燃やすような戦いが繰り広げられていた。
「はぁ、はぁ……ふっ!」
歯を食いしばって、身体全体の力を振り絞って刀を振るう。腰も入っていない、自分が見ても笑ってしまいそうな斬り払いだったが、何とか感染体まで刃が届いたようで迫っていた感染者は崩れ落ちた。
しかし、一瞬だけ息をついたのもつかの間で、すぐにその後ろから感染者が手を伸ばしてくる。
「くっ!」
刀を引きもどすのが遅い。体力の限界はとっくの昔に迎えている。いまは意地と気合だけで立っているようなものだ。しかし、限界を迎えている身体は考えているほど動いてくれない。大きく刀を振り抜いたせいで、体勢も崩れている。
何度目かわからない死の扉が開こうとした時、横合いから滑るように動いてそのままの勢いで斬り上げて、感染者のあご下からうなじまで真っ二つに斬り裂いた。
「っ!カナタっ!」
斬った男……剣崎カナタは全身を血に染め、もはや意識もほとんどないような状態で、それでも刀を振るっている。それを見て、ハルカの目に涙があふれてくる。
仲間を逃がすため、一人で残ったカナタ。ハルカはそんなカナタが一人死んでいくのがどうしても耐えきれなくて、仲間にも何も告げず戻った。今まで逃げてきた道を逆方向に走って行くと、幾人もの白づくめや、時には感染者とも遭遇した。
それを何とか切り抜けて、戻ったところでハルカは見た。仲間たちの退路に断つ塞がるように立つカナタ。しかし限界を迎えているのか、眼前まで迫っている体格のいい白づくめに対して構えもしていない。
「だめ、カナタ……」
呟いたハルカが、走り出す。右手の「晴香」に勢いと、絶対にやらせないという思いを乗せて突き出した。
「ごぽっ……」
ハルカの突きは、カナタの頭の上を通って迫る白づくめの喉を貫いていた。
「おまえ……」
カナタの目に消えかけていた光が戻る。
「なんで……」
なんとか振り向いたカナタは、血に染まった顔に驚きの表情を浮かべた。
「戻った……んだよ、ハルカ」
そう言いながら、倒れ込みそうになるカナタの肩を支えて、ハルカは足でたった今喉を刺し貫いた白づくめを蹴って刀を抜いた。
ゴポリという音と共に、その白づくめの頭巾が真っ赤に染まっていく。
「何よ……。一人じゃ寂しいだろうって思って戻ってきてあげたんじゃない」
間に合ったことの嬉しさと、今にも命の火が消えてしまいそうなカナタを見る悲しみと、混ざり合ってよく分からない感情になったハルカは、強がりの言葉を口にする。
「そっか……。じゃあまだ倒れられないな……。惚れた女の前で、少しくらいは……格好、つけないとな」
口元に笑みが戻ったカナタが、ふらつきながらも自分の足で立った。それを見て、ハルカは泣きそうになるのを我慢して言った。
「言うじゃない、見せてもらうわよ」
そこからは勝利も栄光もない戦いだった。
もはや命を捨てた抵抗をするカナタとハルカに手を焼いた白づくめ達は、少し前から戦い方を変えていた。どこからか感染者を誘い出して、ハルカ達の所まで逃げてくる。
一番最初に感染者に殺されるのは、誘い出してきた白づくめだったが、どこか満足したような表情をして死んでいく……。
以前もこの戦法で追い込まれて、美鈴たちや花音を奪われている。
ハルカをかばって感染者を斬ったカナタだったが、とうとうその場に持っていた「十一」を落とした。
ハルカも刀を手放し、崩れ落ちそうになるカナタを抱いて支える。そんなハルカに別の感染者が襲い掛かろうとしていたが、ハルカはもうカナタを抱いたまま動こうとはしなかった。
今にも掴みかかられそうな気配を感じながらも、ハルカは目を閉じて動かなかった。ここに来た時点で生き長らえるとは思っていない。仲間をかばって命を燃やすカナタの隣で戦いたい、共に死んでいきたい。そう考えてここにいるのだ。カナタがもう動けなければハルカももういいかと思っていたのだ。
しかし……
「がああぁぁ……」
どさっと倒れる音。見るとその感染者は喉を貫かれていた。落としたはずの「十一」をいつの間にか拾っていたカナタによって……
「カナタ……。あなた、そんなになってもまだ……」
もうカナタには意識があるようには見えない。薄く開いた目からは生気を感じないし、今もまた再び「十一」はカナタの手からこぼれ落ちている。
そんな状態になって、まだハルカをかばったのだ。
ハルカは震える手に力を込めて、「晴香」を拾い上げる。手を離すとカナタはそっと地面に横たわった。
「……もう、分かったわよ。私もやれるだけやるから……」
そう言いながら、刀を杖にしてハルカは立ち上がった。
「ごめんね、あなたまで巻き込んで……」
ハルカはそっと「晴香」の刀身を撫でた。指にいくつもの刃こぼれの感触がある。目を閉じて、もう一度だけ心の中で「晴香」に……自分の分身と思っている存在に詫びる。
そして、一番近い感染者の膝を斬り裂いて、地面に倒すとその喉を真っ直ぐに貫いた。
それから何体の感染者を葬っただろうか。もとより限界を超えているハルカはそう長くは動けなかった。それでも半ば無意識に刀を振るっているうちに、白づくめが引き連れてきた感染者を全部倒したのかわからないが、いつしかハルカの周りには白づくめが取り囲んでいた。
頭巾をかぶっているので、ハルカから窺い知ることはできないが、白づくめたちも恐怖していた。何十倍もの数で攻めかかり、それでも倒せずに仲間内で「なすりつけ」と呼ばれている手段を使った。
一人の同士が命を捨てて感染者を引き連れて来て目標になすりつける戦法だ。
「こ、こいつら……」
白づくめの一人が呟く。その声は頭巾でも隠し切れない恐怖に満ちていた。数人の下っ端の同士が連れて来た感染者をすべて倒して、まだ女の方は立っているのだ。
見ただけでもう限界はとっくに超えているわかるのに、近づくと最小の動きで斬られる。感染者の弱点を的確に攻めてくる。
周りを囲んで攻めあぐねていると、ようやく男の方は倒れて動かなくなったが、女の方はまだ立っている。
「どうしてそんなに戦えるんだ……」
また別の同士が呟いた。誰も動けない。近づけば斬られることが分かっているからだ。
戦場にわずかな静寂が訪れる。誰かの荒い呼吸が聞こえてくるくらい静かになった所に、近づいてくる足音があった。それは白衣を着た男……佐久間だった。
「まったく信じられんな。常人なら三回は死んでいると思うが……。しかしさすがにもう動けんだろう。気力で動くにも限界はある」
そう言って佐久間は、ハルカ達と数メートルの所で足を止めた。もうろうとしながら、それでもハルカは佐久間の方に刀を向けた。
「ふん、まだ動くか。おい女、そこの男は感染していたはずだ。恐らく喰代が発症を食い止めていたのだろうが……。未来がないことは分かっていたはずだ。だからこそ男は命を賭してここに残ったのだろうからな。解せんのは女、お前だ。なんで来た?お前は逃げることができたはずだ。どうして無駄に命を捨てるようなことを……」
そこまで佐久間が言ったところで、不意にハルカが口を開いた。
「無駄……なんかじゃ、ないわ。あなたには……わからない、でしょう……ね」
佐久間に向けている「晴香」の切っ先は、震えていて定まっていない。それでもハルカは言った。
「感染してる?関係……ない、わ。仲間だもの、友人だもの……惚れた、相手だもの……」
ハルカの魂から漏れてくるような言葉を聞いても佐久間には届かないのか、佐久間は「……ふん」と鼻を鳴らしただけだった。




