3-10 「私」
アイが落ち着くのを待って、ゼンさんと庄司は急いで動いた。
ミィシアの館まで戻ると、お母さんとありったけの物を回収しだす。あらかじめミィシアは館にある物は好きにしていいと話してあったので、それはとても迅速に行われた。
それは休憩していたアイたちが驚くほどのものだった。
「どうしたのゼンさん。そんなに慌てて……」
たまたま通りがかったマイがびっくりして聞くと、そこで初めてゼンさんはリビングにやって来て言った。
「急いでここを離れよう」
それを聞いて、アイが顔を曇らせる。
「えっ、やっぱり何かまずかったんじゃ……」
そう言うアイにゼンさんは言った。
「いや、アイちゃんのせいじゃない。でも余計な連中に目をつけられてしまった可能性がある。もともとここに来た用事はもう済んだんだ。ちょっかいかけられる前に移動しておいた方がいいと思ってね?」
アイが気にするのを予想していたのか、ゼンさんはわざとにこやかにそう言った。
元々ここに来たのは、マイキーの充電と物資の補給のためだ。物資の補給に関しては、思い出すたびにはらわたがねじ切れそうになるが、だからこそゼンさんたちも自分たちだけで準備したんだろうから何も言わなかった。
充電は、改修と並行してたっぷりとしてある上に、太陽光パネルや充電池を近くの家から回収したので、むしろ強化されている。それを聞いたアイは、真剣な顔になって頷いた。確かにゼンさんが言うように、もうここにいる理由はない。
目をつけられたのも、あの南という狂人だったら喜んで待ち受け、返り討ちにして物資のありかを吐かせたいという思いはあるが、いったいどういうつながりがあったのか、南はネメシスの連中と行動を共にしていた。
宗教をベースとして、パニックや感染者への恐怖を勧誘にうまく使い、中にはこの世界に失望してその身を投じる人もいた。アイたちが駐屯地の避難所にいる時に時折見かけるだけだったが、それでもかなりの人数を擁していた。
その全貌は知らないが、楽観視は出来ない相手だというのが、みんなで話した結論だった。
本気で移動するつもりだということが分かると、すぐにアイは自分の荷物をまとめだした。隣で同じ話を聞いていたマイも何も言わず準備を始める。
さっきまでソファでゆっくりしていた二人だったが、これまで危険と隣り合わせに生きてきた二人は、まるでスイッチが切り替わったようにキビキビと動いている。
この世界では戸惑っている暇はない。危険が予想できるときにどれだけ迅速にその場を離れるか、戦う準備をするか。それができないと生き残ることなどできないのだ。
ただ、ミィシアはまだ慣れていなかった。立ち尽くすミィシアにゼンさんが声をかける。
「君も移動の準備を。持っていくものは本当に必要な物だけにするんだ。物資や食料は僕と庄司さんで運び込んだから、自分のものだけを考えればいい。それと……」
そこで言葉を切ったゼンさんは、少し言いにくそうな顔をしながらミィシアの肩に手を置きながら言った。
「もうここには戻って来れないと思った方がいい。つらいだろうが、忘れ物のないようにね?」
それだけ言うとゼンさんはまた作業に戻って行った。ミィシアはゼンさんの背中を見送ると、ぐっと歯を食いしばると自分の荷物をまとめだした。
◆◆◆◆
荷物と言っても、私物はほとんどが洋服くらいしかないアイや、荷物どころか記憶すらない状態だったマイも私物という私物はほとんどない。替えの下着と洋服が数着。それにちょっとした小物くらいしかないので、準備はすぐに終わる。
むしろ自分のテリトリーを持っていたミィシアの方が、荷物は多い。最初はどれを持っていくか悩んでいたミィシアも、動き出せば早かった。まとめた荷物をマイキーの新しい自分の部屋に置いてきた。
「いつでも行けるで!」
三人とも用意ができると、ミィシアが運転席で出発の準備をしていたゼンさんに向かって、声を張りあげた。
もうここには戻ってこないつもりでいた方がいい。そう言われていたミィシアも、大した未練はないのかあっさりした様子だった。
「いや、元々自宅とちゃうしな。ゆーてもじいちゃんち家やし……。ただ、ここは便利やったからな。感謝はしとる」
そう言ってミィシアは、それまで住んでいた館を振り返る。そして、まるで館に話しかけるようにミィシアは言った。
「もう戻ってこれんって言われたけどな?ウチは戻ってくるで。いつか世界からバケモン共がおらんようになった時、ウチがここを相続するねん。この辺り地価は高いし、この建物やからな?ちょっとした財産や」
そう言って振り返るとミィシアは笑った。
「そうだね。私もまた遊びに来ていいかな?」
そうマイが言うと、真面目な顔でアイも言う。
「戸締りはきちんとしときなさいよ?今度来る時に空き巣が住んでるとか嫌だからね?」
その言い方は、アイもまたこの館に訪れるつもりがあるということだ。そういう二人を見て、ニカッと笑ってミィシアは言った。
「抜かりはあるかい!完璧や」
ミィシアは自信満々にそう言い放った。その様子をゼンさんや庄司は少し離れたリビングから、そしてお母さんも自分の部屋の入り口の所から微笑みながら見ていた。
「そうや、どっちでもいいんやけどな?……ミィシアって日本人にはちょっと言いにくい名前やろ?家族とか親しい友人はウチのこと「ミィ」って呼んでたからな。みんなもそれでいいで」
リビングに移動しながら、どっちでもいいんやけどな?と照れ隠しをしながらミィシアがそう言うと、みんなが頷く。
「わかったよ。じゃあこれからはミィちゃんって呼ぶからね?……ああ、でもそれだと……」
ゼンさんが少し考える素振りをする。何かまずいことがあるのか?と、ミィシアが見ていると、ゼンさんはニコッと笑った。
そして、イタズラっぽい顔をして言った。
「アイちゃんと、マイちゃん。それからミィちゃんが増えて、次はユウちゃんかな?」
ゼンさんが言った言葉の意味がすぐには理解できず、ミィシアは首を傾げる。
「ああ!そういえば……。気づかなかった」
庄司が少し驚いたように言う。
そして、ピンと来ていなさそうなミィシアに向かってニヤッと笑いながら言った。
「まぁ、お前たちはみんなちゃんと「自分」を持ってるからな!」
そう言われて、ますます眉をひそめるミィシア。周りを見れば、アイも分からないのか首をひねっている。
どうやら、ピンときていないのはアイとミィシアだけのようで、マイは手をポンと打った後、嬉しそうに微笑んでいる。
「もう、なんなのよ。教えてよ……」
「そや、このままやったらずっと背中がムズムズすんねん!教えてや」
そう言ったアイとミィシアの間に入り、二人の肩に両手を回したマイは、交互に二人を見て満面の笑顔で言った。
「私たち、みんな「自分」を主張してるんだよ!アイ、マイ、ミイってね?」
「あ!」
そう叫んでアイとミィシアは顔を見合わせる。そして、変わらず笑顔で二人を見るマイを見て、少し照れながら笑っていた。
◆◆ ◆◆
その夜。
暗闇に紛れて、ミィシアの館を見張る人影があった。屋根の上、塀の裏、建物の陰など、館から死角になっているところに潜む人物たちは、うまく隠れているものの真っ白な服装をしていて、隠密行動にはいささか向いていないように見える。
(全員配置についたか?)
小型のトランシーバーを使って、一人の男が全員に声をかけた。
(一階には感染者の姿がある。だが、例の自動車もあるはずだ。今の世の中、動く車は貴重だ。わが教団の教導主の阿賀部さまさえ徒歩で移動しておられる。ぜひ献上したい)
そう言ったこの場のリーダーらしき男の目からは、敬虔な信仰も教導主に対する盲目な尊敬も感じられない。
見えるのはギラリとした野望だった。貴重な車を献上して自分の地位を上げる。
生きて活動しているのなら、食料などの物資もまだあるのだろう。
「あれだけの物を隠していたんだからな……」
後をつけていた南によって密告されて、災害備蓄の水や食料はネメシスに回収された。
まとまった量を回収したことでリーダーの男は、教団内での地位が二段階も上がる予定だ。
--車とさらなる物資を持ち帰れば、その地位もさらに上がる。もうこうして現場を駆けずり回ることもなくなるかもしれない。
リーダーの男は思わずほくそ笑んだ。




