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BIO DEFENSE ~Mother phage~   作者: こばん
敵の姿

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31/52

3-9 悪意再び

「うそ……」


呆然としているアイの口から、小さくこぼれ落ちたその言葉は、アイの落胆ぶりを表していた。


「これは……」


様子を見に来た庄司も警戒を露にしている。


「アイちゃん……」


マイが心配そうにアイを見つめている。ミィシアもさすがに茶化すような言葉も出せないでいる。


「……っ!」


ガアン!


「うおっ!」


「きゃあ!」


近くにいたマイとミィシアが驚いて耳をふさいでいる。悔し紛れにアイがアパートの鉄柵を鉄パイプで激しく叩いたのだ。


「くやしぃっ!あれだけあれば、しばらく食べ物も飲み物も気にしなくてよかったのに……。ゼンさんもおじさんも、気を使わずにお腹いっぱい食べれるくらいの量があったのにっ!」


アイは本気で悔しかったようで、血が出るくらい拳を握りしめている。


「アイ……。仕方がなかった。誰も遊んでいたわけじゃない。物資を運ぶにはマイキーが必要だったし、お前はマイキーが完成したら自分の楽しみを差し置いてでも取りに来たじゃないか。……それよりも先に誰かが見つけてしまったのは、運が悪かった。こればかりは仕方ないさ」


そう言って庄司が慰めの言葉をかけるが、アイは悔しさを隠すことができずに言った。


「でも!わたしたち、ちゃんと鍵まで閉めて……。やっぱり少しづつでも、手作業ででも運んでいれば……」


そのアイの様子に、心配になったのかゼンさんもマイキーを降りてやってきた。


「アイちゃん。悔しいのはわかるけど……」


そう言ってゼンさんが、アイの頭を撫でながらなだめていた時だった。


「あははははは!どうしたんだい、そんなにイライラしてぇ」


突然聞こえたその声に全員がバッと、声の方を警戒する。


アイたちがいるアパートの通路。その隣の家の屋根に声の主はいた。


「あれぇ?もしかして探しているのは、これかなぁ?」


とぼけたような言い方で、男が何かを放ってくる。それはゆっくりとアパートの通路に落ちてきて、カランと音を立てて転がった。

空のペットボトルだ。それは間違いなくアイたちが見つけた災害物資の水が入っていたペットボトルだった。


「わざわざ邪魔な感染者をやっつけてくれて、見つけてくれてありがとう!いひひひひ」


そう言って腹を抱えて笑う男に庄司は見覚えがあった。


「あいつは……。ゼンさん、あいつだ!俺が話した南とかいう男だ。つけていたのか!あれは危険だ、相手にしない方がいい」


庄司とやりあって、三階建ての建物の屋上から飛び降りたり、こうして付け狙って嫌がらせのような仕返しをしてくる。こんな世界では異常としか言いようがない。


「ぼくはやられたら、やり返さないと気が済まないんだ。どうだい、今の気持ちは?」


そう言うと南は、パックに入ったご飯を開けて半分ほど食べると、それをこれ見よがしに投げつけてきた。それがアイの足元に落ちた瞬間、アイが歯をむき出しにして南を睨みながら、アパートの鉄柵に足をかけた。


「おい、止せ!アイ、落ち着け!あんな男は相手にするだけ無駄だ!」


そう言って、飛び出そうとするアイを羽交い絞めにして庄司が止めた。


「離して!先を越されたのは我慢できても、わざわざバカにしにくることが許せない!」


そう叫びながらアイが飛び出そうとする一方で、南の方にも誰かが近寄っていた。


「もう止めろ。無駄に刺激するんじゃない」


そう言って南の肩を掴んだのは、異様な格好をした男だった。目出し帽のように、目の部分だけくり抜かれた白い頭巾をかぶり、服装も白いシャツとズボンを着た白づくめの男。そしてその姿は、ゼンさんやアイには見覚えがあった。


「あれは、駐屯地にいたネメシスとかって変な宗教の……。こんな所までいるのか」


ゼンさんが驚きを隠せない様子で呟いた。

かつて、アイたちが避難していた元自衛隊の駐屯地を、わずかな自衛隊員と共に支配していた宗教団体。それがネメシスという団体だった。そのネメシスの構成員は南の横にいる白づくめの恰好をしているのだ。


「まずいな……ゼンさんはマイキーに!……ミィシア、ゼンさんを頼む」


敵がどれだけいるか分からない状況になり、庄司は冷静にゼンさんをマイキーの中に戻す。そしてこの中で比較的冷静なミィシアをゼンさんの護衛につけた。


「りょーかいや!」


そう言うとミィシアは、腰からハンドガンを抜いてゼンさんと一緒にマイキーに向かった。そうしている間にも、南のそばに白づくめの姿が増えている。


「アイ!落ち着け。今は退くぞ!今更ここでやりあっても何にもならん!」


そう言うと庄司は無理やりアイを鉄柵から引き離す。


「おい!下に回れ、あのバスも奪うんだ!動く車両は貴重だ、壊すなよ!」


そうしている内にも、次々に姿を見せる白づくめが、マイキーにまで目をつけて奪おうと動き出した。その姿を見て、南はさらに愉快そうに笑っている。


「いひひひひ!ざまぁ、バスまで盗られたら泣いちゃうんじゃねーの?ひひひ!」


ダン ダン


南の笑い声にかぶせるように銃声が響く。それはアイを押さえる庄司の真横から聞こえた。見るとマイがミロクを構えて立っている。その銃口の先からは火薬の煙が立ち昇っている。


カシャ ポン


マイがだいぶ慣れてきた手つきでライフルを折って排莢すると、すかさずポケットから新たな弾を出して再び装填する。マイが撃った弾は南の足元に着弾して、その周りの瓦を橋き飛ばしていた。


「ひひひ!撃った、撃ちやがった!」


「おい、くそ。こいつおかしいんじゃないのか?早く連れて行け!」


慌てるような声が飛び交い、顔を上げた庄司が見ると、屋根の上で白づくめたちが騒いでいる。片足のすねのあたりから少なくない血を流しながら、こっちを指差して笑う南を引きずって屋根の向こう側に連れて行こうとしている。どうやら何発かは南の足にも当たっていたらしい。


その騒ぎが幸いして、マイキーの方まで白づくめの手は伸びなかった。足を撃たれながらも大笑いして騒ぐ南を数人がかりでひきづって行くのに手を取られていたのだ。


「マイ、もういい!今のうちに俺たちも行くぞ。いい加減にしろアイ!俺たちにとって、お前たちと盗られた食料のどっちが大事だと思っている!」


強い口調でそう言った庄司の言葉に、さすがにアイも我に返り、向かっていこうとはしなくなった。それでも悔しそうに、いまだに笑い声が聞こえる方向を強く睨んだ後、歯を食いしばってアイは踵を返してマイキーの方に向かって走った。


それを見て、庄司もマイの手を取って走り出す。背中から白づくめ達の騒ぐ声が聞こえたが、もう振り返りもしない。


アイたちが飛び乗ると、マイキーはタイヤを鳴らしながら走り出した。


しばらく走って、アパートから離れるとゼンさんはアクセルを緩めた。ミラーを見ると、両こぶしを握り締めてうつむきながらアイは立っている。ゆっくりと速度を落としたマイキーが見通しのいい場所に停まると、アイが呟くように言った。


「……ごめん」


「アイちゃん……」


そのそばでは、マイもミィシアも心配そうにアイを見ている。俯いてそう言うアイを庄司は黙って見ている。その隣にゼンさんがやってくる頃、アイの足元にぽたぽたと水滴が落ちるのが見えた。


「……ごめん。物資を盗られただけじゃなくて、みんなを危険にさらしてしまって」


「でも、わたし……悔しくって」


俯いたまま拳を握りしめてそういうアイの頭を、庄司は少し乱暴に撫でた。


「言ったろ。俺もゼンさんも、お母さんも。物資なんかよりお前たちの方がずっと大事なんだ。いくら物資をたくさん手に入れたとしても、お前たちが傷つくようなら、きっとゼンさん達は物資なんか投げ捨ててお前たちを取る。……また探せばいいさ」


最後の方は優しく撫でていた庄司がそう言うと、そばにいたマイがそっとアイの手に触れた。そして何も言わず、硬く握りしめていた手を優しくほどいて握った。


「アイちゃんが自分を責めることはないんだよ?あの男が執拗だっただけさ。……ネメシスの連中までいたのは驚いたけど、誰にも怪我がなくてよかったよ」


ゼンさんは、最後は全員を見ながらそう言った後、再びアイに視線を戻す。


「でも、アイちゃんに言っておくことがある」


真剣な口調でゼンさんがそう言うと、アイの肩がピクリと震える。


「……おじさんになるとねぇ、食が細くなるんだよ。食べ盛りで運動量も多い君たちと比べたら、遠慮してあまり食べていないように見えていたかもしれないけど、僕たちもちゃんと食べてるからね?」


てっきり叱られると思っていたのだろう。赤い目をしたアイが顔を上げるときょとんとしている。


「いや、僕たちが気を使ってあまり食べていないように言ってたからさ?」


「あ……」


笑みをたたえながらゼンさんがそう言うと、アイも思い出したのか、少し恥ずかしそうに眼を逸らした。


「でもありがとう。アイちゃんの気持ちは嬉しかったよ。こうしてお互いのことを思いやれるってことは、今の世の中ではとても貴重な事だと思うんだ。たまたま見つけた物資よりもね?だから、あんな奴らに盗られてしまった物のことなんか、もう忘れるんだ、いいね?」


ゼンさんはそう言いながら、アイの頭に手を伸ばす。そんなゼンさんに優しく諭されて、アイは小さく「うん」と呟いて、黙って頭を撫でられていた。

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