3-7 失われた日常と長女争い
それから、ゼンさんと庄司はマイキーの改修にかかりっきりになった。余計な心配をかけるのもよくないと説得され、アイもその間おとなしくミィシアの館で休養をとっていた。
「ひまぁ……」
マイがドアを開けると、与えられた部屋のやたらふかふかのベッドの上で、アイがのたうち回っていた。
「うん、そんな気がしてた。」
そう言いながらマイが持ってきた皿からは、とてもいい匂いが漂ってきていた。
「えっ、それって……」
記憶を掘り起こして匂いの正体がなんだったか思い出したアイはがばっと上半身を起こした。そこには湯気を立ててホットケーキが乗っていた。
「え?え?……ホットケーキミックスなんて、あっ、卵もないのに」
アイが信じられないといった顔で皿の上を見ているのを、マイは嬉しそうに見ている。
「フフッ!お母さんから教えてもらって作ってみたの。ホットケーキもどき。甘さ控えめだけど、まあまあおいしかったよ」
そう言って皿を差し出してくるマイ。アイはマイの顔を窺うように見て言った。
「……貰っていいの?」
「もちろん。アイちゃんの分だよ」
そう言われ、アイは恐る恐る手を伸ばして、切り分けてくれているホットケーキをひと切れ取って口に運ぶ。それまで暇と眠気で半分ほどしか開いてなかったアイの目がぱっちりと開いた。
「おいしい!ちゃんと甘いじゃん、すごい」
そう言うと次々と手を伸ばし、あっという間に皿に乗っていた分を平らげてしまった。
「やばい、おいしかった……あっ!」
満足そうな顔をしたかと思うと、何かを思い出してアイは固まった。
「全部食べちゃった……つい、おいしくて。そのみんなの分まで」
シュンとした顔になってそう言うアイが珍しくて、マイは思わず吹き出してしまった。
「あはは!いいんだよ?これはアイちゃんの分だったんだから。他の人の分もちゃんとあります」
マイがそう言うと、アイはホッとした表情になったあとムッとする。
「そんなに笑わなくたって……。私はてっきり貴重な物だろうから、そんな数を準備できるって思わなくて……」
むすっとしてそう言うアイに、マイは皿を置いて抱き着いた。
「うんうん、アイちゃんはそういうとこ優しいよねぇ!」
「ちょっと、マイ?抱き着かないでよ!優しいとか、私のどこを見てそんなこと言うんだか」
そう言いながらも、無理には引きはがそうとしない所も優しいとこだと思うな。口にしなかったが、アイの首に手を回したままマイは心の中でそう言った。
存分にじゃれ合って、すっかり目が覚めたアイがリビングに出てくると、ミィシアも食べた後なのか満足そうな顔をして、アイに「おそようさん」と声をかけてきた。
ゼンさん達がマイキーの改装にかかりだして三日目の朝。ゼンさん達はバイク屋の工場で寝泊まりをしている。
「あら、起きたのアイちゃん。悪いけどこれゼンさん達の所に持って行ってくれない?」
すっかりきれいになったミィシアの部屋のキッチンから出てきたお母さんがそう言ってかごに入れたタッパーを渡してくる。きっとゼンさん達の分の弁当が入っているのだろう。
あれから一度だけ、アイたちが見つけた備蓄食料の部屋に行って、持てるだけ持って帰ってきたので食料には余裕があった。奥にあった段ボールからは塩や砂糖といった調味料や小麦粉などがたくさん入っていた。
アイとマイ、それからミィシアでそれなりの量を持ってきている。
館で暮らすようになってから、お母さんは少し体調がいいみたいで、こうしてよく料理を作ったりしてくれている。もはや、だんだんこの館から出て行きたくなくなってくるくらい、穏やかな日々をここ数日味わっている。
「それじゃ、行ってくるねお母さん」
そう言って一階に降りる階段の方に行こうとしているアイに、マイがついて行こうと急いで準備している。
「あーん、待ってよアイちゃん」
「もう、ゼンさん達お腹すかせてるんだから、もう行くわよ」
そう言いつつもマイの支度が終わるのを待っている。そんなアイたちをお母さんが微笑みながら見送っていた。
「ほんなら、ウチも暇やし。一緒に行ってこうかな」
ミィシアがそう呟くとお母さんはニコニコしながら言った。
「そうね。ミィシアちゃんも一緒に、仲良く三人で行ってくるといいわ」
うふふ、と笑いながらお母さんが言うと、マイの支度を待っていたアイが口をとがらせる。
「……別に、そんな仲良くはないわよ。目的が同じ仲間ってだけでしょ」
口ではそう言うものの、アイが二人を気に入っているのはみんな知っていることなので、お母さんは何も言わず笑っている。そのお母さんの前を準備ができたミィシアが通り抜けようとしている。
「ほんじゃ、言って来るな。……お、お母さん」
耳まで赤くしながらそう言ってアイたちの後を追いかけるミィシアに、お母さんは嬉しそうに声をかけた。
「はい、いってらっしゃい!気をつけてね」
何気ない言葉のやり取り。平和だった時代ならそこらじゅうで繰り返されていた言葉。今ではほとんど交わされる事のなくなった言葉……。
ミィシアは胸の内に確かな温かいものを感じながら脚を踏み出した。
「なによ、にやにやして。いい事でもあったの?」
アイたちに追いついて横に並ぶと、すぐにミィシアの様子に気が付いたアイがそう言ってくる。
「いいことなぁ。そやな、あったで。ウチな?パニックが起きる前から一人が多かってん。オヤジは仕事で日本中飛び回っていたし、母さんも仕事でほとんど家にはおらんかった。まぁそのおかげで裕福な生活はさせてもろてたけどな?」
急に昔のことを語りだしたミィシアに、アイもマイも口を挟まず聞いている。
「食事なんかは決まった時間にちゃんとした物が届けられていたし、掃除も専属のお手伝いさんがやってくれてた。同級生とかにはめっちゃうらやましがられてたわ」
ニカッと笑ってそう言ったミィシアの笑顔は、アイたちとじゃれ合っている時のものとは違い、どこか作り物めいていた。
だからか、ともすれば自慢話にも取られかねないミィシアの話を、マイは悲しそうに、アイは鼻を鳴らして聞いていた。
「パニックが起きてからも、だれもいないじいちゃんちで過ごしてたからな……言ってみれば初めてなんや。「いってきます」も「いってらっしゃい」て言われるのもな?」
俯いて地面の石ころを蹴りながらそう言ったミィシアの表情はもう分からない。それでもアイもマイも微笑みながらミィシアを挟むように両脇から肩を組んだ。
「そう。いいものでしょ?お母さんを泣かせたら私が長女としてお説教だからね。」
アイがそう言うと、マイもミィシアもがばっと顔を上げる。
「ええ、アイちゃん?いつからアイちゃんが長女になったの?」
「なにゆうとんねん!勝手に決めんなや。アイ、お前いくつやねん!」
二人からそう言われてもアイは素知らぬ顔で言う。
「そんなの、もうわからないわよ。あなた今日が何年の何月何日か言えるの?」
そう言われてぐっと言葉に詰まるミィシア。
「分からないならアイちゃんが年下の可能性もあるよね?見た感じなら私が一番年上だと思うんだ!」
そう言ってマイが胸を張る。確かに背も一番高いし、一番女性らしい体つきをしているといえる。しかしそう言われると二人も黙っていられない。
「そんなもの個人差でしょ。ちょっと胸が大きいからって年上ぶるんじゃないわよ!」
「そうやそうや!その理屈で言うたら、背も胸も一番小さいウチが末っ子になってまうやないか!」
年齢のことよりも激しい反論が返ってきて、マイはタジタジになっている。
「ここで言い合っていても、多分結論はでないわ。……第三者の意見が必要よ」
そう言ったアイに、マイもミィシアも顔を突き合わせて張り合うようにしながらバイク屋への道を歩いていった。




