3-5 やっぱりバイク
「いいか?」
庄司の声だけが聞こえる。それにミィシアは「いいで!」と答える。
次の瞬間、タタタッ タタタッと銃声が響いた。銃声に惹かれて感染者がぞろぞろと音がした方に移動していく。それを見ていたミィシアが素早く茂みの中から飛び出した。
全力で走って、目指すはバイク屋の閉ざされた事務所。ミィシアの走る音を聞いて何体かはミィシアの方を向いたが、それらが近づくより早くミィシアが入り口にたどり着いていた。
「開かんか!」
ガタガタとドアを引いたり押したりするが施錠してあるのか、ドアは開かなかった。そのうちに一番後方にいた感染者がミィシアのすぐそばまで来ていた。
「近寄らんといてくれるか?」
そう言いながら素早く腰から銃を抜くと、感染者の首を狙って撃った。
パスパスパス
続けざまに銃弾を食らい、後ずさりしていた感染者が急に電池が切れたように倒れた。どうやら弱点に当たったらしい。
「ほええ、ほんまに発射音が小さくなっとるなあ」
ミィシアが自分の銃を見ながらひとしきり感心してから、再び事務所のドアに向かい今度はラッチ付近に向かって撃った。
パスパス
ちょっと音の大きなガスガンみたいな音とはうらはらに、木製のドアにはえげつない大きさの穴が開いて、少しだけ動いた。
「庄司さん、うまくいったで!」
そう言うとミィシアは素早く中に滑り込んで目についた応接用のソファを入り口のドアが開かないように移動させた。そして室内を確認する。
「中には……おらんみたいやな。ふう……」
これまで館の設備を利用して感染者や略奪に来たもの達を追い払ってきたミィシアだったが、面と向かって戦闘をするのは初めてだった。映像とはいえ、感染者を観察することはできたので、実物を前にして焦るということはなかったが、いざ実際に銃を使って人の形をしているものを撃つというのは、思っている以上に重いものがあるのだ。
今頃になってプルプルと震えだす自分の手を反対の手で包むようにしながら、ミィシアは大きく深呼吸をした。
「これからなんぼでもある事や。慣れんと……死ぬでミィ」
自分の愛称で呼びながら言い聞かせる。何度か深呼吸を繰り返し、やっと手の震えが収まった頃、入り口が特徴的なリズムでノックされる。
ミィシアは重い腰を上げて入り口に向かい、ふさいでいたソファをずらすとそこから庄司が入ってきた。
「うまくいったな。大丈夫だったか?」
庄司がそう聞くとミィシアはなんとか笑みを浮かべて頷いた。
「まあ、初めてにしてはよく動けていた。俺たちの仲間でも人型のものを撃つことに躊躇してやられる奴もいたからな。」
「訓練してた自衛隊でもそうなん?」
ミィシアが立ち上がりながら聞くと、庄司は薄く笑いながら答えた。
「訓練していたと言っても実際に銃を撃つ機会などそうないし、まして人を撃つ訓練なんてしないんだよ。日本ではな……むしろ人を撃たないように訓練するんだ」
どこか皮肉気に言う庄司に、ミィシアは不思議そうな顔をしたが深くは聞かなかった。銃社会ではない日本において、発砲する事のハードルは高い。たとえ誰かの命を守るためであっても撃てば面倒な後処理が待っている。
そして有事の際にも撃てなくなるのだ。明らかにもう人ではない感染者を前にして、引き金を引けずに死んでいった同僚たちは意外と多い。庄司は頭を振って凄惨な記憶から目を背けた。
「外の奴らは廃材の囲いに閉じ込めてきた。これでゼンさんを連れて来ても大丈夫だと思うが……少し調べておくか。まだ行けるか?」
最後はミィシアに向けて言ったが、ミィシアはニヤリと笑って頷いた。庄司が目を細めてミィシアを見る。少し手が震えているし、顔色も悪いが意思はしっかりしているし、戦意も無くなっていないように見える。庄司も大丈夫だろうと判断して、共に事務所の奥へと足を進めた。
こうした修理工場は事務所と工場が隣り合わせになっていることが多い。この場所も例にもれず事務所の奥から工場の方へ出ることができた。
「ほう……」
外にいろんな格好の感染者がいたことから、この場所は略奪されたものと思っていた庄司が工場に入って、感嘆の声を上げた。中は手付かずの状態を保っていたからだ。
どうやらこの修理工場はバイクだけでなく自動車の修理も請け負っていたようで、ジャッキで持ち上げられた状態の自動車がある。工具や部品などもそこら中にあるので、自分とゼンさんならばマイキーの改造もうまくいくだろう。満足した様子で辺りを見ていた庄司の袖をミィシアが引っ張る。
「なあ……庄司さん。あれ」
そう言ってミィシアが指した先には、オフロードタイプのバイクが、丁寧にエンジンを降ろした状態で置いてあった。
それを見て、ミィシアと無言で顔を見合わせたあと、深いため息が二つ工場に響くのだった。
◆◆◆◆
一方アイたちは災害備蓄の物資の前で悩んでいた。
「これ、どうやって運んだんだろうね」
マイのつぶやきがこぼれ落ちる。水もパックのごはんも梱包された状態のまま運び込まれている。どちらもビニールでぐるぐると巻いてあり、成人男性がニ、三人いても持ち上げられそうにない。
「ばらして少しずつ運ぶしかないわね。こんな時にバイクがあったら少しは楽なんだけどね」
アイがそう言うのを聞いたマイが苦笑いを浮かべる。
「バイクでも運べないよ、アイちゃん……」
そんなマイの言葉はアイには届かなかったようだ。アイは水とごはんの数を数えていて……ゆっくりとマイを見た。
「奥にもまだあるわよ……」
「ええっ?」
そう言って場所を譲るアイに変わってマイも水とごはんの隙間から覗くと、確かにその奥にも段ボールが積み重ねられているのが見える。
「あいつどれだけ独り占めするつもりだったのよ」
「あはは……」
マイが動きを止めて、本当の意味で今は亡きこの部屋の住人に悪態をつくアイと、もう笑うしかないマイ。物資の捜索は二件目の部屋でいい意味で暗礁に乗り上げていた。
「……みんなで出直すしかないわね。マイキーでここに乗り付けて、一斉に運び出すしかないわ」
そう言うとアイは部屋をきょろきょろと見だす。
「どうしたのアイちゃん」
「鍵よ。この部屋の鍵。この状態の部屋を誰かに見られたら、奪い合いがおきるわ。下手したら血の雨が降るわよ?私が見つけたんだから譲るつもりはないし」
そう言いながら鍵を探すアイを見て、マイは思った。
--血の雨が降るんじゃなくて、アイが降らせるのでは、と。
さすがにそれは許容できないと、マイも一緒になって探してようやく見つけたのは、マイが撃った住人のポケットの中だった。
「これで良し、と。誰にも見られてないでしょうね?」
そう言って周りをきょろきょろと見るアイに、誰も見てないよと笑うマイ。
しかし、二人の姿がアパートから離れて行くのを、陰から見つめる目があった。




