3−2 古久保 南
南は、もう見えなくなった男の方など気にもせずに銃砲店に意識を移した。
前々から目をつけていたが、セキュリティが固くてなかなか入れずにいた銃砲店に、ある日気づけばマイクロバスが横付けして停めてあった。
しかも、店舗の扉が開いているようにも見えるのだ。
「あのバスに店主が乗ってきたのかなぁ?」
たった今、一応仲間だった男が感染者にやられたばかりだと言うのに、南は鼻歌を歌いながら双眼鏡を覗いている。
さっきの男は南が言葉と物資を使って動かし、感染者を誘導させてマイクロバスを襲わせたのだ。
誘導する感染者の数を制御できなかったのか、男は感染者に追われることになり、命を落とした。そんなことはどうでもよかったが、肝心のマイクロバスのほうはたいした被害を受けていない。
「どうせ死ぬなら、マイクロバスか銃砲店の入り口を壊してから死ねばいいのに……」
男が死んだことなど、南にとってはその程度のことだったらしく、どうにかして銃砲店に入りたいとだけ考えていた。
「あ……」
その声に振り返ると、南は面倒そうな顔になる。そこには先ほど感染者に追い詰められて死んだ男の彼女が立っていた。その目は男が感染者に飲み込まれたところを見ている。
「ああ……どうして」
放心したように男が死んだ場所を見つめていたが、やがて両手で顔を覆って膝をついた。そして震える声でそう呟いた彼女の姿を見て……南は思わず吹き出してしまった。
「ふふっ……どうしてって」
「っ!」
目の前でパートナーを亡くし、嘆いている女性を見ながら、吹き出して笑いだす南に、その女性は顔色を変える。
それでも南は平気な顔をして言った。
「どうしてって、そりゃ戦う力も考える頭もないのに感染者に捕まったからだよ。彼が生き残るには絶対感染者に捕まっちゃだめだった。簡単な答えだよ」
当然のようにそう言い切った南にその女性は涙を流しながら顔を真っ赤にして睨みつける。
「あああぁぁ!」
やがて、その女性が我を忘れたように叫びながら腰に下げていた大きめのナイフを持つ。
「お前があぁ!お前がああぁ!」
涙とよだれを垂らしながら女性は、両手で持ったナイフを南に突き刺そうとしている。
「八つ当たりは困るなぁ。これだから嫌なんだ。都合が悪かったり自分の思い通りにいかないと、すぐに人のせいにして、暴力に訴える」
ブン
南の顔のすぐそばを女性のナイフが通り過ぎる。南がナイフを避けるたびに、女性はムキになって叫びながらナイフに力を込める。
「お前がいるから……マサキは、死んだ……んだ」
それでも南は冷静に動いてナイフをかすらせもしない。
やがて息を切らして、女性の動きが鈍くなってくる。
それでも眼光だけは爛々と南に向けられている。
--はぁ、男が死んで悔しいなら殺した感染者に向かっていけばいいのに、そうはしないんだもんな。
……なんか飽きたな。
心の中でそんなことを考えていた南は、女が振り回したナイフを避けながら足を残した。
案の定、追い縋ってきた女が南の残した足につまづいて前に転びそうになる。
「ううっ!」
なんとか転ばずに踏みとどまったものの、つんのめったその格好は南に首を差し出しているような格好になっていた。
「もういいや。君もいらない、ばいばい」
全く感情の乗らない声でそう言うと、少しも躊躇することなく女性の首を掻き切った。
「あ……。み、なみ……」
そう言ったきり、その女性は何か言うことはなかった。すぐに膝をついて顔から倒れ込んてしまったからだ。それまで激しく動いていたからか、ドクドクと鼓動を打つように切り裂かれた首から血が溢れてくる。
庄司が到着したのはちょうどその時だった。
◆◆ ◆◆
庄司はすぐにライフルを構えた。南というらしい男は、何のためらいもなく女の首を斬って殺した。普通そこには何らかの感情が乗っている。怒りだったり憎しみだったり。この世界では親しい者が感染してしまい、発症しないように先に感染者の弱点である首を斬る場面も見たことがある。その場合は深い悲しみの感情が込められている。
中には元々狂っていたのか、人を殺すことに快楽を覚えるようになった狂人が満面の笑顔で殺人を犯す場面も見たことがある。しかし、人の命を絶つその瞬間に、何の感情も見せずまるで作業のようにナイフを振るう人間を、庄司は見たことがない。
「両手を上げて跪け!おかしな動きをしたら即座に撃つ」
目の前の男は危険だ。直感でそう感じた庄司は、ライフルのセーフティを解除した。こんな人間をアイたちの目に触れさせるわけにはいかない。
咄嗟にそう考えるくらいには、庄司もアイ達のことが気に入っているようだ。
「ちょっと待って待って、撃たないで!なんだよいきなり来て……僕に何の恨みがあるんだよ?」
ライフルを向けられ、今にも撃たれそうな雰囲気に、南は焦ったように言った。その様子が普通すぎて庄司は背筋がぞっとした。たった今人を殺してしまった人間とは思えない口ぶりだった。
「あ、もしかしてさっきの女の知り合いだったりする?それだと困るかなぁ?」
さらに軽い口調でそう言った南が一瞬の隙を突いて立ち上がった。それを見た庄司がすぐに引き金を引いたが、南は落下防止のフェンスを越えて身を投げ出した。
「なっ!」
ここは建物の三階だ。まさか殺されるくらいなら、自分で死ぬつもりか。慌ててフェンスの所まで来た庄司は目を疑った。落下した時にどうにかしたのか足をひきずってはいるが、それ以外は大きなけがもなく、南はしっかりと立って庄司の方を見上げていた。
南は庄司を見上げると笑いながら言った。
「あはは!賭けには僕が勝ったね。そこから飛び降りて僕は生きてる。死んでてもおかしくないけどね!じゃあね。もう会いたくないけど」
そう言い残して南は誰かが漕いでいる自転車の後ろに座り、庄司に手を振りながら去っていく。それを見送って、庄司は舌打ちを一つした。あの男は自分の命すら平気で賭けて……そして勝って見せた。密集した建物に遮られてすぐに見えなくなった男の方に、庄司は一発だけライフルを撃った。
◆◆◆◆
「そんな奴がいたのかい?随分物騒だねえ。アイちゃん達は大丈夫だろうね?」
あの後、マイキーまで戻った庄司は、まずさっきの男の事を話した。銃砲店にある銃を狙って感染者を使ってマイキーを襲わせていたこともあり、ゼンさんは思いっきり渋い顔をした。
「アイたちがいる館は防備が整っている。これまでもたった一人で生きてこれたくらいだからな。しばらくの間は問題ないだろう」
庄司がそう言うと、ゼンさんもお母さんも少し安心したようだ。
「ただ、さっきの男とは会わせたくないな。なんて言うかあれは……歪みすぎている」
どう表現していいか少し悩んだ庄司は歪みという言葉を用いた。
「そうだね。話を聞く限りだけど……人としてだいぶいびつだね……。サイコパスっていうのかな?」
ゼンさんも庄司の言葉に頷いた。
「あの子達は温室の中で育つような子ではないけど、確かにあまり会わせたくはないわねぇ」
お母さんもそう言った。
罪悪感の薄い人間は割と多い。特に今の世の中では顕著だ。
そんな中でもさっきの南という男は人を殺すのにも全く抵抗がない様子だった。
庄司の見ている前で、まるで要らなくなった物を処分するみたいに気軽な様子で喉を掻き切った南の様子が頭に浮かぶ。
--もういいや、君もいらない。ばいばい--
その時の様子が庄司の頭の中に強烈に染み込んでいた。




