3-1 悪意
「……なんか意外やな」
少し驚いた顔でアイを見ながら、ミィシアはそう言った。
「何がよ?」
怪訝そうに聞き返すアイに、ミィシアは言う。
「すぐ信じたことや。普通に考えてウチはまだ信用でけへんはずや。そんな胡散臭いやつがそんなこと言い出しても、普通は他に仲間がいるなら、連絡取らせないようにするはずやろ」
俯きながらそう言ったミィシアに、アイは少しキョロキョロと周りを見たかと思うと、落ちていたジュースのアルミ缶を投げた。
カンという音と、「あいたっ」というミィシアの声。そして、呆れたようなアイの言葉が続けて聞こえた。
「バカじゃないの?本当に胡散臭いって思ってるなら、一緒に行こうなんて言わないわよ。それに、この部屋!」
そう言ってアイは、持っていく荷物をまとめたせいで、いよいよ足の踏み場がなくなった部屋を指して言う。
「この部屋の有り様を見てたらあんたが片付けられないタイプだってことはよくわかるわ。でも、散らかってるものはそう古いものはない。最近まで誰かが片付けてたことはわかる。あんたが片付けられないなら、そのメイドさんが片付けてたのはすぐわかるじゃない。それに……」
「それに……なんやねん」
アイが胡散臭いという言葉を否定したことに、少し嬉しく思いながらもぶっきらぼうな口調でミィシアは先を促した。
「ここに潜入した時から疑問に思ってたの。仮にわたし達が略奪者だとしたら、物資どころか命の危険もある。それなのにあなたは、命を奪おうとはせずに追い返そうとした。最初にあなたがマイキーに忍び込もうとした時もそう。マイに見つかって悲鳴を上げられたあなたは、逃げることを選んだ。マイを傷つけたり、人質にしたりしないで、ね。少なくともわたしはあなたが無闇に人を傷つけたりしない人間だと信用してるわよ」
そう言ってアイはもう結び終えてるはずの荷物のロープを確かめている。
その耳が赤いことをマイが指差しながら、口を押さえて笑っていた。
そうしていると階下から物音が聞こえだす。モニターを見ていたマイがびっくりしたような声を出した。
「あれ?庄司さん戻ってきたけど、ゼンさんやお母さんも一緒にいるよ?」
「えっ?」
そう言うマイの言葉に、アイもミィシアもモニターが見えるところまで来ると、それを見た。
武器を構えて警戒しながら二人を案内する庄司がカメラに映し出されていた。
「どうしたの?」
やってきた庄司達を迎え入れながらアイが言うと、庄司は立ち話もなんだから、と三人にもソファに座るように言った。
かつてのリビングだったこの部屋には大きなソファが置いてあり、そこにゼンさんとお母さんが座り、庄司はその後ろに立った。
アイ達は三人並んで向かい側に腰を下ろしている。
「突然押しかけてすまないね。僕は谷原 善三といいます。みんなはゼンさんって呼んでくれてる」
そう自己紹介したゼンさんの隣に座ったお母さんも続けて口を開いた。
「私は長篠 みゆきと言います。アイちゃん達はお母さんって呼んでくれてるわ。好きに呼んでくれていいわよ?」
そう言ってお母さんはニコニコと笑った。
「え、えーと……。ミィシア・シュネイベルクといいます。その、突然一緒に……」
少し緊張した様子で、多分急に同行することになったことを詫びようとしたミィシアの言葉をゼンさんが遮った。
「や、突然お邪魔したのはこちらだからそう固くならないで。ミィシアちゃんだね?庄司さんから話は聞いてるけど、まぁアイちゃん達がいいなら僕たちは構わないから。ねえ?みゆきさん」
ゼンさんにそう言われ、じっとミィシアを見つめていたお母さんはニコニコと笑いだす。
「ええ!また一人で娘が増えるのね?わたしは幸せ者ねぇ」
すっかり自分を受け入れる気まんまんの様子に、ミィシアは戸惑っている。そして、わざわざここに訪れたことを疑問に思っている様子だ。
それを見て庄司がことの次第を話し出した。
◆◆ ◆◆
気配を消したまま、何体かの感染者をやり過ごし、庄司はマイキーを停めていた場所を見下ろせる建物の二階に潜んでいた。
そして、ミィシアの館で見つけたライフルを構えた。
その感覚に、フッと庄司は表情を緩める。
襲ってきた連中の持ち物を無造作に倉庫に放り込んでいたミィシアは、なんの未練も見せずに必要な物を持って行っていいと言った。このライフルはそこで見つけた物だ。
手に馴染んだ感覚と、視界に入るセレクターレバーのア、タ、レ、の文字。
折曲銃床型89式自動小銃。自衛隊に制式採用されている主力ライフルだ。しかも、第一空挺部隊で採用されているストックが折りたたみ式になっているタイプの物で、5.56mm弾を使用する。
「ミィシアの話では自衛隊員らしき人は来たことがないと言っていたが……」
一緒に同じく空挺部隊に配備される9mm自動拳銃もあったから庄司と同じく降下した部隊の誰かのものなんだろう。
庄司は表情を締め直して、ライフルにつけたスコープを覗いた。
マイキーの屋根が見える。その屋根はグラグラと誰かが押しているように揺れている。視線を少しずらすと、マイキーの側面に複数の感染者が集まって、押しているのが見える。
「……出入りを感染者に見られた?いや、出入り口は銃砲店の内部に向けて停めてあるから、外から見えるはずがない。狙われたか」
そう呟くと、庄司はインカムのスイッチを入れた。
「ゼンさん。もう近くまで来ている。感染者に見つかったのか?」
インカム越しにそう聞くと、雑音混じりに返事が聞こえる。
「とんでもない。君たちが出てから一歩も外に出てないよ」
ゼンさんがそう返してくる。嘘はつく必要がないのでそうなのだろう。
……とすれば。
庄司は自分と同じようにマイキーがよく見えて、かつ姿を隠しておける。そんな場所を想定して、付近を見渡す。そしてそれを見つけた。
◆◆ ◆◆
男が一人、庄司とは違う建物の屋上に伏せて銃砲店の前に横付けして停めてあるマイキーを双眼鏡で見ていた。
「あーあ、もっとうまく感染者を誘導しないと……自分が狙われてどうすんのさ。使えないなぁ」
双眼鏡で様子を見ながら聞き取りにくい声で男は言う。ボサボサの頭で灰色のスウェットの上下を着ている。そして、その上から防弾チョッキのような物を身につけている。
男のすぐ横に置いてあるのはロングタイプのクロスボウで倍率の高いスコープを装着した高級モデルだ。
そのクロスボウの近くに置いてある無線機から息を切らした声が聞こえてきた。
「たっ、助けてくれ!路地に追い込まれた。すぐ近くまで来てる。話が違うぞ南!気を逸らしてくれるって話だっただろうっ!」
聞こえてくる必死そうな声に、南と呼ばれる男が鼻を鳴らす。
「いやぁ、気を逸らそうにも、君がいつまでもお店の中に入ろうとするからさぁ。僕はちゃんとやったよ?」
「う……うるせぇ!銃さえあればこんな奴らなんか倒せたんだ……。お前がもっと引きつけてれば……うおっ!」
男が無線機に怒鳴るように言いながら路地を抜けようとした時、死角にいた感染者が腕を伸ばしてほんの少し男の腕に触れた。掴んでもいないし、その感染者を置き去りにして男は路地の奥の方に走って行く。
走りながら、男は感染者が触れた部分をそっと見る。そこには……薄く赤い線ができていた。猫か何かに引っかかれたくらいの傷だ。それでも男の顔からさーっと色が抜けて行く。
「……あーあ、傷……つけられちゃたね」
南の声が無線機から聞こえる。男は震える唇を必死に動かして言葉をつむいだ。
「ま、待て!こんなのかすり傷だ!ツバでもつけてればすぐに治る。おっ、おい、南!」
焦ったように南の名を呼ぶ男。
「うんうん、かすり傷だね。クリティカルヒットだけどね。あーあ、残念だ」
さほど残念とも思ってなさそうな口調で南はそう言ったが、無線機からは荒い息遣いが聞こえるばかりだ。
南が建物の上から男の方に視線を向けると、感染者に追われて路地の奥に男の姿が見えた。感染者たちは確実に仲間にしようと思っているのか、男を追い詰めていた。
「くっ、くそ!」
路地に追い詰められた男は、急いで上着の内側から拳銃を出すと、迫ってくる感染者に向かって引き金を引いた。
タン タン
建物に反響しながら、南の耳にも銃声が届いた。
「おっ、頑張るねぇ……無駄なのに」
屋上でその様子を見ている南が、平坦な声でつぶやいた。スイッチが入れっぱなしになっているのか、無線機から銃声が聞こえ、その後すぐに直接南の耳に聞こえるので、銃声が二重に重なって聞こえる。
「ってか、銃は持ってないとか言ってたくせに……。やっぱり隠し持ってやがった。嘘つきは死刑だな」
元々助けるつもりなど毛頭ないくせに、そう言った南はなんの感慨も見せずに無線機の電源を落とした。すぐに重なって聞こえていた音が、空気を伝わってくるものだけになる。
タン
拳銃だけでは、感染者の勢いを止めることもできず、男は感染者の群れに飲み込まれていった。
すでに無線機のスイッチを切っているので、もう悲鳴も聞こえなかった……。




