2-8 乱闘
「間違い無いわね。多分この部屋は一度来た。わたし達おんなじルートをグルグルと回らせられてるわね」
扉を調べるフリをしながらアイがそう言った。これまで通った部屋すべてに監視カメラが仕掛けられてあったが、音声を拾っているかどうかまでは分からない。注意は必要だった。
「そうだな、俺もそう思う。広い屋敷と同じような廊下と部屋、それから電子ロックで誘導している。見事なものだ」
「感心してる場合じゃないですよぅ……。それって下手したら感染者がいっぱいいる部屋に誘導されるかもしれないってことですよねぇ?」
泣きそうな顔でマイがそう言った。道理でさっきドアを開けさせたら、飼い主に捨てられた犬みたいな顔をしたわけだ。 庄司も同じことを考えたのか、少しだけ笑って言った。
「楽観視は危険だが、恐らくそれはないだろう。そうするつもりならもっと確実に仕留める仕掛けを使っているはずだ。いちいち鍵を操作して先に進むのを諦めさせるなんて悠長なことはしないだろう」
庄司がそう言うと、アイもそれに頷く。
「わたしもそう思う。ただ自分の住んでるエリアに寄せ付けないだけなら、感染者がいるエリアに直通させればいいんだもの。その方が簡単だし……とはいえ、このまま黙って誘導されるまま動くわけにもね?」
アイがそう言うと、わざとらしい仕草で言い始めた。
「あーあ、疲れちゃった。ねぇ、ここ何もないみたいだからもう帰りましょうよ!マイが見たってのも、どうせ怖がりの気のせいでしょ」
「そんな!アイちゃん……」
ガーン。と、文字が見えて来そうな顔をしているマイの背中をポンと叩いた庄司が目配せをする。そして、アイに向かって言った。
「何言ってるんだ!このまま手ぶらで帰れるわけがないだろう。武器も弾薬も食料すら底をついてるんだ。何か探して持って帰る必要があるんだ」
庄司はアイの意図を正しく理解しているようで、アイに向かって芝居がかった口調で言い返した。
「あっ、えーと……」
マイはうまい言葉が浮かんでこないのと、自分が何か演じても下手すぎてバレそうな気がして、何も言わない選択を取った。ついていけず動揺した様子でアイと庄司を交互に見ている姿は、見ようによっては、言い合いを始めた二人を止められずにオロオロしているようにも見えるだろう。
マイに向かって小さく頷いたアイは、わざとらしく面倒そうな仕草で言う。
「そんなこと言っても何もないじゃない。付き合ってられないわ!」
チラッと隠しカメラと庄司に視線を飛ばして、アイは元来た方に戻ろうとしている。
「おい、待て!勝手に動くな!」
語気を強めてそう言った庄司が、アイの腕を掴んで引き戻す。アイはそれを振り払おうと、激しく動き出した。
「ちょっと!痛い、引っ張らないでよ!」
そう言いながら、アイは自分で壁の方に動いた。よろめいたフリをして…… たまたま手に持っていた鉄パイプが、壁に強く当たるように……。
「……他にカメラは?」
「確認した。おそらく無い」
ヒソヒソとアイと庄司がそう言い合った後、庄司が大きい声で言う。
「おい、アイ!しまった、頭をぶつけたか?動かないぞ。仕方ない、置いていこう。マイ、アイの持ち物を全部奪っておけ。さっさとしろ!」
マイに向かって、口の前に人差し指を立てた庄司がそう言う。 アイは背負っていたリュックを下ろして、さらに上着を脱ぐと手早くリュックに着せるように被せた。 そして庄司の手を借りて、天井の梁の上に飛びついて登った。
庄司はドアから死角になるように、アイの上着をまとったリュックを移動してその前に座る。マイも庄司の隣に膝をついて、倒れた人間のポケットを探るようなふりをしながら、さりげなく扉からの視線を遮る位置に。
しばらくそうしていると、それはやって来た。何か仕掛けがあるのか、アイたちが開ける時とは違い、音もなく開いた扉からマイが見たら卒倒しそうな見た目の人物が姿を現した。
黒が灰色になったような、古めかしいマントのようなものを頭からスッポリとまとって、右手に拳銃、左手には布にくるんだ細長い板を持って、そおっと庄司達の背後に忍び寄る。
そして庄司達の背後一メートルちょっとくらいの所で止まると、持っていた拳銃を構えようとしていた。そして天井にある梁の上からそれを見ていたアイが、そこから飛び降りた。
「ご機嫌よう吸血鬼さん。手を上げてもらえるかしら?わたしの鉄パイプは神の祝福を受けてるから、痛いかもしれないわよ」
全体的に洋風な館は、床もじゅうたんが敷いてあり、身の軽いアイの飛び降りた音をきれいに隠してくれる。音もなく吸血鬼の背後に降り立ったアイが、その肩に後ろから鉄パイプを押しつけながらそう言った。
ピタリと動きを止め、両手を真横に広げる吸血鬼。その隙に素早くマイを抱えた庄司が距離をとりながら振り返る。 振り返った時には、庄司も拳銃を抜いて吸血鬼にぴたりと照準を合わせていた。
ただ、その庄司の表情に僅かに驚きが浮かんだことに、アイは気が取られてしまった。
ガチャ
吸血鬼が伸ばした手から拳銃が落ちる。と、同時に身を沈ませながら、マントを翻して吸血鬼は勢いよく振り返った。
「くっ!」
ギイン!
咄嗟に振るったアイの鉄パイプに、硬いものがぶつかる音が部屋に響き、アイは姿勢を崩す。
タン タン
吸血鬼が動いたのを見て、庄司が発砲する。狙いを外さず吸血鬼の肩付近に当たったはずの弾丸はマントを貫通して壁に穴を穿った。
「何っ?」
次の瞬間、庄司の手から拳銃が弾き飛ばされる。
体勢を崩して、地面に膝をつくアイの位置からは見えていたが、吸血鬼が振り回しているのは、洋風の剣だ。頭からすっぽりとかぶったマントのせいで、身体を回転させるたびに翻って庄司の位置からはよく見えなかったはずだ。
さらに吸血鬼は振り回す剣の勢いを利用して、回転しながら深く身を沈ませていた。 庄司の撃った弾がマントだけを貫通したのはそのせいだ。
素早く自分が落とした拳銃を拾った吸血鬼はそれをアイに向けた。 その反対側の手には、大きな剣が握られていて、庄司の動きを牽制するように突き出している。
「とりあえず動かんといてな?どっちも当たると痛いで」
きれいな赤い瞳の吸血鬼はそう言ってニィッと笑う。その唇の隙間からは鋭い犬歯が覗いていた。
「きゅう……」
吸血鬼と言おうとしたのか、それを見たマイがぱたんと座り込んでしまう。アイが目を向けると腰を抜かしたのか、ミロクも床に落としている。
--後でお説教ね。
心の中でそう呟いたアイが、鉄パイプを握る手に力を込める。 そして、矢が放たれたように吸血鬼に向かって動いた。
「警告したでっ!」
ダン!
庄司のものとは少し違う大きな音がしたかと思うと、アイの肩に鮮血が散った。
警告を無視して動いたアイに、驚愕の表情を浮かべながらも容赦なく撃った吸血鬼だったが、アイは撃たれて姿勢を崩しながらも足は止めなかった。 そのままの勢いで体ごと吸血鬼にぶつかっていった。
「このっ!」
二人でもつれるように倒れ込む。
吸血鬼も剣を引き戻そうとしたようだが、それには少し大きすぎた。アイが吸血鬼の手の甲を思い切り蹴って、ガランと大きな音を立てて剣が地面に落ちる。
「ちょ!ちょいタンマ!わかったわかった、降参や!」
床に倒れたアイと吸血鬼はしばらくもつれるように動いていたが、アイの動きの方が優っていたのか、吸血鬼の肩を膝で押さえ動きを封じた。その時点で吸血鬼は降参を口にしていたが、アイはその喉に鉄パイプを押し付けた。
アイがその気になって体重をかければ首の骨を砕くだろう。 撃たれたアイの左肩からも少なくない量の出血があるが、なんとか取り押さえることができていた。
そして用心深く窺うと、吸血鬼はアイやマイとそう変わらない年頃の女の子だ。 明るく短めの金髪に、きれいな紅い目。外国人らしい整った容姿は、まるで西洋人形のようだ。
「く、苦しいて……死ぬ、死んでまう」
苦しそうな声を出しながら、 元々悪かった顔色がどんどんひどくなっていくのを見て、アイは鉄パイプを少しだけ緩めた。 その隙に、庄司が自分の拳銃を拾い、吸血鬼の持っていた拳銃と剣を遠ざける。 もう吸血鬼から抵抗する様子はなくなっていた。
「もう……めちゃくちゃや。えらい奴に手を出してもうた」
吸血鬼は顔を歪めてそう呟く吸血鬼をアイは思わず見つめていた。
自分と変わらないくらいの少女だったのも驚きだが、まるで西洋の人形のような端正な顔から関西弁が出力される違和感がすごい。 吸血鬼が抵抗を止めたのと、庄司が吸血鬼の武器を遠ざけて拳銃を突きつけるのを見て、アイはようやく力を抜いた。




