2-6 吸血鬼
シャワーを浴びて着替えてリビングにアイがやってきた時は、すっかりいつも通りのアイになっていた。ゼンさんと庄司は何も言わず心の中で間の悪い時に絡んできた名も知らぬガラの悪い男たちに合掌しておく。願わくば今日より以降心を入れ替えて、女性には優しく接するようになって欲しい。
「すっかり脱線しちゃったわね。おじさんの方はどうだったの?
アイが残っていたお母さんのクッキーをパクっと口に放り込みながら何事も無かったように言った。ゼンさんも庄司も何も聞いていないことにしている。マイはゼンさんからライフルの手入れの仕方を学んで念入りにやっている。
「そうだな。と言っても俺の方はすぐに戻ってきたんだ。ここから見えるほとんどの高級住宅はどこかの金持ちの別荘だな。日常的に使われている様子はなかったし、物資などもなかった」
そう言いながら庄司はメモに簡単に位置図を書いて説明した。その分かりやすさに、エリートになるにはこういう事もできないといけないのか、とアイは感心していた。
「俺が気になったのは、一番奥の洋館だな。一階は扉も開けっぱなしで感染者の姿があった。しかし二階に上がる大きい階段には感染者が上りにくいように仕掛けがあったし、巧妙に隠されているが、わずかな人の出入りも確認できた」
「生存者がいるってこと?」
少し緊張を帯びた声でアイが言うと庄司は頷いた。
「わざと物音を立ててみたり、洋館に入る素振りをしてみたが反応はなかった。恐らく一階に感染者を入れていることからも、無人であると主張したいようだな。そしてそこからは戦力は高くないと想定できる。多分三人で行けば簡単に制圧できるはずだ」
どうする?と、言いたげに庄司はアイを見た。それにアイはため息で答えた。
「何者かわからないけど、ここには誰もいませんよー、ほっといてくださいよーって言ってるんでしょ?それならこっちから押しかけて接触する必要はないと思うわ。可哀そうじゃない」
そう答えたアイに、庄司は一瞬だけ満足そうな笑みを浮かべた。しかしすぐに表情を改めて言う。
「その意見には同意だが、我々にはしばらく物資を集める拠点が必要だ」
そう言った庄司の言葉をゼンさんが引き継ぐ。
「それなんだよねぇ。大幅なルートの変更を余儀なくされたし、マイキーの充電もこのところ日照不足で枯渇気味だ。変なところで止まると困るしね。そう考えると、あの洋館は一時的な拠点として最適なんだよ。一階にいる感染者達を排除してしまえば中にある物でバリケードも簡単に作れそうだし、二階や恐らく三階か屋根裏までありそうだからね。守るだけなら僕やみゆきさんでもできるくらいだよ」
そこまで言われるとアイも反論がしづらい。もともと洋館に隠れている生存者のことも関係ないと思っている。何もされていないのにこっちから喧嘩を吹っ掛けるようなことをしたくないだけだ。
「でもなんか怖い噂あるって聞きましたよぉ?」
いつの間にかライフルの手入れを終えて話を聞いていたマイがそう口を挟んできた。
「何よ噂って、どこで聞いたのよ」
アイがそう言うと、マイは少し言いづらそうに話した。
「アイちゃんが大事なところつぶした男の人たちが殺さないでって言うから……私はそんなことしないって言うのにきいてくれないから、じゃあこの辺りで知ってる事を話してって……」
言いにくそうに言うマイとは対照に、アイは心底どうでもよさそうにしている。よっぽど怖かったんだな、と庄司とゼンさんはもう一度男たちのために祈っておいた。
それはともかくとしてその噂は庄司もしっかり拾って来ていた。
「眉唾ものだったからな。言わなかったが、近隣の生存者に接触できた時に聞いた。何でもあの洋館には吸血鬼が住んでいるらしい。夜ごと街をうろついては血も吸っていると。そいつらは感染者も元をただせばその吸血鬼が原因だと大層恐れていたな」
「吸血鬼ねえ」
ゼンさんも半信半疑の顔だ。
「やめときましょうよぉ、吸血鬼なんているはずないですって」
そう言って青い顔をするマイにアイは鼻で笑いながら言った。
「分かんないじゃない。だってゾンビがいるんだから吸血鬼がいたってわたしは驚かないわよ?」
平気な顔をしてそう言うアイを、マイは恨めしそうに見ている。
「まあ、吸血鬼はともかく、我々には拠点が必要なんだ。明日はもう少し範囲を広げていい場所が無いか探してみよう。どうしてもない時は洋館に間借りさせてもらう。アイちゃんは不満かもしれないが、我々も命が掛かってるからな」
庄司がそう言うと、アイは不満なんてないわよ。と言い残して席を立つ。すっかり夜も更けてしまったので部屋に戻るようだ。いつまでも起きていて電力を消費させるのももったいないほど充電が低下していることもある。場所によっては電力がないところも多いので、どうしても夜は早く寝るようになってしまうのだ。
「そうだね。我々も休むとするか」
そう言ってゼンさんはマイキーの運転席の方へ、庄司はそのままソファが寝床だ。
「もう、アイちゃん待ってよぉ」
少しだけ話した吸血鬼が怖いのか、マイがアイにしがみつくようにして戻って行く。照明も暗くして夜は静かに更けていく…………はずだった。
「きゃあああぁぁ!!」
夜の静寂を引き裂くような声が響いた。しかも聞こえたのは確実にマイキーの中だ。アイが飛び起きると隣で寝ているはずのマイがいない。慌てて梯子を滑り降りると、庄司がハンドガンを構えてリビングの方から出てきた所だった。
「聞いたか?」
手短に聞いてくる庄司にアイは頷く。
「マイキーの中からだったと思う。そしてマイがいないの」
アイの言葉に、さっと庄司の顔が歪む。ゼンさんとお母さんが来ないのは、こういう時に満足に動けないものがいると足を引っ張るからだ。何か不穏なことが起きたら部屋に施錠して閉じこもることを基本にしている。庄司が同行するようになってからは、アイも閉じこもるように言われているのだが、毎回こうして出てくるので、諦められている。
アイはそっとお母さんの部屋の扉をノックする。みんなで決めた非常時の叩き方で。
「お母さん大丈夫?」
そう聞いたアイに部屋の中から、「ううん、今にも死んじゃいそう」と返事がある。
「死んじゃ駄目よお母さん」
その言葉にそう返してアイはお母さんの無事を確認した。これは符丁にになっていて、これで大丈夫と答えるようなら異常ありということになる。万が一賊に脅されているならば今にも死にそうなんて事は言えないからだ。
残るは……。アイと庄司の目線がトイレとシャワールームに向く。アイがそっと脱衣場の扉を開けると、シャワールームから明かりがもれている。
「……マイ?」
そう声をかけると、勢いよく扉が開いて、濡れたままのマイが飛び出してきた。
「アイちゃん!怖かったぁ~」
そう言って抱き着いてくるのはいいが、隣には庄司がいる。マイは何も身に着けていない。
「ちょ、ちょっとマイ、落ち着いてってば!おじさんこっち見ちゃダメ!」
アイがなだめようとするが、マイはよほど怖かったのか抱き着く力を緩めない。そもそも無理に引きはがすと庄司から丸見えになってしまうので、できないのだ。
困っていると、顔を逸らしたまま庄司が上着を脱いで渡してくる。それをアイが受け取ると頑なにこっちを見ないようにして庄司はタオルを取ってくると言って出て行った。その姿に少し笑いながらマイに上着をかぶせてなだめる。マイが落ち着くまでに五分ほどかかった。
「クシュン!」
シャワーを浴びていて濡れたままアイに抱き着いていたマイは、震えながらくしゃみをしている。今度はこっちの方に入ってこないようにしてタオルと毛布を放ってくれた庄司に礼を言ってマイに巻き付けて部屋まで連れて行く。
着替えてリビングに揃ったみんなの前で、お母さんの入れたココアを飲みながらマイは言った。
「吸血鬼がいた」と。




