2-4 ちっ
マイとアイは奥座敷の入り口で立ちすくんでいた。
座敷の真ん中にはおそらくゼンさん達の手でシーツがかけられた二人の遺体が寝せてあった。
「ほら、マイ。お礼を言うんでしょ。あたしも付き合わせておいて怖いっていうんじゃないでしょうね?」
そう言ってアイがそっと背中を押す。言葉とはうらはらにとてもやさしい手つきで。
「うん、ごめんねアイちゃん。ちょっとだけ待っててね?」
そう言うとマイはシーツがかけられた遺体のそばに膝をついた。
「えっと、見ず知らずの私に大切な物を託してくれてありがとうございます。彫刻で私の名前とかぶる文字と、自由に空を飛ぶ鳥が書いてあって、まるで私のためのライフルみたいで一瞬で気に入っちゃいました。……大切に使わせてもらいます。それと、絶対悪い人以外は撃ちません。お礼と誓いを聞いてほしくて……ゆっくりお休みされてるのにすみませんでした。おやすみなさい……」
そう言うとマイはそっと遺体の足に触れて立ち上がった。
「もういいの?」
アイがそう聞くと、マイはにっこりと笑って頷いた。
「うん!せっかくもらったものだからね。たくさん練習しないと!」
そう言って両手で拳を作って気合を入れている。そして思い出したように振り向いた。
「あ、忘れてた!あの、私まだまだへたくそなんです。練習しないといけないんで、あれに使う弾も下さいっ!」
そう言ってぺこんとお辞儀すると、マイは笑いながら言った。
「いいって。弾ももらってこ!」
そう言いながら店舗のほうに戻って行く。アイはそれを見送って息を一つつくと振り返った。
「ありがとう。あの子接近戦がダメだから、銃の練習させたいって思ってたの。もし、気が向いたらちょっとでいいから、あの子に力を貸してやって欲しい。お願いします」
アイには珍しく丁寧な言葉づかいで夫婦の遺体に向かってお辞儀をするとマイの後を追って戻ろうとした。
「え?」
思わずアイは振り返った。確実に見間違いのはずだ。なにせ、見たこともないはずの老夫婦が仲良さげに寄り添ってこっちを見て笑っていたのが見えた気がしたのだから。
アイは店舗のほうに戻りながら頭を振った。
「わたしにもマイの能天気さがうつってきたのかしら」
と、本人が聞けば盛大に頬を膨らましそうな言葉をつぶやきながら……。
店舗に戻ると早速マイがライフルのレクチャーを受けていた。
「これはMS2000という散弾銃だから、ちゃんと狙えば当たるはずだよ。細かい調整は僕がするから、まずは構えてみて……弾は入っていないから引き金を引く動作をしてごらん。動きに違和感はないかい?持ちにくいとか。ある程度は調整できるからね」
そう言ってゼンさんがレクチャーしているのを庄司が感心して見ている。
「あの人はすごいな。どこでショットガンの調整の仕方なんか覚えたんだ?少し話しただけで分かる博識さといい。何者なんだ?」
戻って来たアイに庄司が聞く。しかしアイは首を傾げるだけだった。
「さあ?わたしたち、お互いのことあまり知らないから。パニック以前のことなんか今を生きるのに関係ないでしょ?」
あっさりとそう言うアイに庄司は苦笑いを返す。
マイの方では一連の動作をしてみて、少しだけ表情が曇っていた。
「どうかしたかい?どこか使いにくい部分があったかい?今なら工具もパーツも揃ってるから、不具合があるなら今言わないと後ではどうにもできないよ?」
ゼンさんがそう言うが、マイは言いにくそうにしている。言おうか言うまいか悩んでいる様子だ。
「ちょっとマイ、言葉の通り命を預ける物になるんだから、言うだけ言ってみなさいよ。出来ないことはちゃんとできないって言ってくれるし、出来るだけ使いやすいようにしてくれるから」
マイの様子に眉をひそめたアイがそう言って背中を叩く。そう言われたゼンさんは多少顔が引きつっていたが。
「うん、信頼は嬉しいけど、出来ないことはほんとにできないからね?まあ言うだけタダだ。言ってごらん?」
するとマイはゼンさんの顔と、なぜかアイの顔を交互に見て小さな声で言った。
「その……構えた時、胸が邪魔でちょっと持ちにくいです」
「ちっ」
「ああ。アイちゃん舌打ちしたぁ!だから言いたくなかったのにぃ!」
「ああ、それは僕にはどうにもできないかなぁ」
不機嫌そうな顔をするアイに、泣きそうな顔ですがるマイ。どこか遠くを見ているゼンさん。そんなやり取りを見ている庄司の口元には笑みが浮かんでいた。
◆◆◆◆
「ふう……」
最終的な調整を終えて、MS2000用の銃弾をケースでマイキーに運び入れた後、少し休憩しようとソファに座った庄司に、在庫の入力を終えたゼンさんが飲み物をすすめた。
「ああ、ありがとう。スポーツドリンクじゃないか貴重な物だろう、いいのか?」
そう言って遠慮する庄司に「粉末のものだよ。アイちゃんが箱で取ってきている」と言って自分の分も準備すると庄司も口を付けた。
「にぎやかだろう?マイちゃんが来てくれてアイちゃんがより年齢相応に笑ってくれるようになってよかったよ」
しみじみと言うゼンさんに、庄司は何となくホッとしてスポーツドリンクを飲んだ。
「あら?今は男性陣だけで会議かしら?アイちゃん達は?」
そうしていると奥からお母さんが香ばしい香りをする皿を持って奥から出てきた。
「みゆきさん、起きていていいのかい?」
ゼンさんがその皿を受け取りながらソファに座るように促す。お母さんは微笑みながら言う事を聞いてソファに座った。
「最近は調子がいいのよ。たぶん子供が増えたからかしらね。頑張らなきゃ!って思うもの」
そう言って力こぶをつくるポーズを取っている。「頑張りすぎないでくれよ?」と心配そうに言うゼンさんに微笑むと、お母さんはテーブルの上に作ってきたクッキーを置いて、庄司を真っ直ぐに見た。
じいっと見つめられて庄司が居心地悪そうにする頃お母さんは雰囲気を変えてニコニコと笑いだす。
「ごめんなさいね?ほら、私やゼンさんはあの子達と一緒に外を動き回ることができないから……外ではどうしても庄司さん頼りになっちゃうでしょ?私たちの大切な娘たちをお願いしないといけないから、ちゃんと知っておく必要があると思ってね?」
そう言われて庄司は思わず姿勢を正した。言葉も雰囲気も柔らかいが、言っていることは娘たちを託せるのか見極めたいということだ。姿勢を正して自分を見る庄司にお母さんは柔らかく微笑んだ。
「うふふ、ごめんなさいね?心配だったのは、この前見かけた時、あなた……別に死んでもいいって思ってたでしょう?」
「っ!」
まるで心の奥底をのぞかれたみたいで庄司は思わず身を固くした。
「そう思うのはあなたの勝手だし、そう思わせるだけのことがあったのだと思うけど、それとあの子達は関係ないからね。でも大丈夫そうで安心したわ。庄司さん、あの子達の事よろしくお願いします」
そう言ってお母さんは優雅に頭を下げる。柔らかな物腰なのに庄司はまるで上官と話しているような気分だった。
「私にできるだけのことは致します」
そう返すと、お母さんはにっこりと微笑んだ。そしてその場を辞して部屋に戻って行ったが、ドアが閉じる音がしてようやく庄司は体の力を抜いた。
「ふう……あの人は何者なんだ?」
庄司がそう聞いてくる。よく見るとあごの下を汗が伝っている。
「いやあ、僕もよくは知らないんだよね」
お母さんが持ってきたクッキーをつまみながらそう答えたゼンさんに、庄司は拍子抜けの顔になった。
「よくは知らないけど……目の前で愛する旦那さんと二人の子供を感染者に襲われるのを見た人だ。次は自分も、と諦めた時に部屋に飛び込んできて感染者を倒したのがアイちゃんだよ。アイちゃんが連れてきて一緒に行動するようになったけど、しばらくは文字通り食事も喉に通らない有様だったねえ。でもそこから今の状態まで立ち直った……強い人だよ。そう思っただろ?」
そう聞くと庄司は迷いなく頷いた。
「でも快方に向かったのは、間違いなくアイちゃんがお母さんって呼び始めてからだよ。あの人は本物のお母さんなんだろうねぇ。だから娘のこととなると本気なのさ。怖いよ?怒らせると」
冗談交じりの言い方だったが、庄司にはそれが冗談には受け取れなかった。
「肝に銘じておく」
そう言うことしかできなかった。




