1-12 新しい任務
「流れでお邪魔してしまった。私は元自衛官で庄司隼人という者だ。こいつの処遇が決まり次第、一緒に出ていく」
庄司はマイキーの内部を見て、それからゼンさんとお母さんを見た後、表情を固くしてそう言った。その手にはロープが握られていて、ロープはさっき拘束した襲撃していたグループのリーダーらしき男に伸びている。
「そう、慌てて行かなくても……」
お母さんが眉を下げて言うが庄司は首を振った。
「いえ……、この男に内情を見せるのはよくありませんし、怪我人と女性ばかりのところに入ってしまっては……」
固辞する庄司に、もうソファでくつろいでいるアイが言った。
「そんな言うなら、その怪我人と女性を自分がいる時は守るから、くらい言えばいいじゃない」
そう言ったアイを庄司は咎めるような目で見た。
「君ももう少し早めに教えてくれれば……。いいか?今の世界は他人は信用してはいけない。それまで善人だったとしても、この状況を見ると欲に負ける者もいるかもしれない」
そう言うと庄司は周りを指して言う。
「安全で快適な住処に、住んでいるのは怪我人と女性数人。さらに飢えている様子はないと見れば、普通の者ならここから出て行きたくないとごねるぞ」
まるで説教するように言うと、アイはめんどくさそうな顔をしてプイと逸らした。
「おい!」
なおも言い募ろうとする庄司を、ゼンさんが宥める。
「まぁまぁ。アイちゃんが連れてきたのなら我々は信用しますよ。信用する以上は仮にその人が豹変したとしても何も言いませんよ」
ゼンさんにまでそう言われ、庄司は納得はしていないが口を閉じた。
「了解しました。そこまで言われるのであれば……ところでこの男はどうしますか?」
「うーん。襲って来た集団はこの男が中心になってるようでした。多分この男がいないと……ほら、迫ってくる感染者に恐れをなして逃げて行きますよ」
ゼンさんが窓から外の様子を見て、おかしそうにそう言った。
「……確かに。では襲撃はこの男が中心になって行われていたと考えるべきですね。差し支えなければ、私が処理してきますが」
表情を変えずに庄司がそう言うと、マイがおびえたような顔になり、アイが逸らしていた顔を戻してくる。
「殺すの?」
アイにはおびえた様子は見られないが、やはり人を殺すとなれば抵抗があるようだ。しかし、この世界は甘くない。情けをかけるべきではない人間は確かに存在する。しかし、まだ若いアイやマイに露骨にそう言ってしまえば、悪い影響を与えるだろう。
「状況による……。本人に改善する気持ちや反省している様子が見られれば、無暗に命までは取る必要はないかもしれないな」
あいまいに表現する庄司にアイは眉を寄せる。しかしアイが何か言う前に庄司は気絶している男を乱暴に担ぎ上げると、ドアに手をかけた。
「逃げて行った奴らを追って、適当な所に捨ててくる。一時間ほどかかるだろうが、もしよければその後にでもゆっくりと話したい……」
庄司がそう言うと、代わりにゼンさんが近寄って代わりにドアを開けると周りを確認して、庄司を見る。
「ええ、もちろんです。もうしばらく私たちはここにいましょう。申し訳ないけど明日にはまた移動させてもらうけど……」
そう言うゼンさんに庄司ははっきりと頷いて、マイキーから出て行った。
「何というか……生きてるだけでつらそうな人だねぇ」
庄司が姿を消した先を見つめながら、ゼンさんがこぼした。
「くそ真面目なだけじゃないの?」
アイがもう興味もなさそうに言うと、ゼンさんは黙って首を振った。――仲間か家族か、それとも命令か……。何に囚われているのかは分からないが、彼が本心から笑うにはもう少し時間が必要なようだ。
そして庄司はきっかり一時間後に戻って来た。
「改めて。私は元自衛官で、庄司隼人と言います。あなた方は見る限り少ない人数でうまく生き延びているように見えたから、情報の交換をお願いできないかと思っている」
まったくリラックスする様子のない堅苦しい態度にゼンさんは苦笑いで見ている。ここにいるのはゼンさんとアイだけで、マイはアイの部屋でお母さんに診察を受けている。さっきまではゼンさんにマイキーの内部の説明を聞いてしきりに感心して、色々と話していた。それでだいぶ馴染んだように見えたのは間違いだったようだ。
「自衛官と言いますと……隣町にある駐屯地に所属されてるんですか?」
ゼンさんがさりげなく聞いている。隣町の駐屯地とはアイたちがかつていた場所だ。そこに残っていた自衛官たちは、安全な所に引っ込んで民間人に食料を集めさせたりしていたので、いい印象がない。
しかし、庄司は首を振った。
「いや、私は習志野駐屯地の所属だ。この地へは通信が途絶した基地への助教確認とこの辺りの被害状況の確認に派遣された。まあ。降下してすぐに感染者の群れに襲われて部隊は全滅、私は身一つで命からがら逃げたんだがな」
自嘲するように庄司はそう言った。
「いや、生き延びることができただけ僥倖でしょう。習志野で、降下というと、あなたは空挺部隊の?」
ゼンさんがよく知らない部隊名を出して聞く。すると庄司はアイと初めて会った時のように苦虫をかみつぶしたような表情で頷く。
エリートじゃないですか。とゼンさんは感心するが、庄司は苦い顔のままだ。
「任務は遂行できない、装備は失ってしまい、進むことも戻ることもできなくなった役立たずだよ、私は。……それよりもあなた方は隣町にある駐屯地のことを知っているのか?」
今度はゼンさんが頷く。そしてその駐屯地は現在避難所になっていること、自分達はそこから逃げてきたこと、それから生き残りの自衛官がいるらしいことを話した。
それを聞いた庄司の顔はますます渋くなった。
「逃げてきた?生き残りがいるらしい?……はあ、国民を守るべき自衛官が民間人を盾にするなんて……」
そう言うと目頭を押さえて首を振った。
「……本来は、その駐屯地に合流して、通信手段の回復と物資補給をする予定だったが……。どちらも期待できそうにないな」
そう言うと大きなため息をついた。
「これから、どうされるんですか?」
ゼンさんが聞くと庄司は口をつぐんだ。しばらくの間黙考した庄司は重い口を開いた。
「どうもこうもないな。撤退する手段はない、武装は失い原隊と連絡を取ることもできない……」
そう言うと庄司は俯いて黙り込んだ。部屋の中を重い沈黙が支配する。ゼンさんも言葉をかけるのを躊躇しているようだ。
「できないならできる手段を考えればいいじゃない。あれもない、これも無いって言ってるけどさあ、あたしたちも何もない状況からここまで来ているんだけど?」
真剣な目で庄司を見ながら、聞きようによっては辛らつに聞こえるような言い方をするのはアイだ。諦めるということが嫌いで、どんな時にもポジティブに行動してきたアイにとって、十分に戦える手段を有していて、五体満足な庄司が項垂れている姿が嫌いなのだ。
装備がない?手足が残ってんだろ。通信ができない?日本中探せばどこかにあるだろ。言葉にはしなかったが、そのアイの考えていることははっきりと庄司にも伝わった。訓練生時代の教官に言われたような気になり、庄司は目を見張ったあと微笑んだ。
「ちょ、何笑ってんのよ。あたし変な事言った?」
微かに頬を染めながらそう言ったアイに庄司は首を振って、立ち上がると姿勢を正してきれいな敬礼を見せた。
「失礼しました!守るべき国民の皆さんの前で不甲斐ない姿を見せて申し訳ありません!習志野基地所属、庄司二尉。これより生きるため、そして皆さんを守るために同行させて頂きたい!」
それまでと違い、はっきりした口調でそう言った庄司は敬礼した姿勢のまま、アイたちの返事を待っているようだ。
「ということらしいよ。どうするアイちゃん?」
微笑みながらアイに向かって聞いてくるゼンさんに、アイは慌てて言う。
「なんであたしに聞くの?ゼンさんが決めてよ!ゼンさんがリーダーなんだから」
そう言って横を向くアイにゼンさんは軽く噴き出すように笑った。
「僕はリーダーの器じゃないと思うんだけどぇ。まあ、いいよ。じゃあ代理としてリーダーの意志を伝えることにしようかな」
そう言うとゼンさんは、いまだに敬礼をしている庄司の元に歩み寄って、ニコリと笑って右腕を出した。庄司はそれを見て、少し安堵した顔をしながらその手を握った。どうやらそれ以上の言葉は必要ないようだった。




