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BIO DEFENSE ~Mother phage~   作者: こばん
変わってしまった世界

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1-11 反撃


獰猛さを剥き出しにしたアイは、それでも冷静さを欠いているわけではない。

 ひとまず肩にある無線機のスイッチを入れた。


「ゼンさん、聞こえる?」


 念のため声量を落として、無線機に向かって話す。ガガッという雑音が聞こえ、無線機からゼンさんの声が聞こえる。


『おや、アイちゃんかい?もしかして近くまで来ているのかな?ちょっと今取り込んででねぇ』


 意外にのんきそうな声が聞こえてきて、少し拍子抜けする。


「取り込んでるって様子をじゃないんだけど?十人以上に囲まれてるじゃない!……いや、ごめん。私のせいなんだけど。とりあえず少し辛抱してて、すぐに追い払うから!」


 そう言うと無線機の電源を落とす。再び獰猛な顔をして、アイが崩れたブロック塀に足をかける。


「待て!あそこに行く気か?無謀だ、相手の数が多い。君が戦えるのはさっき見て知っているが、三倍以上の人間が相手では……」


 困った顔で庄司が止めてくる。ただ、相手の人数を三倍以上と表したことにアイは密かに嬉しく思っていた。

 相手は十人以上いるのだ。それを三倍とするなら、アイだけではなく庄司自身やマイも頭数に入っている計算になる。


 だから、少し笑ってアイは一つだけ訂正した。


「三倍じゃなくて五倍以上よ。マイは戦えないから」


 ニヤッと笑いながら、悪化した状況を語るアイに、庄司はわかりやすく頭を抱えて、マイは自分も手伝いたいと鼻息を荒くする。


「……少し作戦を練ろう。無策で突っ込むのは危険すぎる」


 庄司が何とかそれだけを言うと、三人は額を突き合わせて話をしだした。


 ◆◆ ◆◆


「おい西田、本当にこの中に人がいるのかよ?」


 薄汚れた格好をした男が、指示を出している男に声をかけた。西田と呼ばれた男は、もちろんだと言いたげに頷いた。


「おう、灯りがもれてるし中で誰かが会話しているのも聞いた。間違いない」


「そうか。おい!外装はかなり補強してある。薄いところや脆いところを探せ」


 自身満々の西田を見て、納得したのか周りの連中にそう指示を出して、自らもマイクロバスの下を覗き込んだりして、どうにかして中に入る方法を探している。


「大人しく出て来い!中にいることは分かってんだ。今このバスを明け渡せば、命だけは助けてやる」


 その言葉を信じる人間がどれだけいるかわからないが、男達の見た目や行動からそんなつもりはないことは想像がつく。


「やれやれしつこいねぇ。アイちゃんは通信機の電源を落としてしまうし、無茶なことをしないといいけど……」


 ガンガンとバスの中に響く騒音に顔をしかめながらゼンさんが不安そうにカップに入った紅茶を一口飲む。向かいのソファにはお母さんが座り、こちらも心配そうな様子だ。


 このマイクロバスは放置してあったものに色々と手を加えて、作ってある。

 駐屯地の避難所にいた頃に少しずつ少しずつゼンさんが改造したものだ。


 特に頑丈さには気をつけて作ってある。外装板は二重にした上に、隙間に発泡ウレタンを吹き入れて強度と防音・防温の役目を担っている。


「大丈夫。ああ見えてアイちゃんはずっと思慮深いからね。これだけたくさんの人に囲まれた状況で、無謀なことはしないさ。きっと……」


 と、願望が混じったセリフを口にするゼンさんが紅茶をもう一口含んだ所で異変に気づいた。


 マイキーの周りを煙が包んでいる。ゼンさんはそっとソファから立ち上がると、ルーフのパネルを開いた。

 すぐに火薬と薬品のような臭いが鼻をつく。すでに煙が立ち込め、様子はわからないが襲撃してきている男達の方が慌てている様子を見て、これはアイがやったことだと当たりをつけると、苦笑いを浮かべたままパネルをしっかり閉じてハシゴを降りた。


 床まで降りてハシゴを収納していると、お母さんが見つめていることに気づいた。その瞳に不安げなものを見つけたゼンさんは困ったように頭をかいた。


「……無茶しないといいんだけどねぇ」




「おい、何だこの煙は!誰がやりやがった!」


 急に自分たちの周りに出てきた煙に視界を遮られて、リーダー格の西田が苛立たしげに叫んだが、それに適切な答えは返ってこない。

 周りの連中は、訳がわからないのと、周りの様子が見えないことに恐慌を引き起こしそうな雰囲気を出している。


「ちっ!」


 西田が大きく舌打ちをする。

 こいつらは、自分が有利な立場にいる時はいいが、少しでも想定以外のことがあると、途端に弱腰になる。


「これだけの人数で囲んで、まだ全然壊れてねぇ。これだけ頑丈なら四国にも渡れるはずなのに……」


 思わずだろう。周りに誰もいないと思って呟いた言葉は、西田が思っていたより近くまで来てアイの耳に入っていた。


「ねえ!」


 そして無造作に声をかける。バネが弾けたように素早く振り返ることが出来るのは、西田もさすがにこれまで生き延びてきただけのことはあるということか。


「なんだ……?てめぇ」


 これが、自分の手下達みたいな風体だったら、すぐにでも攻撃していただろう。しかし、目の前にいるのはこの場にそぐわない若い少女である。


 さりげなく周りを確認する。煙の向こうでぼんやりと誰かが動いているのがわかるくらいで、近くには誰もいない。それを確認すると、西田の顔に嗜虐的な笑いが浮かぶ。


「へっへっへ……」


 アイは声をかけたきり、何かする素振りも見せずに、ただそこに立っているだけだ。

 それを西田は怖くて動けないものと思い込んだ。


 二歩……三歩。ゆっくりと西田がアイに近寄る。

 四歩……五歩。西田の体臭が鼻について、アイが顔をしかめた。


 それを西田は怖くて泣きそうな顔と勘違いして、ますます嗜虐心を募らせ……警戒を怠った。


 アイに向かって右腕伸ばした西田が、気づいた時には遅かった。


「がっ!てっめ、ぇ……」


 後ろから忍び寄った庄司が、アイを捕まえようとしていた右腕ごと巻き込んで、裸締めをかけた。油断していた上に、利き腕ごと極められた西田は抵抗する余裕もなく、あっさりと意識を手放した。


「……お見事。ちょっと近づけないでよ。その人におうから……」


 嫌そうな顔でしっしっと手を振るアイに苦笑いをしながら、自分の技術を褒めた少女の胆力に舌を巻いていた。

 

 西田は、巨漢な上に人相も悪く、子供が見たら間違いなく引きつけを起こしそうな外見をしている。そんな男が欲望と嗜虐心を隠しもしないで近寄ってくるのだ。

 大の大人でも恐怖を覚えるだろうに、この少女は怖さよりも不潔さの方が我慢できなかったようだ。


 アイは一旦その場を離れると、隠れていたマイを連れて再び戻ってきた。

 さっきまで何も持っていなかったのに、鉄パイプを握っているのは、警戒のためではないだろう。


 アイはそのままマイキーに近づいて、ノックと無線を使って中にいる仲間に連絡をとった。

 すぐに扉が開いて、顔を見せた男性がアイを引っ張り込む。そしてマイと庄司を見て、アイと何か話して入って来いと身振りで示した。


 再びドアが閉じられる。

 この間、数分。明確な犠牲者は庄司が締め落としたリーダー格の男だけだ。


 庄司は厳重に西田を拘束すると、見える位置に軍用ナイフを突き立てておいた。


「もう……。ゼンさん、女の子の手を強く引っ張ったらダメじゃない。あざができたらどうするのよ」


 ゼンさんに腕を掴まれて、力強くマイキーの中に引っ張り込まれたアイは、腕をさすりながら僅かに恨めしそうに見ている。


「それどころじゃなかっただろう?……全く君は。それよりも今度の探索では随分と大きな収穫があったみたいだね?」


 ゼンさんがマイと庄司、それから略奪者達のリーダーの西田を順番に眺めて、疲れたように言う。


「うん、大豊作でしょ!」


 それまで仏頂面で話していたアイがニカッと笑ったのを見て、初めて庄司はアイがかわいらしい少女であると気づいた。


 

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