1-10 庄司 隼人
「とりあえずありがとうと言っとく」
アイが警戒を解かないまま言う。その後ろにしがみつくようにしているマイは、どうしたらいいのかわからないという様子だ。
「気にしなくていい。さっきも言ったが通りがかりだ」
そう言いながら庄司が振り返る。アイは半歩下がって警戒をする。
その様子をみて、「フッ」と笑った庄司を見て、アイがカチンときた。
「なに?何かおかしいの?助けるふりをして、油断させるなんて常套手段でしょ?」
目を怒らせるアイに、庄司は両手を上げてなだめる。
「すまない。そんなつもりはなかった。確かに君の言うとおりで、警戒してしすぎるということはない。ただ君を見ていたらまるで猫みたいだなと思ってしまったんだ。気に触ったらすまなかった」
猫みたい。
そう言われてアイはキョトンとした。
――猫みたい?私が?そんなこと初めて言われたんだけど……
アイは基本的に動物は好きだ。特に猫や犬のような人間に近いところで生きている動物が。
――どういう意味?悪い気はしないけど……
何も言えないでいるアイの後ろから、クスクスと笑う声が聞こえる。
「ふふ……アイちゃんが猫。確かにって思っちゃいました」
口に手を当ててかわいらしく笑うマイを見て、アイは憮然とした表情になった。
「確かにって何よ。そう言うあなたは犬みたいじゃない」
散歩に連れて行ってもらえなかった犬みたいな目をしていたくせに……。そこまでは言わなかったが、犬みたいと言われたマイは、パッと笑った。
「あら!そうですか?わたし犬好きなんですよね!あっ、猫ちゃんも好きですよ?」
「聞いてないから!」
そう言い合う二人を見て、庄司は忘れていた何かを見たような気がして、思わず見とれていた。
「もう……あなた自衛隊なの?」
気を取り直してというふうに庄司に向き合ったアイがそう尋ねる。
マイが失礼だよ!と後ろから言っているが気にせずに。
しかし、自衛隊なのか?と聞かれた庄司は、表情を変えた。何か苦いものを噛んだような、つらい顔になっている。
「……」
二人が話すのをやめて見つめていると、庄司は我に返って言った。
「すまない、少し思うところがあってね。あと、確かに俺は自衛隊に所属している。習志野駐屯地の庄司隼人二尉だ。ただ……元、と言ったほうがいいかもしれない。この地区に来た自衛隊員は俺以外は死んでしまったし、ほとんどの武装もない。あの程度のチンピラなら問題ないが、感染者の集団に対しては何もできない。自衛隊の救援を期待したのなら申し訳ないが……」
眉を下げてそう言う庄司に、アイは首を振る。
「救援なんて、何ヶ月も前から期待してない。一人で行動しているのを見て、部隊で活動しているとも思ってない」
ただの世間話で聞いただけよ。とアイは言う。
庄司は驚いた顔でそれを見ていたが、しばらくすると力を抜くように笑顔を浮かべた。
「君は……随分この世界に順応しているんだな。もしよかったらさっきの連中の仲間がいるかもしれない。君が安全だと思えるところまででも護衛しようと思うが?」
幾分和らいだ表情で庄司は言った。住んでいるところまで……と、言わないところが害意はないと思わせる。
「必要ない……と言いたいけど、お言葉に甘えようかしら。私一人なら問題ないけど、今はのんきなワンちゃんもいることだし」
そう言ってチラリと後ろを見る。しばらくして自分のことを言ったのだと気づいて、マイは頬を膨らませた。
「そうしてくれ。俺が先を行くからついて来てくれ」
庄司はアイから大体の場所を聞くと、身を低くして歩き出した。
黙って後に続く。アイも周りを警戒して移動することに慣れてきたと思っていたが、やはりプロは違うということか動き一つ一つが洗練されている。
すると、先を歩いていた庄司がサッと握り拳を上げる。
止まれの合図。
足を止めて息を殺していると、角の先から感染者が現れた。ふらりふらりと歩き、やがて通り過ぎる。
庄司が振り返る。その目は心配そうな色を宿している。
「大丈夫よ。今更あれを一体見たくらい……」
そこまで言いかけて、アイは振り返った。アイは慣れている。先日のような信じられないほどの行列でも来ない限り、そうは驚かない。が、マイは違う。
「……っ!」
マイは真っ青な顔をして、口を引き結んでいる。微かに震えながらなんとか理解しようとしている。そんな感じだ。
「マイ。言ったでしょ?今この世界では、あれがうろついているの。……初めて見たの?いきなりで慣れないのはわかるけど」
アイがそう言うと、何度か深く呼吸をした後無理をして笑ってみせる。
「だっ、大丈夫ですよ?ちょっとだけびっくりしただけです。自衛隊さんも気にせずに行ってください」
カタカタと震えながら、これほど大丈夫という言葉がしっくりこない姿も珍しい。
「初めて……だと?君はどこかシェルターにでも入っていたのか?」
庄司が怪訝そうな顔を向ける。どう言おうか迷っていると、マイが言ってしまった。
「わたし、記憶喪失なんです。病院で目が覚めて……フラフラしてたらアイちゃんに見つけてもらったんです」
庄司はしばらく眉を寄せてマイを見つめていたが、それ以上聞く気はないのか、短く「そうか」とだけ言って、また歩き出した。
ここまで一緒に歩いてきて、話をしてみて、分かったことは庄司は自分たちに興味がないということだ。
――私はともかく、マイはきれいな格好もしているし、見た目も可愛らしい。そこいらの欲望に忠実な奴らなら目の色変えてもおかしくないのに。
そう思いながら庄司の背中を追う。
慎重で、常に周囲に気を配り、後ろからついてくる私達のことも気にしながら歩いている。……頼もしい背中だ。
アイも信じてもいいのかな、と思い始めていた。
そしてもうすぐマイキーを停めている場所に近づいたとき……騒いでいるような声が聞こえてドキリとする。
「何か……言い合っているようだな」
壊れたブロック塀に身を隠して様子を見た庄司が振り返って言った。
アイも場所を代わってもらい見てみた。
……マイキーを隠してある車の修理工場に武器を持ったグループがいる。
「あの工場の奥、廃車が積んであるところに、拠点にしているマイクロバスがあるのよ。見つかりにくいように偽装してあったのに……」
アイが唇を噛みながら言うと、表情こそ変えなかったが、庄司は迷う様子もなく言った。
「分かったもう少し近づいてみよう」
そう言いながら庄司はキョロキョロと辺りを見て、民家の庭を突き抜けて工場の裏手が見える位置まで移動した。
「やば……バレてる。どうして」
アイが呟く。そこからは他の廃車に紛れて停まっているマイキーを取り囲んで、叩いたり窓を割ろうとしながら騒ぐ集団が見える。ゼンさん達は無視を決め込んでいるみたいだけど、その集団は確実にマイキーに狙いを定めている。
「周りにも廃車がたくさんあるのにどうして……」
そう言うアイの隣で、目を細めて様子を見ていた庄司は冷静に言った。
「照明だな」
「え?」
「君の身長ではそのままでは見えないだろうが、何か台の上に乗って見てみるといい。カーテンレールの部分から灯りがもれている」
庄司に言われ、ハッとしたアイが慌ててブロック塀によじ登った。
庄司は何か感じたのか、民家の方をパッと見た。
「わわっ!アイちゃん!」
慌ててマイがアイの足元で両手を広げる。
「見える、見えるってばっ!」
「……」
無言で何の変哲もない民家を見ている庄司は、気を使ってくれたのだろう。
しかし、そんなことよりもアイは気になることがあったのだ。
「……やっぱり」
そう呟いて、強く歯を食いしばる。
アイがブロック塀から降りると、ようやく庄司もこっちを向いてくれた。
「やっぱり……とは?」
悔しそうに俯くアイに庄司が疑問を投げかけた。その隣でマイは心配そうに見ている。
「灯りが見えるところは私の部屋なのよ。カーテンがあるから平気って思って……。私の視線だとあなたが言うようにあんなに隙間があることを知らなかったから……」
悔しそうに俯いてそう言うアイを庄司は冷静な顔をして見ている。
「そうか。原因は分かった。あとはどう動くかだ」
庄司がそう言ってしまわないうちに、アイは顔を上げる。
「そんなの……決まってるわ」
猫が獰猛なヒョウの顔になっていた。
あれ、短編を書くつもりだったのに……長くなってる。なんで?




