第二話弱い騎士
朝の空気は、少し冷たかった。
訓練場には、すでに何人もの騎士が集まっている。
剣がぶつかる音。
足音。
短い掛け声。
そのすべてが、はっきりと“伝わってくる”。
(……おと)
前よりも、よく分かる。
何が起きているのか。
誰がどこにいるのか。
ぼんやりとだが、理解できる。
(……なれてきた?)
理由は分からない。
でも、確実に“何か”が変わっていた。
「はっ……!」
その中心にいるのは、レオン。
息を荒げながら、剣を振っている。
ぎこちない動き。
力みすぎている腕。
隙だらけの構え。
(……よわい)
はっきりと、そう感じる。
なぜ分かるのかは、自分でも分からない。
でも、確信があった。
「遅い」
目の前の騎士が言う。
次の瞬間。
――弾かれる。
レオンの剣は簡単に払われ、体勢が崩れる。
「っ……!」
踏みとどまれない。
喉元に木剣が突きつけられる。
「終わりだ」
淡々とした声。
レオンは、悔しそうに歯を食いしばる。
「……ありがとうございました」
それでも、きちんと頭を下げる。
周囲から、笑い声。
「またかよ」
「ほんと弱ぇな」
(……いやだ)
その空気に、わずかな違和感を覚える。
理由は分からない。
でも――
(……ちがう)
何かが引っかかる。
レオンは一人、訓練場に残る。
何度も、何度も剣を振る。
疲れても、やめない。
息が荒くなっても、止まらない。
(……なんで)
理解できない。
弱いのに。
何度やっても勝てないのに。
それでも、やめない。
「……はぁ……はぁ……」
膝をつきそうになりながらも、立っている。
その姿を――
“知っている気がした”。
(……まえにも)
同じような光景。
誰かが、必死に剣を振っている。
それを、どこかで見ていた。
(……だれ?)
思い出そうとする。
だが。
ズキッ、と頭の奥が痛む。
(……っ)
それ以上は、思い出せない。
ただ――
強い感情だけが残る。
悔しさ。
無力感。
そして――
(……まもりたい)
言葉にならない思い。
それが、レオンと重なる。
レオンは、剣を握り直す。
手は震えている。
それでも、離さない。
「……もう一回」
誰に言うでもなく、呟く。
そして、また構える。
その瞬間。
ほんのわずかに。
“動きやすい”と感じた。
(……?)
何が変わったのか分からない。
でも、さっきより自然に振れる。
わずかに、ほんのわずかに。
「……?」
レオンも違和感を覚えたように、首をかしげる。
だが、すぐに気にするのをやめた。
再び剣を振る。
(……いまの)
剣は、それを感じていた。
自分が、ほんの少しだけ――
“合わせた”ことを。
無意識に。
理由も分からず。
ただ――
そうした方がいいと、思ったから。
レオンは、何度も剣を振る。
少しずつ、少しずつ。
形になっていく。
まだ弱い。
それでも――
確実に前に進んでいる。
(……このひと)
弱い。
でも、折れない。
その在り方に、何かを感じる。
理由は分からない。
記憶もない。
それでも――
目が離せなかった。
その時。
「……向いてないんじゃないか?」
背後から声がした。
振り向くレオン。
そこに立っていたのは、年上の騎士。
少しだけ冷たい目。
「それでも、やるのか?」
試すような言葉。
レオンは、迷わなかった。
「……やります」
その声は、小さい。
でも、はっきりしていた。
騎士は少しだけ目を細める。
「……そうか」
短く言う。
それ以上は何も言わない。
だが、その視線は――少しだけ変わっていた。
レオンは、再び剣を構える。
何も変わらない。
まだ弱いまま。
それでも。
(……かわる)
剣は、ぼんやりと感じていた。
この先。
何かが変わる。
まだ分からない。
でも、確かに――
“始まっている”。
それだけは、分かっていた。




