第7話:殺人
キャドリッジが教師として一番先に教室を出た。
それから、野次馬精神を抑えきれない生徒が教室を出る。
長く高く続く悲鳴は、倉庫の方から聞こえてきていた。もちろん生徒が中に入れてもらえるはずがなく、入り口より離れたところで教師に足止めされていた。
入学式なので当然保護者も来ており、これまた野次馬精神の抑えきれなかった親が足止めされていた。
大人も混じっていたから、当然小柄なルオやヴァグルは倉庫の中が見えない。ラザやセテンでさえ背伸びをしているのだ。
しばらくしてたくさんの先生方が動き、生徒は追い返されて行った。
仕方がないと、ルオたちが倉庫に背を向けた時、
「セテン・フェクスト。お前は残りなさい」
とキャドリッジに呼び止められた。こんな状況で険しい顔をした先生に呼び止められるなんて恐ろしいことだ。
「なんで?俺、中で何があったかも知らないのに」
「いいから。他の人は教室に戻りなさい」
ラザもルオもそれで教室に戻るような人ではない。一緒に行く、行ってはいけないという会話が続いたあと、凛とした声が響いた。
「私は、同じ行動を取って問題ないかと」
「事件前、セテン・フェクストと行動していたのはラザ・ガレストル、ルオ・クルドレア、ヴァグル・クレオネス、サオール・オフィリアルス、メルジュ・クジアフ。事情聴取をするなら、同じ行動でいいと思う。証拠提示のために」
サオールと、メルジュだ。
「セテン様を犯人と疑っているのではなくて?」
こんな時なのに、お嬢様はセテンにも「様」をつけるのだなぁと、ルオは思った。
「被害者がフェクストの家族だった、という線は考えなかったのか?」
先生が切り返す。
「先生方は皆、厳しい顔をしている。中には睨んでいる先生も。もしセテンが被害者の家族という立場だったら労わるのでは」
メルジュが反論する。
図星だったようで、先生はため息をついた。
「よくそこまでわかったな。仕方ない、お前らも来い」
先生に導かれ倉庫に踏み入れたセテンは一気に青ざめた。
それもそのはず、床に転がるのは頭から血を流した金髪の女性と、血のついた「剣」———まさにセテンが入学式前持っていたものだ。
「違う、俺じゃない、俺じゃない……」
「でも紛れもなくお前の名前が書いてあるんだよ」
ルオは今日セテンに会ったばかりだ。だけど、こいつならそんなことしない、という確信に近いものがあった。
「正直に言って欲しい。この女性とはどんな関係だ?」
「知りません…」
「しらばっくれるな!」
ヒステリックになって叫ぶキャドリッジ。
明るく、おちゃらけたセテンがあんなにも青ざめて震えているのが可哀想で、ルオは口を開いた。
「決めつけるものはいかがなものかと。その『剣』には名前が書かれていたんですよね?そんなにも犯人が一瞬でわかるものを犯行で使いますか?」
セテンが驚いたように顔を上げる。
ルオは大丈夫だというように、笑おうとした。
「まず、その女性が誰なのか教えていただきたい、です」
「お前は事情聴取のために来ただけだろう、黙りなさい。たかだか十三だかそこらの子供にできることはない」
厳しい対応を貫き倒すキャドリッジにラザは言った。
「友達が犯人扱いされているので、友達が助けようとしてるんですよ」
一回目の「友達」がセテン、二回目の「友達」がルオだ。
「子供は口を挟むべきではない!」
「ルオは、そこらの大人より頭いいです!」
(うん。嬉しいよ、ラザ?そこまで頭いいって言ってくれるのは嬉しいんだけど……過大評価にならないようにね?勝手にレベル上げられると、失望されたら辛いから)
またもやキャドリッジとラザが争いを繰り広げたところで倉庫の扉が音を立てた。
全員が扉の方を向くと、倒れた女性によく似た顔立ちの少女がいた。
「お母様!」
その子は母親の元に駆け寄ると、その死に様を見てくずおれた。
はじめて、教師陣の顔に哀れみが浮かんだ。
女子生徒が母親の手を握ると、ルオは母親が爪に赤く美しく染料をつけていたことに気がついた。
しかし、中指だけ色が剥がれているのだ。完全に乾いていないものを、無理やり拭き取った時のように。
「お母様」と呼ばれるような、爪を彩るような貴族の女性が中指の爪を放っておくだろうか。塗り直す暇がなかった———すぐに殺害されたのではないだろうか。
どうしても気になったルオは、自分が事情聴取をしたいと思った。それは、きっと出過ぎた真似だ。多くの大人が顔をしかめるだろう。
「そこにいるフェクストの『剣』が見つかっているのだが」
(なんでよりによって遺族の前でそんなこと言うかな。セテンに敵意向くだろ、絶対)
見ていられなかったルオは名前も知らない女子生徒の目を見る。
「気になることがあるのです。少し、お話を聞かせていただけませんか」
「おい待てお前、でしゃばるなと———!」
「それでこの事件が解決するのであればお願いいたします。それと、できれば別室で」
キャドリッジが最後まで言い終えるよりも先に女子生徒が反応した。さらに、ヴァグルも
「一つの意見として聞いてみましょう」
と言ってくれた。
「というわけで、一旦失礼します」
先生は何か言いたそうな顔をしていたが、被害者の娘が了承した以上、何も言えないらしい。そのことに少し安堵して、ルオは外へ移る。
移ったところで、どう切り出せばいいのか迷った。
散々迷った挙句、この女子生徒の名前も知らないことに気がついたルオは、まず名前を訊くことにした。
「すみません。僕はルオ・クルドレアといいます。初対面ですので、名前を聞かせてください。それから、できればお母様の名前も」
「え、えぇ……今年入学の、メイリー・カスティリオーネと申します。母はアネット・カスティリオーネ、父はレクドゥアル・カスティリオーネです」
ルオはなんで貴族の名前って複雑なものが多いのだろう、と思った。
「ここ最近で、アネット様に変化はありましたか?」
「様」か「さん」のどちらで呼ぶべきか迷ったが、やはり貴族は「様」だろうと思い、「様」で呼ぶことにした。
しかしメイリーは首を振る。
「私の家は、およそ30年ほどに没落した貴族の家です。普段は貴族とは思えぬ質素な暮らしをしていますから、『様』呼びでなくて構いません。どうか、私にも『様』をつけずにお呼びください。私も、ルオさんと呼ばせていただきます」
母親が殺されたにしては立ち直りが早いと、ルオは思った。
「母の変化、ですね……。ここ最近だと、以前より外出が増え、僅かにお洒落をするようになりました」
「そうですか」
ルオは、本当はもっと言いたいことがあった。アネットの恋愛事情など。でもズバズバと聞いていいことではないので、難しいのだ。
「すみません、訊きにくいですよね、こういうのって。私から話させていただきます。うちの家はもう衰退してしまったにも関わらず、祖父はカスティリオーネ家が復活することを願って『血を絶やすな』と言い続けていました。故に、父と母は政略結婚です。母はよく『私は恋愛を知らないまま死ぬのだ』と嘆いていました。だから……そうですね、他所の男性と恋仲であっても、何もおかしくないと思います」
「ちなみに、誰と会うとかは言っていましたか?」
「いえ、特には……」
「わかりました。ところで、何故母親が殺害されて、ここまで平気でいられるのですか?」
純粋に疑問だった。
「母は、いつも陰鬱な顔をして、私には構ってくれませんでした。だから、『母親』と思えないのです」
「……そうですか」
「私は、娘としてこの事件を解決してほしいと言っているのではありません。ただ一人の人間として……好奇心で解決してほしいと言っているのです。だから、あまり気負わなくても大丈夫です」
にこりと笑ってメイリーは倉庫に戻って行った。
メイリーの話ではパズルを解くためのピースを一つ得られただけで、深く考察しなければいけないようなこともなかったのだが、ルオはしばらくその場に留まって考えた。
(本当に他殺なのだろうか、自殺ではなく。死亡時刻はいつ頃?それからセテンの『剣』を使った理由は……)




