第8話:フェクスト家と因縁
犯人は、特定されるような凶器をなるべく使わない。使っても、証拠隠滅をしようとするはずだ。それなのに名前が書いてある凶器……セテンが犯人であると、周囲に示そうとしたようだ。
そもそも、セテンの部屋から「剣」をバレずに持ち出すことが可能なのだろうか。
頭の片隅でそんなことを考えつつ、次に呼び出す人を決める。
ここはやはりセテンの親だろうか。
一旦倉庫に戻って、セテンの両親と話したいということを伝えて、セテンの親を呼んで、事情を話して、訊いて………随分と手間がかかりそうだ。
(そういえば、第一発見者は誰?)
頭の中で浮かんではぐるぐると渦巻くたくさんの疑問に、ルオは押しつぶされそうになった。
とりあえずルオも倉庫に戻る。
被害者———アネットから流れた血を見ると、まだ完全に固まっていなかったので、死亡からそこまで時間は経っていないと判断した。
倉庫にはすでにセテンの親がいた。セテンの父親はヴァイオリンを片手に持っている。
(何故ヴァイオリン?)
そんなルオの疑問を汲み取って、セテンが答える。
「うちの親父、ヴァイオリニストもやってるからさ。今日の演奏にも来てたんだ」
「うむ。でも、ケースがなくなってしまってなぁ」
(そんなことある?)
ヴァイオリンのケースなんて大きなもの、盗まれでもしない限り無くさないと思うのだが。
「やぁね、あなた、演奏が終わってすぐ仲間と祝杯をあげてたじゃない。それで酔ってなくされたとか、やめてくださいな」
セテンの家族からは貴族らしさが感じ取れなかった。代わりに、あたたかい仲であることが伝わった。
「すみません、お父様の方からお話を伺えますか」
「わかった」
驚くほどあっさりとしていた。シロなのだろう。
また外に移動して話す。やはり大人と話すのは緊張する。
「えっと、セテンと同じ部屋のルオ・クルドレアです。事件の大体は聞いていらっしゃいますか?」
「ああ。私はダール・フェクストだ。………息子の『剣』があったんだってな。私の息子はそんなことしないと思うんだが………」
「はい。僕もそう思いますし、何より、部屋で会って入学式に向かい、教室に行くまでセテンとは同じ行動をしていました。被害者の血の固まり方から、僕とセテンが会う前に殺害されたことはないと判断しました。よって、セテンは無罪だと思います。…………問題は、何故犯人がセテンの『剣』を使ったか、です」
「だな。セテンか、もしくはフェクスト家に恨みがあるか」
「心当たりは……?」
ダールは少し考えるそぶりをしたあと、口を開いた。
「……ティノルド・グレーテ」
(ティノルド・グレーテ………)
ルオは名前を忘れることがないよう、頭の中で十回繰り返した。
「どのような関係ですか」
「元同級生だ。昔、すごく些細なことで喧嘩してなぁ。それっきりだよ。でも………」
「でも?」
「私の妻はルチアというんだが、ティノルドはルチアが好きだったみたいだな。それですごく争ったよ。ティノルドはほら、貴族だから平民を愛すことに憚りがあったろうな。それでも愛した人を他の男に取られて、自分は政略結婚。恨まれてるだろうなぁ」
ルオは、ティノルドにも話を聞いてみようと思った。
「ところで、ヴァイオリンケースはいつなくなりましたか?」
「さっきもルチアが言ってたが、私は入学式が終わってすぐに酒を飲んでいた。ヴァイオリン仲間と一緒に。なぁに、店とかには行ってないさ。ルチアに昼間からそこまで飲むなと、怒られるからね。だから関係者準備室で飲んでいた。ここはすごいなぁ。関係者一人に一つ準備室がもらえるんだから」
「誰の準備室で飲んでいましたか?」
「レクドゥアル・カスティリオーネってやつだ。貴族だが、誰にでも平等に接するいいやつだよ。レクドゥアルとはよく飲むんだ」
それは、被害者の夫ではなかっただろうか。
つまり、ダールは被害者の夫の部屋で飲んでいた———部屋を、留守にしていた。盗むチャンスはあったということだ。
「鍵は閉めて行きましたか?」
「いや、すっかり浮かれて締め忘れて行ってしまったよ」
盗み放題だったということだ。
「これは一つの仮説——妄想ですが」
「うん」
「セテンの『剣』をヴァイオリンケースに入れて持ち出したという可能性があるのではないかと……」
「なんで私のヴァイオリンケースに、セテンの『剣』を?」
「先ほど仰っていた通り、フェクスト家に恨みがあるのではないでしょうか。息子が犯人扱いされても、父親が犯人扱いされても、身内から犯罪者が出るということには変わりありませんし、大きな打撃になるはずなので。幸せを崩せたと、喜ぶ人もいるのではないでしょうか」
「なるほど」
「僕からは、以上です。ありがとうございました。次に奥様を呼んでいただけますか?」
「わかった」
ダールは妻を呼ぶべくキビキビと歩いて行った。
程なくしてルチアがやってきた。
「ごめんなさいねぇ、色々と。でもセテンを庇ってくれてありがとう、ルオくん」
すでにルオの紹介はされているようだ。
だから、もう、単刀直入にきいていくことにした。
「ティノルド・グレーテさんについて教えていただけますか?」
「あらぁ、ティノルド。懐かしい名前ねぇ。あまりいい印象はないけれど」
ありし日を思い浮かべるように遠い目をして、ほぅ…と息をつき、ルチアは言った。
「何回も告白されたわ。その度に私は断ってきたのだけれど、諦めきれなかったようね。とにかく粘着質で、愛が重いタイプの人でした」
「元・同級生でしたか?」
「はい。もうね、ダールとティノルドの喧嘩は凄まじかったわぁ」
「……ちなみに、何が原因かとか、ご存知ですか?」
「ティノルドは他人を踏み台にしてのしあがる癖があったのよねぇ。それを正義感強いダールがたしなめて喧嘩になった感じかしらぁ」
(全然些細なことじゃなかった……)
ダールにとって、どこまでが「些細」なことなのだろう…。
「そういえばティノルドのお子さん………なんていったかしら、あぁ、ルーカスくんも今日、コリフレアに入学したそうね。私たちがこんなふうにティノルドのはなしをしていたのは、黙っておいてちょうだいね」
「そうなんですね。わかりました」
それから、とルチアが続ける。
「ティノルドの奥さん、ルーカスくん産んだらすぐ出てっちゃったんだって。正式に離婚したらしいよ」
「……すごくお詳しいですね」
「近所のおばさん———失礼、奥様方はこの手の話が大好きだから……商店街に行くとあらゆる話が舞い込んでくるのよ。かくいう私もおしゃべりでね。セテンは私に似たかしら」
ルオは相槌を打った後に、ダールの時と同じように話を締め括った。
「ところでさっきから先生たち殺気立ってるけど」
「あー」
「とりあえず倉庫戻ったら?」
「ですね。第一発見者が誰か知りたいですし」
倉庫と外を———しかも離れた場所に移動していた———行ったり来たりして、ルオの足はもうすでに悲鳴をあげていた。




