第5話:曲者クラス
そんなこんなでようやく式は終わり、新入生は雪崩を打って自分の教室へと向かう。ルオもヴァグルやラザ、セテンと一緒に移動する。
貴族が通うということで、大幅に工事がされ、今や黒ずんだ壁紙の跡はなく、あちこちがピカピカである。貴族の暮らしとは一切無縁のルオは、自分がすごく場違いだと感じる。
見たところ、男子の貴族よりも女子の貴族の方が多そうだ。
(男子には貴族の勉強———即ち、政治とかを学ばせ家を支えさせる。女子には貴族の作法を幼少期から学ばせ、且つ夫のサポートをできるように庶民の暮らしを学ばせる———。効率的な方法だけど男女で負担が違う。この国の男女平等もまだ遠いか……?)
「おーいルオ!自分の教室通り過ぎるなんて珍しいな!」
ラザは「珍しい」などと言うが、ルオにとっては別に珍しくもない。自分の考えに没頭するとついつい周りが見えなくなるのだ。
そして教室に入ってルオは呆然とした。
黒くボサボサの長い髪をし、さらに黒いフードまで被っている人。制服の上にローブのようなものを羽織っているのだ。ローブの隙間から見た制服の形から考えて女子だろう。
手元の鏡を見てひたすら自分の顔をチェックする男子。鏡は高級品であるから、貴族だろう。
長くストレートの白の髪に赤の目をした女子は真っ直ぐに前を見ている。授業中だったら特に違和感はなかったのだろうが、何もない時からそこまで背筋を伸ばされると怖い。それから、異様に瞬きの回数が少ないのだ。
他には、ゴリラのような男子生徒が、ガタイのいい複数の男子を侍らせていたり。まともそうに見える女子も、お互いの腹の中を探り合ったり。端的に言って怖い。
「これは……」
「俺らのクラス!」
「だよな……」
瞬きをし、何度確認しても現実は変わらない。なかなか、曲者の多そうなクラスだ。
きっとまともに見れば曲者は一部の人でしかないのだが、どうしても目を奪ってくる。
(なるべく関わらないようにしよう)
とは思ったが、類は友を呼ぶとは言ったもので、ラザやセテンと行動している限りは変人も寄って来やすい。ルオはこれも運命だと割り切った。
「貴女、そのような身なりをして恥ずかしくありませんの?」
ルオには馴染みのない言語———即ち、お嬢様言葉が教室に響く。
(うわぁ……)
お嬢様言葉がどうとかは、別にどうでもいい。それより引っかかったのは、大声で他人を貶す、その神経だ。
「まぁ、たとえどのような身なりでも貴女の性格よりかは綺麗でしてよ?」
音声を消してしまえば和やかに話して見える姿勢を崩さず、見えない火花を散らす令嬢達。
「伯爵家ともあろう者がそのような身なりのうえ、すぐに挑発に乗るようでしたら庶民の方に示しがつきませんわ。ただでさえもお下品な庶民の方々に……」
「そのけばけばしい赤に染まった唇から侮辱の言葉を吐き捨てるのはいい加減およしになって。身分よりも先に人間として下劣ですわ」
(うわぁ、怖い怖い怖い怖い……)
うふふ、おほほ、と上品であるはずの言葉が武器に変えられる瞬間は背筋が凍る。
先に喧嘩を売ったのは、茶色くカールさせた髪の令嬢で、負けじと言い返しているのは金髪の令嬢である。
茶髪の令嬢がだんだんと押されるのとは対照的に、金髪の令嬢は落ち着き払っていた。
「ま、まぁともかく、このような場所で言い争いをするのは品がなくってよ、オフィリアルス様?」
茶髪の令嬢はくるりと踵を返して自席に戻った。柔らかく揺れる茶髪と、制服のスカートに一瞬目を奪われる。
(オフィリアルス……)
貴族の名前など興味もなかったルオが、オフィリアルスと聞いて思ったことはただ一つ。
(噛みそうな名前だなぁ)
である。
金髪の令嬢———もとい、オフィリアルスは入り口で固まっている四人に目を向ける。
「どうかなさいましたの?」
先ほどの言い争いなどなかったようにさらりと言ってのけるところを恐ろしいと、ルオは思った。
「いや、えっと」
「あぁ、私はサオール・オフィリアルス。ルシィルからは西に少し離れたポネルを治める伯爵の娘ですわ」
「……」
そんなにサラサラと自己紹介されても困る。
「サオール、っつーのかぁ。俺ラザ・ガレストルな。気軽にラザって呼んでね!」
「俺はセテン。セテン・フェクスト!ラザと同じく名前で呼んでほしいな」
(ラザーーーーーー!!!そんな貴族然とした人に敬称なしの上、タメ語でいいのか!?!?)
ひたすらオロオロするルオをラザがこづく。
「ルオも自己紹介しろって」
「あー……ルオ・クルドレアです。この度は僕の友人が多大なるご迷惑をおかけし……」
「お気になさらず。エカルラート様よりかはマシです」
「エカルラート?」
緊張することなくズバズバとセテンが訊く。
「フェロニカ・エカルラート様よ。先ほどそこにいらした方」
つまり、言葉を選ばずに言ってしまえば、フェロニカ・エカルラートは先ほどサオールと喧嘩していた人ということだ。
微妙な空気の中、ヴァグルもおずおずと自己紹介をする。
「ヴァグル・クレオネスです」
ルオはこの空気の中、発言する勇気を持ったヴァグルに拍手をしたくなった。
「なーなー、伯爵ってどんぐらい偉いんだー?」
「この国では上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵です。ちなみにエカルラート様は子爵令嬢よ」
「『そのような身なり』ってどんな身なり?」
「さぁ、存じ上げませんわ」
ラザとセテンが、ずけずけ、ずばずばと質問するので、ルオは寿命が縮まる思いをしていた。
「ところで、エカルラートってなんか庶民庶民って馬鹿にしてたよな?」
「あの方はそのような思考の持ち主ですから。お気になさらぬようお願いいたしますわ」
「でもサオールがバシッと言い返してくれてよかったぁ」
「善い貴族であろうとするならば当然です。それでは、私はこれで失礼を」
サオールのその言い方には、少し距離を感じた。
(気が強そうな子だったなぁ。自分と意見の違う人が出てきたら真っ直ぐに戦うんだろうな)
サオールはもう仲の良い令嬢と一緒になって話に花を咲かせている。
そこへ、ドンッという何かがぶつかる鈍い音がした。
「おぉっと、ごめんよー、チビ。あんまりチビだったから見えなかったぜ」
「すっかり陰と同化してたもんなー」
ゴリラだ。ガタイのいい男子を侍らせていたゴリラが、ヴァグルにぶつかったのだ。
ただぶつかったのならば仕方のないことかもしれないが、その顔には嘲笑が浮かんでいたし、謝ってはいるもののヴァグルを揶揄っているようにしか取れない言葉を吐く。
可哀想なことに小柄で気の弱いヴァグルは、床に倒れて震えている。
「なにすんだよ!」
ラザがくってかかったが、
「なんでそんな怒るんだよー、俺謝ったじゃんか」
と言われてしまう。
あまりの酷さに黙り込むとゴリラは大笑いしながら去っていった。
「嫌なやつ」
「それな」
「ヴァグル、気にすんなよ」
「ヴィアス・カストル。このルシィルでも五本指に入る不良ね」
「そうなんだ……ってあれ?え?誰?」
白に近い銀の髪に、緑の目をした少女がそこにいた。
「メルジュ・クジアフ」
ルオはこの人———メルジュもラザやセテンと同じ、変人の匂いがすると思った。
ちなみに、エカルラートはサオールの前髪が乱れていることを言っていました。(おお怖い……)




