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透明な毒を抱く手は、赤に染まる  作者: 夜風 紅葉
第1章:覚醒した…かも
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第2話:りんご窃盗犯

 ルオは呆然と倒れた馬車を見た。御者が何やらラザに怒鳴っている。が、今はそんなこと、どうでもいい。


(冷静に、冷静に考えよう)


 そう思えば思うほど、ルオは混乱していく。だからもう、冷静になるのは諦めた。

 まず、今、結界らしきものが出現したが、ルオが出したという確証はない。そもそも結界だという証拠もない。


(もう一度、作り出せるだろうか)


 作り出したらルオが無意識に結界を張ったということ。作り出せなかったら作り出せなかったでそれまでだ。

 今まで結界に頼って生きてきたのではあるまいし、普段通りに生きるだけだ。

 それでも、もし魔術を使えたら楽しそうだ、とも思った。心のどこかで期待している。

 そして、はたと思った。どうやって結界を作るのだろう。

 先ほどの結界は、意識して作ったものではない。

 よって、どうやって出現させるのかがわからないのだ。


(さっきは……ラザと馬車の間に壁があればいいのに、って思ったっけ)


 ルオは、頭の中で壁を思い浮かべた。


 キィン…………。


 ルオは試しに前進し、そして見えない壁にぶち当たった。


「んぎゅうぅぅぅぅ……」


 自分で作った結界にわざと突き進み、鼻をぶつけて悶絶するなんて滑稽だ、とルオは思った。

 それでも、気分は高揚する。


(ラザに言ったらどんな顔をするだろう)


 ラザはいいやつだ。きっと、喜んでくれる。


 ____「ルオ、これから先おかしなことが起こっても、軽々しく人に言ってはいけないよ」


 小さい頃、ルオの母が言った言葉だ。


(母さんは、こうなることが、わかっていた?)


 わからなくても、無闇に言ってはいけないのなら、言いつけを守るだけだ。元来いい子のルオはそう思った。

 思った上で、悩んだ。これだけのことが起こって悩まずにいられる人がいるだろうか。

 ルオはラザを脳内で思い浮かべる。


「わー!やったやったやった〜!ついに魔術を使えるようになったぞー!」


 脳内のラザは両手をあげて、ぴょこぴょこ飛び跳ね、大喜びである。


(あ〜、ラザは単純に喜ぶだろうなぁ)


 ____「困ったり悩んだりしたときはお母さんに相談していいんだからね」


 これもルオの母、ルナが言った言葉である。


「やあ母さん、実は靴下で駆け出した友達が事故に遭いそうで。助けたいと思ったらなんか結界が使えてさ〜。これからどうすればいいかなぁ?」


 なんて馬鹿げた相談だろう。言えるわけがない。

 ルオは結局、ルナにも相談しないことを決め込んだ。


「俺ぁ、急いでるんだ。何してくれるんだ!馬も怪我するだろうが!」


 ようやく現実に引き戻ったルオが聞いたのは御者の怒号だった。


「すみません、僕の友人が。怪我はありますか?」


 その場を収めるためにとりあえずルオは下に出た。


「それよりりんごが!どーすんだよ、卸しの時間に間に合わねぇよ!」


「もしかして、()()()()()()()()卸す予定ですか?」


「あ、あぁそうだ。それが何か?」


 ルオは目をスッと細めた。


「ダルク市場というのはここのことですよね。ですが、ここから先は店が段々と減ります。さらに、この先に、そんな大量のリンゴを取り扱うような店はありません。では、何故ダルク市場でりんごの卸しをしなければいけないと言ったのでしょう……?」


「お、俺がりんご屋なんだ!だからりんごを持っていたってなんら不思議ではないだろう!」


「じゃあ何故『店に卸す』という言葉を肯定したのですか?それからこの商業地区では販売許可のないものは売ることができません。許可証はありますか?」


 チッと、鋭い音が響いた。御者の舌打ちだ。


「なんでりんごなんかを窃盗したんですか?」


「ここまでバレたらもういいか……俺ぁ、貧しい平民だ。一日の食事をするのにも困る。そこでりんごだ。りんごをたっくさん盗んで、自分の腹を満たすついでに、りんご売りとして貴族様のお屋敷に潜入できりゃぁ、金目のものも取れるかもしれねぇだろ」


 馬鹿馬鹿しいが、筋は通っているとルオは思った。


「どんな事情があろうと、あなたが盗んだ事実は変わりません。僕は、あなたを警備兵に引き渡します。しかし僕の友人の粗相については深くお詫び申し上げます」


 直角にルオが体を曲げるとりんご窃盗犯は驚いたように瞬きをした。


「ちなみにそれはりんごでなくてもよかったですよね。何故りんごを?」


 とルオが訊くと、


「死んだ父が好きだったんだよ」


 という答えが返ってきた。ルオは再び、深く礼をした。

 それからりんご窃盗犯は騒ぎを聞きつけ駆けつけた警備兵に連行されていった。

 腰が抜けてへたり込んでいるラザは眉を下げて笑っていた。


「やっぱルオ、頭いいね。すごいや」


 事故に遭いそうになってもヘラヘラしているラザの姿にルオは込み上げてくるものがあった。怒りだ。


「お前なぁ!お前が公共の場で周囲の確認をせずふざけたことで多くの人に迷惑がかかったんだぞ!反省しろ!猛省しろ!」


 心配した分、ルオの小言は止まらなかった。


「皆さぁ〜ん、すんませんでした〜!」


「はぁ」


 周りの人になんとも言えない反応をされたラザだった。


「ほら、もう僕が恥ずかしいからさっさと学校に行くぞ!」


 ルオはズルズルとラザを引っ張って行こうとした……が、非力なルオでは無理だった。

 そして思う。本の中では、魔術師がパチンと指を鳴らすと、ものが浮かび上がるのだ(ラザもやっていたが、浮かばなかった。ちなみに、ルオは指をパチンと鳴らせない)。

 それと同じ原理でラザを少し……そう、バレない程度に軽くすることはできないだろうか。


(ちょっと。ちょっとだけ、この馬鹿を軽くしてくれ…)


「あはははは、はははははは!」


「どうしたラザ!脳みそがさらに軽くなっ……あ」


 もしかしたら、ルオの魔術はラザの頭を軽くしたのかもしれない。


(やべ、とりあえず元に戻れ……よし、もう一度…軽く…なれぇ…)


「ははははは!なんだかすっごくいい気分!」


「ちっっがーーう!」


(気分を軽くしてどうする!これは…正確に念じないといけないのか…?)


 さっき結界が発動したのが不思議なぐらいである。


(元に戻れ…で、体重を軽く…!!)


 すると、ルオの力でもラザを引きずることができた。初めての経験である。奇跡だ。


「ひゃっほーーい!これ楽しい!」


 そしてラザはルオに学校まで引きずってもらった。


(新学期からこんなことになるなんて……)


 ルオは卒業するまでに自分の胃に穴が開かないか、すごく心配した。

 まだ入学もしていないのに……。

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