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世界を創った神ですが、悩める客にラーメンを出していたら世界を救うことになりました。  作者: 霜月 羽流


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9/20

9杯目 地震は明日を願う


あの日から数日が経っていた。

路地裏には、いつものように提灯の明かりが揺れ、寸胴鍋から立ち上る湯気が静かな夜へ溶けていく。店主は麺を打ちながら、小さく独り言をこぼした。

「また来る気がするんだよな。」

その言葉を聞いていたかのように、

カラン……暖簾が静かに揺れた。

「こんばんは。」

聞き覚えのある声だった。

店主が顔を上げると、そこには先日訪れた地震の少女が立っていた。

前に会った時と違い、泥だらけだった着物はきれいになり、髪も丁寧に結ばれている。

何より、その表情には少しだけ笑顔が戻っていた。

「おう。元気そうじゃねぇか。」

地震は照れくさそうに笑う。

「うん……少しだけ。」

店主は暖簾を上げる。

「入れよ。」

「今日は揺れないと思う。」

「思う?」

「たぶん。」

二人は思わず笑った。地震が席へ腰掛けても、屋台はまったく揺れなかった。

店主はその様子を見て安心したように頷く。

「本当に落ち着いたみたいだな。」

「うん。この前、あなたと話してからね。」

地震は少し嬉しそうだった。

店主は鍋へ向かう。

「今日は何にするかな。」

「おすすめ!」

「今日は味噌だな。」

「また違うの?」

「毎回同じじゃつまらねぇ。」

地震は目を輝かせた。

「楽しみ!」

店主は野菜を炒め始める。キャベツ、もやし、玉ねぎ。

鍋に入れた瞬間、香ばしい音が屋台いっぱいに響く。そこへ味噌だれを合わせ、寸胴のスープを注ぐ。味噌の香りがふわりと広がった。

「できたぞ。」

「いただきます!」

地震は勢いよく麺をすすった。

「あっ、おいしい!

前のもおいしかったけど、これも好き!」

店主は腕を組み、満足そうに笑う。

「そりゃ良かった。」

地震は夢中になって食べ進めた。

最後にスープを一口飲み、大きく息を吐く。

「ふぅ……。やっぱりあなたのラーメン、世界一だね。」

店主は肩をすくめた。

「世界一かどうかは知らねぇけど、腹いっぱいになったなら十分だ。」

しばらく静かな時間が流れる。店主は湯呑みにお茶を注いだ。

「それで。」

「今日は相談じゃないんだろ?」

地震は少し俯いた。

「うん……でも。」

「やっぱり相談なのかな。」

店主は苦笑する。

「どっちでもいい。」

地震は湯呑みを両手で包みながら話し始めた。

「あなたに言われたこと、ずっと考えてたの。わたしは世界を支えてるって。だから、少しだけ前を向けた。」

店主は静かに頷く。

「でもね。」

その表情が曇る。

「この前、大きな地震があったの。」

店主の表情が少しだけ引き締まる。

「わたしじゃない。でも、わたしでもある。」

「どういうことだ?」

「事象にはね。“わたし”がたくさんいるの。」

店主は少し驚いたように目を見開いた。

地震は続ける。

「世界中で起こる地震は、一人じゃ支えられない。だから、たくさんの”地震”がいるの。わたしはその中の一人。」

店主が初めて聞く話だった。

「その地震でね……。」

地震は拳を握る。

「町が壊れた。たくさんの人が泣いた。ニュースではまた、“地震が人々を襲いました”って。みんな地震を嫌いになる。そのたびに、仲間たちは自分を責める。」

地震は俯く。

「昨日、一人の仲間が消えたの。」

店主は目を細めた。

「……消えた?」

「うん。自分なんて必要ないって。世界からいなくなっちゃった。」

屋台の空気が静まり返る。店主は何も言わない。

地震は震える声で続けた。

「もし、仲間がみんないなくなったら……。世界はどうなるの?」

店主は静かに湯気の向こうを見つめた。その表情は、今までになく真剣だった。

「……それは。」

創造主である自分だからこそ知っている答え。

しかし、その答えを簡単に口にしていいものなのか。

店主は静かに目を閉じた。

地震の少女は不安そうな表情で答えを待っている。

「……もし、仲間がみんないなくなったら。」

「世界はどうなるの?」

その問いに、店主はすぐには答えられなかった。

それは誰よりも、この世界を創った自分が知っている答えだった。

「世界は、止まる。」

地震は息を呑んだ。

「止まる……?」

「ああ。」

店主は静かに話し始める。

「山は生まれなくなる。大地は動かなくなる。海の底も眠ったままになる。一見すると平和な世界に見える。でも、それは違う。」

地震は真剣な眼差しで聞いている。

「世界ってのはな。動き続けるから生きてる。川も流れる。風も吹く。雨も降る。春が来て、夏が来て、秋になり、冬になる。全部、止まらないから命が巡る。」

店主は湯呑みを見つめながら続けた。

「地震も同じだ。お前たちは世界の鼓動なんだ。鼓動が止まれば、生き物は死ぬ。」

地震は小さく呟く。

「わたしたちは……鼓動。」

「そうだ。」

店主は優しく笑った。

「誰にも褒められない仕事かもしれねぇ。誰かを悲しませることもある。でも、誰かがやらなきゃ世界は続かねぇ。」

地震は少しだけ涙ぐみながら聞いていた。

「じゃあ……。仲間を助けたい。」

店主は頷く。

「どうやって?」

地震は俯く。

「分からない。だから来たの。」

その言葉に店主は少し笑った。

「なるほどな。」

店主は空になった丼を自分の方へ引き寄せる。

「今回は映るかな。」

地震も身を乗り出す。二人は一緒にスープを覗き込んだ。

黄金色の水面が静かに揺れる。

しかし、やはり未来は映らない。代わりに、小さな波紋だけが幾重にも広がっていく。

店主はその波紋をじっと見つめた。

「……そうか。分かった。」

地震は首を傾げる。

「何が?」

店主は波紋を指差した。

「見てみろ。」

一つの波紋が広がる。

その波紋に別の波紋が重なる。

さらに別の波紋も重なり合い、やがて大きな円になった。

「一人じゃ小さい。」

「でも、重なれば大きくなる。」

地震は目を見開く。

「仲間……。」

「そう。」

店主は静かに頷く。

「お前一人で全部背負う必要はねぇ。苦しいなら仲間に話せ。泣きたいなら泣け。支え合えばいい。」

地震は少しだけ笑った。

「でも、仲間もみんな苦しんでる。」

「だったら。」

店主は笑う。

「お前が最初に笑え。」

「え?」

「笑顔ってのは移る。一人が笑えば、隣も少しだけ笑う。それが広がる。逆に、一人で全部抱え込めば、その苦しさも広がる。」

地震はしばらく考えていた。

やがて、小さく頷く。

「わたし……。帰ったら話してみる。みんなに。」

店主は嬉しそうに笑った。

「それでいい。お前たちは一人じゃない。」

地震は立ち上がる。

「ありがとう。また救われちゃった。」

店主は照れくさそうに頭をかいた。

「ラーメン屋だからな。相談屋じゃねぇ。」

地震はくすっと笑う。

「でも、また来るね。相談がなくても。」

「もちろん。腹が減ったら来い。」

「うん!」

地震は暖簾をくぐり、夜の路地裏へ歩き出した。

その背中は、第六杯で初めて会った時とは比べものにならないほど力強かった。

店主はその姿を見送りながら、小さく息を吐く。

「……世界の鼓動、か。」

その言葉には、自分自身へ言い聞かせるような響きもあった。

もし。

あの日、自分がこの世界を創っていなければ。

もし。

事象という存在を生み出していなければ。

こんな苦しみを背負う者はいなかったのではないか。

店主はその考えを振り払うように首を横へ振る。

「俺まで悩んでどうすんだ。」

そう呟いて丼を持ち上げた、その時だった。

――カタリ。

誰も触れていないはずの丼が、小さく震えた。

店主はゆっくりと視線を落とす。スープの表面には、一瞬だけ見知らぬ景色が映っていた。

赤黒く染まった空。崩れ落ちる山々。泣き叫ぶ神々。

そして、その中心で一人立ち尽くす ━━自分。

「……今のは。」

瞬きをした瞬間、映像は消えていた。

店主はしばらく動かなかった。

「見間違い……じゃねぇよな。」

静かな路地裏に、夜風だけが吹き抜ける。暖簾が揺れ、提灯の灯がわずかに揺らめいた。

店主は誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。

「嫌な未来だ。」

その胸の奥に生まれた小さな不安は、まだ誰にも知られていなかった。


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