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世界を創った神ですが、悩める客にラーメンを出していたら世界を救うことになりました。  作者: 霜月 羽流


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5/20

5杯目 貧乏神は福を知らない

暖簾が夜風に揺れる。

今日も路地裏には、人通り一つない。店主は屋台の提灯に火を灯し、大きく伸びをした。

「さて……今日はどんな客が来るかな。」

そう呟いた時だった。ぐぅぅぅぅ……

静かな路地裏に、腹の虫の鳴く音が響いた。

店主は思わず吹き出す。

「腹の音だけは元気だな。」

音のした方を見ると、電柱の陰から一人の少女がこちらを覗いていた。

ぼさぼさの黒髪。少し大きめの着物。裸足。

どこか自信なさげにこちらを見つめている。少女と目が合うと、慌てて身を隠した。

店主は苦笑しながら声を掛ける。

「隠れても腹の音でバレてるぞ。」

少女はゆっくりと顔を出した。

「……ご、ごめんなさい。」

「謝ることじゃねぇよ。腹減ってるんだろ?」

少女はこくりと頷く。

「じゃあ、食ってけ。」

「えっ……でも、お金……。」

「そんなもん後でいい。」

「でも……。」

「腹減ってる時は、悩みも大きく見える。」

店主はそう言うと暖簾を持ち上げた。

「ほら、座んな。」

少女は少し迷ったあと、小さく頭を下げて席へ座った。

店主は寸胴鍋の蓋を開ける。湯気と一緒に、鶏と野菜の優しい香りが広がる。

麺を茹で、丁寧に湯切りをし、醤油だれを合わせる。最後に透き通った黄金色のスープを注ぎ、チャーシュー、メンマ、青ねぎをのせる。

店主は丼を少女の前へ置いた。

「お待ちどう。今日は醤油ラーメンだ。」

少女は目を丸くした。

「きれい……。」

「冷めるぞ。」

「い、いただきます。」

恐る恐る麺をすすった。その瞬間。

少女の表情が止まった。

「……お、おいしい。」

もう一口。さらにもう一口。

気付けば夢中になって食べていた。

最後の一滴まで飲み干し、大きく息を吐く。

「こんなに温かいご飯……久しぶり。」

店主は静かに笑った。

「そりゃ良かった。」

少し沈黙が流れる。店主は丼を見ながら尋ねた。

「それで?」

「え?」

「紹介がないとここへ来られない。」

少女は少し驚いた。

「どうして分かったの?」

「そういう店だからさ。」

少女は小さく笑う。

「わたしね……座敷わらしちゃんから聞いたの。」

店主は思わず吹き出した。

「やっぱりあいつか。」

「あの子、『困ったら絶対行って!』って。」

「営業してくれてんのか。」

少女は少し表情を曇らせた。

「……でも、本当に来てよかった。」

「悩みでもあるのか?」

少女はしばらく黙っていた。やがて、小さな声で言った。

「わたし……貧乏神なの。」

店主は「ああ」とだけ答えた。驚きもしない。少女は続ける。

「人の近くにいるだけで、お金がなくなったり、仕事がなくなったり、失敗したりする。」

「だから、みんなに嫌われる。」

「神社にも追い払われる。」

「妖怪にも近寄るなって言われる。」

少女は膝の上で手を強く握った。

「……わたしなんて、生まれてこなければよかった。」

店主は静かに聞いていた。否定もしない。慰めもしない。ただ聞く。

やがて店主は言った。

「それで?」

「え?」

「お前はどうしたい?」

貧乏神は戸惑う。

「どうしたい……?」

「誰かに決めてもらうんじゃない。」

「お前はどうなりたい?」

少女は目を閉じた。何度も考える。何度も。

そして小さく呟いた。

「……誰かを幸せにしたい。」

その瞬間。丼に残ったスープが静かに揺れた。水面が鏡のようになる。

未来が映り始めた。

━━ 一人の商人。裕福な男だった。

そこへ貧乏神が近付く。男は次々と仕事を失う。店も潰れる。

友人も離れていく。男は絶望した。

「なんで俺だけ……。」

何日も苦しむ。何度も失敗する。それでも諦めなかった。

小さな屋台を始めた。毎日笑顔で料理を作った。

客が一人。二人。十人。百人。

店は街一番の人気店になった。

ある日。男は空を見上げて笑う。

「あの時失ってよかった。」

「あれがなきゃ、今の俺はいない。」━━

未来はそこで途切れた。貧乏神は呆然としていた。

「……どういうこと?」

店主は腕を組む。

「貧乏は確かに苦しい。」

「でもな。」

「失うから見つかるものもある。」

少女は静かに聞いている。

「仕事を失う。」

「家を失う。」

「金を失う。」

「その先で初めて、本当にやりたいことを見つける奴もいる。」

「お前は不幸だけ運んでるんじゃない。」

「人生を変えるきっかけも運んでる。」

少女の目から涙が一粒落ちた。

「そんな風に言われたの……初めて。」

店主は笑う。

「福の神は幸せを運ぶ。」

「でもな。」

「幸せだけじゃ人は成長しねぇ。」

「貧乏神がいるから福の神も輝く。」

少女は少し考えてから言った。

「じゃあ……わたしにも意味があるの?」

店主は即答した。

「あたりめぇだ。」

「世界にいらねぇ神なんて、一柱もいねぇ。」

貧乏神は立ち上がった。さっきまでの暗い表情は消えていた。

「ありがとう。」

深く頭を下げる。

「また来てもいい?」

「ラーメン食いに来るなら歓迎だ。」

「相談じゃなくても?」

「腹が減ったら来い。」

少女は笑った。それは今まで誰にも見せたことがない、柔らかな笑顔だった。

「じゃあ、またね!」

軽い足取りで路地裏を駆けていく。その背中を店主は見送った。

「……貧乏神があんな笑顔するとはな。」

食器を洗いながら、小さく笑う。

すると屋台の隅に、一枚の古びた五円玉が落ちていた。店主はそれを拾い上げる。

「忘れ物か?」

そう思った次の瞬間。五円玉はふわりと光り、音もなく消えた。

店主は少しだけ空を見上げる。

「福ってのは、案外すぐ近くにあるもんだな。」

暖簾が静かに揺れる。

次の客を迎えられるように。


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