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世界を創った神ですが、悩める客にラーメンを出していたら世界を救うことになりました。  作者: 霜月 羽流


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11/20

11杯目 座敷わらしは幸せをしっている


夜風が暖簾を揺らす。

屋台の提灯は今日も変わらず路地裏を照らしていた。

店主は寸胴鍋の蓋を開け、静かにスープをかき混ぜる。

「今日は少し多めに仕込んじまったな。」

そう呟いた、その時だった。

「たっだいまー!」

元気いっぱいの声が路地裏に響く。店主は振り返るよりも先に笑っていた。

「その声は……。」

暖簾を勢いよくくぐってきたのは、小さな少女だった。

栗色の髪を肩まで伸ばし、赤い着物を元気よく揺らしながら走ってくる。

「店主さーん!」

少女は勢いそのままに店主へ飛びついた。

「おっと!」

店主は慌てて受け止める。

「危ねぇな。」

「えへへ。」

少女は満面の笑みを浮かべた。

「久しぶり!」

店主は頭を優しく撫でる。

「元気そうだな。」

「うん!」

その笑顔は、初めて会ったあの日とはまるで違っていた。

あの日は、路地裏で倒れ、今にも消えそうだった。

泣きそうな顔をしていた少女が、今ではこんなにも明るく笑っている。

店主は少しだけ嬉しそうに目を細めた。

「腹減ったか?」

「もちろん、ラーメン!」

「やっぱりそれか。」

「だって店主さんのラーメン世界一だもん!」

「また大げさな。」

「ほんとだもん!」

店主は苦笑しながら鍋へ向かう。

「今日は何食べたい?」

少女は腕を組み、本気で悩み始めた。

「うーん……味噌も醤油も塩も担々麺も、全部好き!」

店主は吹き出した。

「一杯しか作らねぇ。」

「えー!じゃあ……。」

少女はにこっと笑う。

「店主さんのおまかせ!」

「了解。」

店主は麺を茹で始める。今日は少しだけ特別だった。

醤油をベースに、味噌をほんの少し隠し味として加える。

さらに鶏油をひと回し。最後に刻み柚子を添えた。

「ほい。」

少女は目を輝かせる。

「すごーい!いただきます!」

勢いよく麺をすすった。

「あっつ!」

店主は笑う。

「毎回学習しねぇな。」

「だっておいしそうなんだもん!」

少女はふーふーしながら食べ進める。

屋台には幸せそうな笑い声が響いていた。

やがて丼は空になる。

「ごちそうさま!」

少女は満足そうにお腹をさする。

「おいしかったぁ。」

店主は湯呑みを差し出した。

「ほら。」

「ありがと。」

少しだけ静かな時間が流れる。

店主はふと思った。

「今日は相談じゃねぇのか?」

少女は首を横に振る。

「ううん。」

「今日はね。」

「お礼を言いに来たの。」

店主は少し驚く。

「お礼?」

「うん。」

少女は嬉しそうに話し始める。

「あの日からね。わたし、人間のおうちに住めるようになったの。前は誰も気づいてくれなかった、でも今は違う。『おかえり』って言ってくれる人がいる。『いただきます』って一緒にご飯を食べる人もいる。一緒に笑ってくれる、一緒に泣いてくれる。」

少女は目を細めて笑った。

「家族って、こんなに温かいんだね。」

店主も自然と笑みを浮かべる。

「そうか。よかったな。」

少女は何度も頷いた。

「全部、店主さんのおかげ!」

「俺はラーメン作っただけだ。」

「違うよ。」

少女は真っ直ぐ店主を見る。

「あの日、店主さんが『生きてみろ』って言ってくれたから。だから今のわたしがいるの。」

店主は少し照れくさそうに鼻をかいた。

「そんな立派なこと言ったか?」

「言った!」

少女は即答する。

「ちゃんと覚えてる!」

二人は顔を見合わせて笑った。

しかし、その笑顔は長く続かなかった。

少女の表情が少しだけ曇る。

「でもね……。」

店主はその変化を見逃さなかった。

「どうした。」

少女は少し迷ったあと、小さな声で言う。

「最近ね。変な夢を見るの。」

店主の表情が少しだけ変わる。

「夢?」

少女は頷く。

「屋台が壊れてる夢。誰もいない路地裏。真っ赤な空。……それから。」

少女は不安そうに店主を見る。

「店主さんが、泣いてる夢。」

店主の手が、一瞬だけ止まった。。

しかし、それもほんの一瞬だった。

「夢か。」

そう呟くと、何事もなかったように湯呑みを片付け始める。

座敷わらしは俯いたまま、小さく頷いた。

「うん……最初はただの夢だと思ってた。でもね、何回も見るの。」

屋台には静かな時間が流れる。

寸胴鍋がぐつぐつと音を立てている。その音だけが二人の間を埋めていた。

店主は静かに椅子へ腰を下ろす。

「どんな夢なんだ?」

座敷わらしは少しだけ考えながら話し始めた。

「屋台は壊れてるし提灯も落ちてて。丼も割れてる。路地裏には誰もいなくて、空は赤くて……。」

少女は体を小さく震わせた。

「すごく怖かった。」

店主は何も言わず聞いている。

「それでね、店主さんが一人で立ってるの。でも……。」

少女は言葉を詰まらせた。

「泣いてるの、店主さんが。わたし、その姿を見たことないのに、どうしてか分からないけど……すごく悲しかった。」

店主は静かに目を閉じた。

夢の内容は、自分が最近見た未来の欠片とよく似ていた。

だが、それを口にすることはしなかった。

「夢ってのは、不思議なもんだ。」

そう言って笑う。

「全部が本当になるわけじゃねぇ。」

座敷わらしは店主の顔を見つめる。

「……本当に?」

「ああ。」

「でも。」

店主は空になった丼を少女の前へ置いた。

「念のため、見てみるか。」

座敷わらしは小さく頷く。

「うん。」

二人は一緒に丼を覗き込んだ。

黄金色のスープが静かに揺れる。

波紋が広がり、やがて一つの景色を映し始めた。

━━明るい昼下がり。屋台の前には長い行列ができていた。

人間、妖怪、神、様々な客が笑顔で順番を待っている。

「今日は何ラーメン?」

「店主さん、おかわり!」

「また相談しに来たぞ!」

店主は忙しそうにラーメンを作っている。

その隣では――

「はい、お水です!」

「次のお客さんどうぞ!」

座敷わらしが楽しそうに店を手伝っていた。

「あっ、チャーシュー切れてる!」

「今持ってくる!」

店主は笑いながら言う。

「助かる。」

「えへへ!」

屋台には笑い声が絶えない。

提灯は明るく灯り、温かな湯気が空へ昇っていく。

そこには、誰一人泣いている者はいなかった。

景色はゆっくりと消えていく━━

スープは元の姿へ戻った。座敷わらしは目を丸くしていた。

「これ……未来?」

店主は頷く。

「ああ。お前が”こうしたい”って思った未来だ。」

座敷わらしは嬉しそうに笑った。

「わたし、お手伝いしてる!」

「そうみたいだな。」

「やった!」

飛び跳ねるように喜ぶ座敷わらしを見て、店主も思わず笑う。

「そんなに嬉しいか?」

「うん!」

少女は満面の笑みで答えた。

「だって、恩返しできるもん!」

店主は照れくさそうに頭をかいた。

「恩返しなんていい。」

「でも!」

座敷わらしは首を横に振る。

「あの日、路地裏で倒れてたわたしを助けてくれた。ラーメンも作ってくれた、生きる勇気もくれた。だから今度はわたしが店主さんを助ける番!」

その真っ直ぐな言葉に、店主は少しだけ目を伏せた。

「……そうか。」

「約束ね!」

少女は小指を差し出す。

「今度困ったら、わたしも助ける!」

店主は少し困ったように笑う。

「子ども相手に約束か。」

「子どもじゃないもん!」

「座敷わらしだもん!」

「そうだったな。」

店主も小指を差し出した。

二人の小指が結ばれる。

「指切りげんまん。」

「嘘ついたら針千本。」

「飲〜ます!」

二人は顔を見合わせて笑った。

その瞬間だった。

店主の胸の奥に、ほんの少しだけ温かいものが灯る。

――もし、本当にあの未来が来るなら。

――この約束は守れなくなるかもしれない。

そんな考えが頭をよぎる。

しかし店主は、それを口にしなかった。

「よし。次来たら、皿洗いからな。」

「えぇー!」

「手伝うって言ったろ。」

「ラーメン運ぶ係がいい!」

「皿洗いも立派な仕事だ。」

「むぅ……。」

頬を膨らませる座敷わらしに、店主は声を上げて笑った。

「分かったよ!皿洗いも頑張る!その代わり、まかないラーメン食べさせて!」

「ちゃっかりしてんな。」

「えへへ!」

笑い声が屋台いっぱいに広がる。

座敷わらしは暖簾をくぐる前に振り返った。

「店主さん!」

「なんだ?」

「絶対また来るね!」

「待ってる。」

少女は大きく手を振り、夜の路地裏を駆けていった。

その背中を見送りながら、店主は静かに呟く。

「……また来い。何度でも。」

誰にも聞こえないほど小さな声だった。

店主は空になった丼を洗い始める。

水を流し、ふと先ほど小指を結んだ自分の手を見る。

その小指には、一瞬だけ赤い糸のような光が結ばれていた。

店主は目を瞬かせる。だが次の瞬間には、もう消えていた。

「……気のせい、か。」

そう呟きながらも、その温もりだけは不思議と消えなかった。

暖簾が静かに揺れる。

その小さな約束が、遠い未来で大きな意味を持つことを、まだ二人は知らなかった。


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