第九話「隣のおじちゃん」
第九話「隣のおじちゃん」
その日の夕方。
「ただいまー!」
夜市の熱気の中、
渚が勢いよく店に入る。
「おかえりー」
「おう」
美鈴と海太が、
忙しそうに手を動かしながら返事をした。
油の弾ける音。
香辛料の匂い。
林鶏排は今日も賑わっていた。
渚はカウンターへ身を乗り出す。
「ねー、隣のおじちゃん、
もうお店やらないのかなー?」
美鈴の手が少し止まる。
「どうだろうねぇ」
少しだけ、
声のトーンが落ちた。
「一月に奥さん亡くなって、
相当ショックだったみたいだからね」
「そっか……」
「一人じゃ、
お店も出来ないだろうし」
隣の店は、
ずっと閉まっているままだった。
渚は少し考える。
そして。
「小雪がね、
バイトしたいんだって」
「へぇ?」
美鈴が顔を上げる。
「おじちゃんのお店どうかなーって」
そして渚は、
少し笑った。
「また、おじちゃんの炒飯食べたいし」
海太は黙ったまま、作業を続ける。
やがて。
「……そうだな」
低い声が返る。
「家に篭ってても良くねぇからな」
海太は手を止める。
「今日、人少ないし、
店番頼めるか?」
「いいわよ」
美鈴がすぐ頷く。
「ね、渚」
「うん!」
渚は元気よく返事をした。
海太はタオルを肩へ掛ける。
「大将の様子、
ちょっくら見てくるわ」
「いってらっしゃーい!」
親子の声が重なる。
海太の背中が、
夜市の人混みへ消えていった。
その後。
美鈴がふと渚を見る。
「そんなことより、
小雪ちゃん急にどうしたの?」
「お母さんのお墓参りに行きたいんだって」
渚は袋へ大鶏排を詰めながら答える。
「あと、
北海道のおじいちゃんとおばあちゃんの家にも」
美鈴は少しだけ目を細めた。
「そうだったの」
そして。
ぽつりと呟く。
「……本当にいい子ねぇ」
渚は少し誇らしそうだった。
「あんた小雪ちゃんのこと助けてあげなさいよ?」
「わかってるよ!」
渚はすぐ答える。
そして。
「あと、私もついて行くから!」
「えっ」
美鈴の動きが止まる。
「そんなのご迷惑でしょ!」
「大丈夫だって!」
「だいたいお金どうするの!」
美鈴が呆れた顔になる。
「お母さんたちは手伝わないからね!」
「大丈夫!」
渚は胸を張った。
「バイト頑張るから!」
「……あんたねぇ」
美鈴は呆れながらも、
少し笑っていた。
その時。
夜市の向こうから、
海太の豪快な笑い声が少しだけ聞こえてきた。
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