第七話「晴明節」
第七話「清明節」
昼休み。
「小雪、今週末空いてる?」
渚が机へ頬杖をつきながら聞いた。
「うん、予定はないけど」
「ウチのお墓参りおいでよ」
「お墓参り?」
「うん、清明節っていうの」
渚はシャーペンをくるくる回しながら言う。
「今年は入学式とかあったから、ちょっと遅れちゃったんだけど」
「人の家のお墓参りなんて、行っていいのかな」
「全然、問題ない!」
渚は笑う。
「ご先祖様に小雪のこと紹介しなくっちゃ」
距離感が近い。
本当に近い。
でも。
少し嬉しかった。
「……わかった、行く」
「じゃあ決まりね!」
渚は満足そうに笑う。
「ウチの車で迎えに行くからさ!あとで住所送っといて!」
「うん」
週末。
マンションの前へ、大きなワゴン車が止まった。
窓が開く。
「小雪ー!」
渚が大きく手を振っていた。
「おはようございます」
小雪が頭を下げる。
「今日はよろしくお願いします。先日はごちそうさまでした」
「やっぱり小雪ちゃんはいい子だなぁ〜」
運転席の海太が豪快に笑う。
「小雪ちゃん、ご家族ダージーパイ食べてくれた?」
後部座席から美鈴が身を乗り出した。
「はい。ちゃんと完食してました」
「嬉しいね海太さん!」
「そうだな」
海太は嬉しそうに頷く。
その時。
美鈴が窓の外を見た。
「綺麗なマンション〜。ここ最近できたところでしょ?」
「ウチもこんなとこ住みたいなー」
渚が笑う。
海太は無言だった。
「……お父さん頑張って」
「うるせぇ」
車の中に笑いが広がる。
「今日はウチの親戚いっぱい集まってるから」
渚が振り返る。
「え、そうなの?」
小雪は少し緊張した。
「私行っていいのかな……」
「小雪ちゃん気にすんな!」
海太が笑う。
「料理もいっぱいあるからな!」
墓地へ着いた瞬間。
パンッ!!
爆竹の音が響いた。
「!?」
小雪の肩が跳ねる。
「ははは!びっくりした?」
渚が笑う。
線香の匂いが漂う。
親戚らしき人たちが、あちこちで墓の掃除をしていた。
雑草を抜く人。
墓石を拭く人。
供え物を並べる人。
子供たちはその周囲を走り回っている。
笑い声。
煙。
食べ物の匂い。
小雪は少し戸惑う。
「……お墓参りだよね?」
「そうだけど?」
渚は不思議そうな顔をした。
まるで、家族の集まりみたいだった。
墓の前には、大量の供え物が並べられていた。
果物。
缶ジュース。
鶏肉。
酒。
お菓子。
そして。
薄い皮に包まれた食べ物。
「これ何?」
「潤餅」
渚が笑う。
「台湾の清明節でよく食べるの」
「クレープみたい」
「でも甘いよ」
「え?」
日本のお墓参りとは全然違う。
親戚たちが慣れた様子で供え物を並べていく。
海太も黙々と動いていた。
やがて。
渚が線香へ火をつける。
「小雪、お参りしたことある?」
「神社とかお寺なら」
手を合わせる空気は、どこか本土のものとは違って見えた。
渚は線香を額の前へ持っていく。
目を閉じる。
数秒だけ。
周囲の音が遠くなった気がした。
さっきまで親戚と騒いでいたのに。
今だけは別人みたいに静かだった。
小雪はぼんやり、その横顔を見つめる。
普段はうるさくて、距離も近くて、ずっと喋っているのに。
手を合わせる渚は、少しだけ大人っぽく見えた。
そして。
綺麗だと思った。
「……小雪?」
渚が薄く目を開ける。
「えっ」
「小雪もやって!」
「あ、うん」
小雪は少し慌てながら、線香を受け取った。
温かい。
独特な香りがする。
渚の隣へ並ぶ。
周囲では、親戚たちも順番に手を合わせていた。
小雪も真似をするように、そっと目を閉じる。
何をお祈りすればいいのか、よく分からない。
でも。
ふと、母の顔が浮かんだ。
煙の匂い。
爆竹の残り香。
遠くの話し声。
台湾のお墓参りは、本土とは全然違う。
なのに。
なぜか少しだけ、懐かしい気がした。
その後。
親戚の男性たちが、黄色の紙を取り出した。
それらを炉で燃やす。
紙は炎の中でゆっくり黒く崩れていった。
「……何してるの?」
小雪が小声で聞く。
「紙のお金」
渚も小声で答える。
「ご先祖様に送るお金」
「向こうで困らないように」
炎がぱちぱち音を立てる。
不思議だった。
でも。
誰もふざけていない。
ちゃんと大事なこととしてやっていた。
やがて。
「まだ食べちゃダメねー」
親戚のおばちゃんが笑いながら言う。
「今、ご先祖様食べてるから」
「えっ」
小雪は思わず墓を見る。
「そういう文化なの」
しばらくして。
線香が短くなる頃。
親戚たちが供え物を片付け始めた。
果物も。
飲み物も。
潤餅も。
全部持ち帰るらしい。
「持って帰るんだ」
「うん」
渚が頷く。
「ご先祖様と分けて食べるの」
墓地をあとにすると。
今度は近くの親戚の家へ集まった。
親戚たちが次々料理を運んでくる。
テーブルが埋まっていく。
「これ食べな!」
「ほら、飲み物!」
距離が近い。
本当に近い。
気づけば。
小雪の皿には料理が山みたいに積まれていた。
「これ何?」
「潤餅!」
さっき供えていたものだった。
小雪は恐る恐る齧る。
野菜。
肉。
そして。
「……甘い?」
「でしょ?」
渚が笑う。
「ピーナッツ入ってるから」
甘いのに、しょっぱい。
不思議な味だった。
すると。
「渚ー!その子誰ー?」
親戚らしい女性が声を掛けてくる。
「小雪!」
渚は嬉しそうに小雪の肩を引き寄せた。
「最近、本土から引っ越してきたんだよ!」
「へぇ〜!」
周囲の親戚たちが一斉に小雪を見る。
「東京から!?」
「えぇっ!?」
「すごいねぇ!」
距離が近い。
本当に近い。
すると渚は、少しだけ照れくさそうに笑った。
「ご先祖様に紹介したかったから連れてきた!」
その言葉に。
小雪は少しだけ目を丸くした。
なんだか、家族の中へ混ぜてもらえたみたいで。
少しだけ、胸が温かくなった。
少し騒がしい。
でも。
嫌じゃなかった。
ふと。
窓の外を見る。
青い台湾の空が広がっていた。
小雪はぼんやり思う。
今年は。
お母さんのお墓参り、行けるかな。




