表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もしも台湾が日本だったら〜小雪と渚、二人の少女の物語〜  作者: Taky.Bates


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/41

第四十話「旅の終わり」

第四十話「旅の終わり」


翌朝。


北海道の朝は、

静かだった。


窓の外には、

昨日と同じ広い空がある。


けれど、

今日の空は少しだけ違って見えた。


帰る日だからだ。


小雪は畳の上に置いた荷物を見下ろした。


山梨で増えたもの。


北海道で増えたもの。


服よりも、

思い出の方が重い気がした。


玄関の方から、

豊平の声がした。


「さあ、行くぞ」


小雪は小さく頷く。


「うん」


外に出ると、

リュウが玄関の前に座っていた。


昨日よりも、

少しだけ眠そうな顔をしている。


それでも小雪を見ると、

ゆっくりと尻尾を振った。


「リュウ」


小雪はしゃがんだ。


リュウの頭を撫でる。


昔より白くなった毛。


少し硬くなった背中。


ゆっくりとした呼吸。


小雪は両腕を伸ばし、

リュウをそっと抱きしめた。


「またね」


声が少しだけ震えた。


「元気でいるんだよ」


リュウは、

小雪の腕の中で小さく鼻を鳴らした。


小雪は目を閉じる。


「また、来るからね」


それは、

リュウに言った言葉だった。


けれど同時に、

北海道そのものに言っているようでもあった。


よし江がそっと見守っている。


豊平は何も言わなかった。


ただ、

車のそばで待っていた。


四人は車に乗り、

帯広空港へ向かった。


道は、

相変わらずまっすぐだった。


畑が続く。


電柱が流れる。


遠くの山が、

少しずつ後ろへ下がっていく。


渚は窓の外を見ていた。


いつもなら何か言いそうなのに、

今日は黙っていた。


小雪も、

何も言わなかった。


言葉にすると、

本当に終わってしまう気がした。


やがて車は、

帯広空港に到着した。


荷物を降ろし、

出発ロビーへ向かう。


人の声。


キャリーバッグの音。


アナウンス。


羽田空港ほどではない。


けれど、

旅が終わる音がした。


小雪は豊平とよし江の前に立った。


「おじいちゃん」


「おばあちゃん」


二人の顔を見る。


言いたいことは、

たくさんあった。


でも、

小雪の口から出たのは短い言葉だった。


「ありがとう」


よし江は微笑んだ。


少しだけ目が潤んでいた。


「いつでも帰っておいで」


小雪は頷く。


「うん」


豊平は、

いつものように真っ直ぐ小雪を見た。


「元気でな」


それだけだった。


けれど、

小雪には十分だった。


「うん」


小雪は静かに答えた。


「元気でいてね」


豊平は短く頷いた。


「ああ」


渚も一歩前に出た。


「小雪のおじいちゃん、おばあちゃん」


深く頭を下げる。


「ありがとうございました!」


よし江は嬉しそうに笑った。


「渚ちゃんも、遠いところありがとう」


「また、いつでも遊びに来てね」


「はい!」


渚は顔を上げた。


「絶対また来ます!」


渚の顔がぱっと明るくなる。


「はい!」


「雪、見に来ます!」


小雪は少し笑った。


「寒いよ」


「いいの!」


よし江が小雪を見る。


「小雪ちゃん」


「うん」


「体に気をつけるのよ」


「お父さんにも、よろしくね」


「うん」


小雪は頷いた。


「二人とも、身体に気をつけて」


「ありがとう」


よし江が言った。


豊平も、

もう一度短く頷いた。


搭乗口へ向かう時間になった。


小雪と渚は荷物を持つ。


小雪は一度だけ振り返った。


よし江は、

いつまでも手を振っていた。


豊平は、

手を振らなかった。


ただ、

真っ直ぐに二人を見送っていた。


その姿が、

小雪には祖父らしく見えた。


小雪は小さく頭を下げる。


渚も大きく手を振った。


「また来ますー!」


よし江が笑う。


豊平の口元が、

ほんの少しだけ緩んだ。


二人の姿が見えなくなるまで、

よし江は手を振っていた。


豊平は、

何も言わずに立っていた。


やがて、

よし江がぽつりと言う。


「いいお友達が出来たのね」


豊平はしばらく黙っていた。


それから、

短く答えた。


「そうだな」


その声は、

少しだけ優しかった。


小雪と渚は搭乗ゲートを抜けた。


この旅が終わる。


山梨で食べた桃。


生まれて初めて見た、

大きな富士山。


バスの窓から見えた、

レインボーブリッジ。


北海道の広い空。


リュウのあたたかさ。


よし江のシチュー。


豊平の短い言葉。


そして、

渚の知らなかった小雪の過去。


どれも渚にとっては、

初めての経験だった。


けれどそれは、

小雪にとっても同じだった。


自分の家族を知ること。


自分の過去を知ること。


自分がどこから来たのかを、

もう一度確かめること。


この旅は、

ただの旅行ではなかった。


小雪と渚が、

少しだけ大人になるための旅だった。


飛行機に乗り込むと、

渚は座席に体を預けた。


「あー」


「もう、帰っちゃうのかー」


小雪は隣でシートベルトを締める。


「寂しい?」


「めっちゃ寂しいよー」


渚は窓の外を見る。


「山梨も北海道も、もっといたかった」


「うん」


小雪も頷いた。


「あっという間だったね」


渚は小雪を見る。


それから、

少しだけ真面目な顔をした。


「でも、めっちゃ楽しかった!」


「小雪」


「うん」


「ありがとう!」


小雪は少し驚いたように渚を見る。


渚は笑っていた。


いつもの明るい笑顔だった。


でも、

その奥に少しだけ寂しさがあった。


小雪は目を伏せる。


「こちらこそ、ありがとう」


小さく会釈をした。


飛行機が、

ゆっくりと動き出す。


滑走路へ向かう機体の窓から、

北海道の空が見えた。


広くて。


遠くて。


静かな空。


小雪は、

その空を目に焼きつけた。


やがて飛行機は加速し、

地面を離れた。


畑が小さくなる。


道が細くなる。


家が点のようになっていく。


北海道が、

少しずつ遠ざかっていく。


でも、

もう遠いだけの場所ではなかった。


そこには、

祖父母がいる。


リュウがいる。


翔がいる。


冬城家のお墓がある。


小雪の知らなかった時間がある。


そして、

また帰る場所がある。


小雪は窓の外を見ながら、

静かに思った。


また来る。


飛行機は、

台湾県へ向けて飛んでいった。


夕方。


飛行機は台湾県へ到着した。


空港の扉が開いた瞬間、

湿った空気が二人を包んだ。


渚が大きく息を吸う。


「あー」


「帰ってきたー!」


小雪は少しだけ眉を寄せる。


「暑い」


「出た、小雪の第一声!」


「本当に暑い」


渚は笑った。


「でも、台湾県って感じでしょ?」


小雪は少し考えて、

頷いた。


「うん」


「帰ってきた感じはする」


渚は嬉しそうに笑う。


けれどすぐに、

少し寂しそうな声を出した。


「あー、小雪との旅行が終わっちゃうー」


小雪は荷物を引きながら言う。


「そうだね」


そして、

少しだけ間を置いた。


「また、行こ」


渚の顔が明るくなる。


「うん!」


「絶対行く!」


空港の出口に向かうと、

見慣れた三人の姿があった。


海太。


美鈴。


そして、

一平。


美鈴が大きく手を振る。


「おかえりー!」


海太も笑っている。


「おかえり、渚!」


「楽しかったか?」


渚は駆け寄るように歩いた。


「めっちゃ楽しかった!」


「山梨も北海道も、すごかった!」


美鈴が笑う。


「よかったじゃない!」


一平は、

少し離れたところで小雪を見ていた。


「おかえり」


小雪は一平の前に立つ。


「ただいま」


その言葉を言った瞬間、

小雪の胸の奥が少しだけ温かくなった。


北海道でも言った言葉。


山梨でも言った言葉。


そして今、

台湾県でも言った言葉。


ただいま。


その言葉を言える場所が、

小雪にはいくつもあるのだと思った。


一平が聞く。


「楽しかったか」


小雪は頷いた。


「うん」


「楽しかった」


それだけでは足りない気がして、

もう一度言う。


「行ってよかった」


一平は小さく頷いた。


「そうか」


その声は静かだった。


けれど、

少しだけ安心したように聞こえた。


海太が明るく言う。


「今日は店休みだけどな」


「明日は二人の報告会だ!」


「大将も楽しみにしてるぞ!」


渚が元気よく頷く。


「うん!」


「明日にはお土産も届くよ!」


美鈴が首を傾げる。


「お土産?」


「山梨からも北海道からも」


渚は得意げに言った。


「小雪のおじいちゃんとおばあちゃんが送ってくれたよ!」


美鈴は驚いた顔をする。


「えー!」


「そんな、申し訳ない」


海太も一平を見る。


「一平さん、すみません」


一平はいつもの調子で答えた。


「いえ」


「両親が勝手にやったことですから」


小雪はその言葉に、

少しだけ笑った。


豊平も。


よし江も。


孝男も。


鶴子も。


みんな勝手に、

たくさんのものを持たせてくれた。


それはきっと、

家族の形なのだと思った。


美鈴が手を叩く。


「さあ、帰ろう!」


海太が荷物を持つ。


「腹減っただろ?」


渚が笑う。


「うん!減った!」


「飛行機乗ってただけなのに?」


「乗ってるだけでもお腹空くの!」


小雪も荷物を持ち直す。


一平が自然に、

その一つを持った。


「持つよ」


「大丈夫」


「いいから」


小雪は少しだけ迷って、

手を離した。


「ありがとう」


一平は何も言わなかった。


ただ、

荷物を持って歩き出した。


小雪はその背中を見た。


北海道で聞いた、

祖父の言葉を思い出す。


小雪の思うように生きるんだぞ。


父は何も知らないような顔で歩いている。


でも、

小雪は知った。


父もまた、

ずっと小雪のために歩いてきたのだと。


空港の外に出る。


夕方の台湾県の空は、

北海道よりも低く、

湿っていて、

人の声が近かった。


山梨。


北海道。


台湾。


どこも違う。


どこも同じではない。


それでも、

小雪の中で、

全部がつながっていた。


こうして、

小雪と渚の旅は終わった。


きっと、

いつまでも心に残る。


ただ楽しかっただけではない。


少し寂しくて。


少し苦しくて。


それでも温かい。


大切な旅だった。


小雪は隣を歩く渚を見る。


渚も小雪を見る。


二人はどちらからともなく、

少しだけ笑った。


旅は終わった。


でも、

日常はまた始まる。


台湾県の夜市には、

今日も灯りがともる。


福來炒飯の鍋の音が響き。


林鶏排の油の匂い。


そして、

台湾県の夕方の空の下を歩き出した。


また新しい日常へ。


挿絵(By みてみん)

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


山梨編、そして北海道編と続いた小雪と渚の旅は、今回で一区切りとなります。


山梨では、小雪の母方の家族と出会い。


北海道では、小雪の幼い頃の記憶や、父・一平の想い、祖父母とのつながりに触れることができました。


渚にとっても、小雪にとっても、ただの旅行ではなく、少しだけ自分たちの世界が広がる旅になったと思います。


次回からは、台湾県での日常へ戻ります。


小雪と渚のいつもの毎日。


ここからは更新ペースを少し整えて、週一連載として一話ずつ進めていく予定です。


ゆっくりにはなりますが、その分、一話一話を大切に書いていきます。


これからも『もしも台湾が日本だったら』をよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ