表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もしも台湾が日本だったら〜小雪と渚、二人の少女の物語〜  作者: Taky.Bates


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/41

第三十七話「二人の夢」

第三十七話「二人の夢」


散歩を終えて、

小雪と渚は冬城家へ戻った。


リュウは満足したのか、

庭先の日陰に座っている。


渚はリュウの頭を撫でながら、

小雪を見た。


「翔ちゃんの家行くの?」


「うん、少し行ってくるね」


「いってらっしゃい!」


渚はにこにこしながら手を振った。


「ごゆっくりー」


「やめて」


渚は笑って、

わざとらしくリュウの方を向いた。


小雪は小さく息を吐く。


けれど、

少しだけ頬が熱かった。


翔の家までは、

歩いて行ける距離だった。


子供の頃は、

毎日のように通った道。


リュウと一緒に走った道。


翔と並んで歩いた道。


今は、

昔より少しだけ短く見える。


それなのに、

胸の奥は昔よりずっと落ち着かなかった。


小雪は歩きながら、

自分の手を軽く握った。


ただ幼なじみに会いに行くだけ。


そう思っても、

足取りは少しだけぎこちない。


春野家が見えてきた。


庭先では、

一人の男の人が作業をしていた。


翔の父、

春野大地だった。


大地は小雪に気づくと、

目を丸くした。


「雪ちゃんか!?」


小雪は立ち止まり、

丁寧に頭を下げた。


「こんにちは」


「お久しぶりです」


「いやあ、随分大人になって!」


大地は嬉しそうに笑った。


「翔なら中にいると思うから、行ってみな」


「はい」


小雪はもう一度頭を下げた。


「ありがとうございます」


玄関の前に立つ。


チャイムを押す前に、

小雪は少しだけ深呼吸をした。


変に緊張している。


そんな自分が、

少しおかしかった。


チャイムを鳴らす。


すぐに足音が聞こえた。


扉が開く。


出てきたのは翔だった。


その後ろから、

翔の母が顔を出す。


春野陽子。


昔と同じ、

明るくて優しい笑顔だった。


「あら、雪ちゃーん!」


「おばさん」


小雪は少し表情を緩める。


「お久しぶりです」


「本当に久しぶりねえ」


陽子は嬉しそうに小雪を見る。


「元気そうでよかったわ」


小雪はバッグから小さな箱を取り出した。


「これ、お土産です」


「まあ、ありがとう」


「台湾のパイナップルケーキです」


「気を使わなくていいのに」


陽子は笑って受け取った。


「さあ、上がって上がって」


小雪は玄関に上がった。


春野家の中は、

昔とあまり変わっていなかった。


廊下の匂い。


壁にかかった写真。


懐かしい家の空気だった。


居間に通されると、

陽子がお茶を出してくれた。


翔は向かいに座った。


小雪は湯飲みを両手で持つ。


何を話せばいいのか、

少し迷った。


「台湾はどう?」


陽子が聞いた。


「暑いです」


小雪はすぐに答えた。


翔が少し笑う。


「そんなに暑いの?」


「うん」


「雪ちゃん、昔から暑いの苦手だったもんね」


「またそれ」


小雪は少しだけ翔を見る。


翔は柔らかく笑っていた。


その顔が、

昔より少し大人びて見えた。


それから少しだけ、

台湾の学校のこと。


渚のこと。


冬城家のこと。


そんな話をした。


翔はあまり多くは話さなかった。


けれど、

小雪の話をちゃんと聞いていた。


相槌は短い。


でも、

目をそらさずに聞いてくれる。


昔と同じだった。


気づけば、

窓の外の光が少し傾いていた。


小雪は湯飲みを置く。


「そろそろ帰ります」


陽子は少し残念そうにする。


「もっとゆっくりしていけばいいのに」


「友達が待っているので」


「ああ、台湾のお友達ね」


陽子は翔を見る。


「あんた、雪ちゃん送っていきなさい」


翔はすぐに頷いた。


「わかったよ」


小雪は少し慌てる。


「大丈夫です」


「いいのいいの」


陽子は笑った。


「久しぶりなんだから」


小雪は返事に困った。


翔も、

少しだけ目をそらした。


二人は春野家を出た。


外の空気は、

昼より少しだけ涼しくなっていた。


まっすぐな道を、

二人は並んで歩く。


近すぎず。


遠すぎず。


昔なら、

何も考えずに隣を歩けた。


けれど今は、

手の位置ひとつにも少し迷う。


小雪は前を向いたまま口を開いた。


「翔ちゃん」


「うん」


「お医者さん目指してるんでしょ?」


翔は少しだけ間を置いて頷いた。


「うん」


「なれるかは、分からないけど」


「きっと大丈夫」


小雪はすぐに言った。


翔が小雪を見る。


「そうかな」


「うん」


「翔ちゃんなら、大丈夫」


その言葉に、

翔は少しだけ目を伏せた。


「ありがとう」


風が吹いた。


二人の間に、

短い沈黙が落ちる。


翔が静かに言った。


「雪ちゃんは」


「うん?」


「今でも、看護師になりたいの?」


小雪の足が、

少しだけ止まりかけた。


けれど、

すぐに歩き出す。


「うん」


小雪は前を向いたまま答えた。


「変わってないよ」


「そっか」


翔の声は、

どこか安心したようだった。


小雪は空を見上げる。


高くて広い北海道の空。


小雪は幼い頃に母を亡くした。


母がいなくなった理由を、

幼い小雪が全部理解していたわけではない。


けれど、

白い服を着て、

誰かのそばにいる人たちの姿だけは、

不思議と記憶に残っていた。


不安そうな人に声をかけて。


誰かの手を握って。


泣いている人の近くにいる人たち。


小雪はいつの頃からか、

看護師になりたいと思うようになっていた。


病気の人のそばにいたい。


悲しむ人のそばにいたい。


それが、

小雪の最初の夢だった。


翔は、

その横顔を見ていた。


「僕が医者を目指してるのは」


翔は少し迷ってから続けた。


「雪ちゃんの影響だよ」


小雪は驚いて翔を見る。


「そうなの?」


翔は少し照れたように笑う。


「うん」


「雪ちゃん、子供の頃から言ってたでしょ」


「看護師になりたいって」


翔は視線を道に落とす。


「病気の人を助けたいって」


小雪は、

そんなことを言った自分を覚えていなかった。


「それを聞いてたら」


翔は続ける。


「僕も、何かできる人になりたいと思った」


「人の役に立てる人に」


「それで、医者を目指すようになったんだ」


小雪の胸の奥が、

静かに熱くなった。


自分が昔言った言葉を、

誰かが覚えていた。


そしてその言葉が、

誰かの道を変えていた。


そんなこと、

考えたこともなかった。


「……そうなんだ」


小雪は小さく言った。


翔は少し慌てたようにする。


「重く聞こえたら、ごめん」


「違う」


小雪は首を振った。


「嬉しいよ」


その一言に、

翔の表情が少し変わった。


「嬉しい?」


「うん」


小雪は少しだけ笑った。


「じゃあ、いつか一緒に働けるかもね」


翔は一瞬黙った。


それから、

静かに笑った。


「そうなるかもね」


言葉は短かった。


けれど、

二人の間の空気が少しだけ変わった。


昔の話ではなく。


今の話でもなく。


いつかの話。


二人がまだ見たことのない未来の話だった。


冬城家が近づいてきた。


屋根が見える。


庭のあたりに、

リュウの姿も見えた。


もっと話したい。


でも、

何を話せばいいのか分からなかった。


翔も同じように、

何度か口を開きかけては閉じた。


二人とも、

昔より少しだけ大人になっていた。


冬城家の前に着く。


小雪は立ち止まり、

翔を見る。


「送ってくれてありがとう」


「うん」


「お互い、頑張ろうね」


「うん」


翔は頷いた。


けれど、

そのまま帰ろうとはしなかった。


小雪もそれに気づく。


「翔ちゃん?」


翔は、

その場に立ったままだった。


何か言いたそうに、

少しだけ視線をそらす。


「あの」


「うん」


「連絡先」


「え?」


「交換しようよ」


翔は少し恥ずかしそうに言った。


小雪の胸が、

少しだけ跳ねた。


「う、うん」


小雪は慌ててスマホを取り出す。


「いいよ」


二人は少しぎこちなく、

連絡先を交換した。


画面に翔の名前が表示される。


春野翔。


小雪はそれを見て、

不思議な気持ちになった。


昔は、

連絡先なんてなくても会えた。


家を出て、

少し歩けば翔がいた。


でも今は、

こうして交換しなければつながれない。


それが少し寂しくて。


少し嬉しかった。


「じゃあ」


小雪はスマホをしまう。


「連絡するね」


翔は小さく頷いた。


「うん」


「僕もするよ」


「うん」


二人はまた少し黙った。


庭の方で、

リュウが小さく吠えた。


その声で、

小雪は少し笑った。


「またね」


「うん」


翔も笑う。


「また」


翔は来た道を戻っていった。


小雪はその背中を見送る。


さっきよりも、

少しだけ足取りが軽く見えた。


小雪も玄関へ向かう。


手の中のスマホが、

少しだけ温かい気がした。


玄関の向こうから、

渚の声が聞こえる。


「おかえりー!」


小雪は扉の前で、

一度だけ振り返った。


まっすぐな道の向こうに、

翔の背中が小さく見える。


小雪は小さく息を吐いてから、

静かに玄関を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ