第三十三話「羽田空港」
第三十三話「羽田空港」
バスが羽田空港に到着した。
ドアが開くと、
一気に人の声が流れ込んできた。
スーツケースを引く音。
アナウンス。
足早に歩く人たち。
そこには、
たくさんの人が行き交っていた。
スーツ姿で歩く人。
小さな子供の手を引く家族。
大きな荷物を抱えた観光客。
見送りに来た人。
これからどこかへ向かう人。
その一人一人に、
それぞれの行き先がある。
それだけの人生が、
この空港の中を流れていた。
「羽田空港、すごい人だね!」
渚が目を輝かせながら言った。
小雪は荷物を引きながら、
少しだけ眉を寄せる。
「うん。人混み嫌い」
「そうなの?」
渚は意外そうに小雪を見る。
「都会って感じでいいじゃん!」
「それが嫌なの」
小雪は即答した。
「田舎の方が好き」
「えー」
渚は首を傾げる。
「でも、台北だって人多いよ?」
「そうだけど」
小雪は少し考えてから言った。
「台湾は別かな」
「何それ」
「分からないけど」
小雪は前を向く。
「東京の人混みとは、ちょっと違う」
「ふーん」
渚は納得したような、
していないような顔をした。
「小雪って、都会っ子っぽいのに」
「都会っ子じゃない」
「東京に住んでたじゃん」
「住んでただけ」
北海道。
東京。
台湾県。
山梨。
これまで色々な街で暮らしてきた。
二人はそんな話をしながら、
搭乗手続きを済ませた。
保安検査を抜け、
搭乗口へ向かう。
待合ロビーの大きな窓の向こうには、
出発を待つ飛行機が見えていた。
その奥では、
別の飛行機がゆっくりと滑走路へ向かっている。
渚は窓に近づいた。
「小雪!飛行機!」
小雪も隣に立つ。
「三日前に乗ったばっかだよ」
「いいの!」
渚は窓の外を見たまま言った。
「北海道楽しみだなー!」
「帯広だよ」
「オビヒロ」
渚はその言葉を確かめるように繰り返した。
「名前からして広そう」
「帯広だから?」
「うん」
「そのままだね」
小雪が少し笑った。
その時、
渚がスマホを取り出した。
「小雪、写真撮ろ!」
「えー、やだー」
小雪はすぐに顔をそらした。
「撮らなくていい」
「なんで?」
「写真、苦手」
「そうなの?」
「うん」
「じゃあ、なおさら撮る」
「なんでそうなるの」
渚は構わず小雪の隣に並んだ。
「はい、こっち向いて!」
「ちょっと、渚」
「イェーイ!」
シャッター音が鳴った。
画面の中には、
満面の笑みの渚と、
少し困った顔の小雪が写っていた。
渚は写真を確認して、
満足そうに頷く。
「いい感じ!」
「絶対変な顔してる」
「してないしてない」
「消して」
「やだ」
「渚」
「あとで送っておくね!」
「うーん」
小雪は小さくため息をついた。
でも、
本気で嫌がっているわけではなかった。
写真の中の自分は、
少しぎこちなかった。
けれど隣の渚は、
いつも通り楽しそうに笑っている。
その笑顔を見ていると、
小雪も少しだけ肩の力が抜けた。
やがて、
搭乗の案内が流れた。
二人は荷物を持ち、
列に並ぶ。
飛行機へ続く通路を歩くたびに、
小雪の胸の奥が少しずつ静かになっていった。
北海道。
幼い頃に住んでいた場所。
最後に訪れたのは、
もう三年ほど前だった。
子供の頃をはっきり覚えているわけではない。
けれど、
知らない場所でもない。
とても懐かしい気持ちになった。
飛行機に乗り込んだ。
二人は、
帯広空港へ飛び立った。




