第三十一話「夏祭り」
第三十一話「夏祭り」
翌日。
午後四時。
「それじゃあ渚ちゃんからね」
鶴子が浴衣を広げた。
「お願いします!」
渚は少し緊張しながら立つ。
鶴子は慣れた手つきで浴衣を着せていく。
帯を結び。
襟を整え。
最後に軽く肩を叩いた。
「はい、できた」
「わー!」
渚は鏡の前でくるりと回る。
「おばあちゃん、ありがとうございます!」
「よく似合ってるよ」
「へへへ」
渚は嬉しそうだった。
「次は小雪ちゃん」
「うん」
鶴子は箪笥を開けた。
そして一番奥から包みを取り出す。
少し色褪せた風呂敷だった。
「それ、お母さんの?」
小雪が尋ねる。
「そう」
鶴子は静かに頷いた。
「小絵が高校生の頃によく着てた浴衣だよ」
そっと広げる。
懐かしそうな表情だった。
「本当はね」
鶴子が呟く。
「捨てようとも思ったの」
「え?」
小雪は驚いた。
「見るたび思い出しちゃうからねぇ」
部屋に少しだけ沈黙が落ちる。
「でも」
鶴子は浴衣を整えながら笑った。
「どうしても捨てられなかった」
小雪は何も言わなかった。
鶴子は浴衣を着せていく。
襟を合わせる。
帯を締める。
皺を伸ばす。
その手つきはとても優しかった。
「お母さんね」
鶴子が言った。
「お祭りが大好きだったの」
「そうなんだ」
「浴衣を着てね」
「友達と出掛けるのをいつも楽しみにしてた」
小雪は少しだけ笑った。
自分の知らない母の高校時代だった。
「よし」
帯を整える。
「できたよ」
小雪が振り返る。
その瞬間だった。
鶴子の動きが止まる。
夕方の光が差し込む。
浴衣姿の小雪。
黒髪。
柔らかな笑顔。
しばらく鶴子は何も言わなかった。
「おばあちゃん?」
小雪が首を傾げる。
鶴子は少し目を細める。
「ごめんねぇ」
そう言って笑った。
「小絵が帰ってきたのかと思った」
小雪は照れたように笑う。
「そんなに似てる?」
「うん」
鶴子は頷いた。
「本当にそっくりね」
外では蝉が鳴いていた。
夏の夕方だった。
二人は浴衣姿のまま小学校へ向かった。
グラウンドには提灯が並んでいる。
中央には紅白の櫓。
焼きそば。
たこ焼き。
かき氷。
綿あめ。
台湾の夜市とは違う。
「へぇ……」
渚が辺りを見回す。
「本土のお祭りってこんな感じなんだ」
「台湾と全然違うね」
「うん」
「テレビでしか見たことない!」
盆踊りが始まった。
輪の中へ入る。
渚は見よう見まねで踊る。
小雪は少し恥ずかしそうだった。
それでも。
気付けば二人とも笑っていた。
盆踊りが終わる。
買った焼きそばやたこ焼きを広げる。
「屋台の焼きそばって何でこんなに美味しいんだろう」
小雪が呟く。
「私、屋台の焼きそば初めて食べた!」
「夜市もそうだけど」
「外で食べると美味しいんだよね」
風が吹く。
提灯が揺れる。
その時だった。
ドン――。
夜空に大きな音が響く。
見上げる。
花火だった。
赤。
青。
金色。
大輪の花が夏の夜空に咲く。
歓声が上がる。
二人は並んで空を見上げた。
お盆の終わりを告げる花火。
もうすぐ。
ご先祖様たちも帰っていく。
小雪はふと思った。
昨日のお墓参り。
今朝の仏壇。
迎え火。
精霊馬。
そして今夜の花火。
短い帰省だった。
だけど。
大切な時間だった。
隣を見る。
渚も花火を見上げていた。
「また来ようね」
小雪が言う。
「うん」
渚は笑った。
「絶対来る」
花火はまだ続いていた。
山梨最後の夜。
花火は夜空いっぱいに咲いていた。




