第二十七話「石原農園」
第二十七話「石原農園」
温泉を出た後。
孝男の運転する車は、
石原農園へ向かった。
辺りはすっかり暗くなっている。
「うわぁ……」
渚が思わず声を漏らした。
桃畑。
ぶどう棚。
作業場。
軽トラック。
そして農園の奥に建つ家。
想像していたよりずっと広かった。
「ここがおじいちゃんの家?」
「うん」
小雪が頷く。
「農園なんだ」
「すごーい……」
車を降りた瞬間。
甘い香りが漂ってきた。
「何この匂い?」
「桃だよ」
小雪が答える。
「もう少しで収穫も終わりなんだ」
渚は辺りを見回した。
作業場に桃の箱が並んでいる。
台湾では見たことのない景色だった。
家へ入る。
「あ!」
渚が思い出したように声を上げた。
「お土産!」
スーツケースを開く。
中から紙袋を取り出した。
「台湾のマンゴーとパイナップルです!」
「お母さんが選んでくれました!」
鶴子が目を丸くする。
「あらあら」
「気を使わなくていいのに」
孝男は箱を手に取った。
そして少し驚いたような顔になる。
「ほぉ……」
箱を開ける。
ふわりと甘い香りが広がった。
「良い匂いだ」
孝男が言う。
「ここまで立派に育てるのは大変だ」
「そうなんですか?」
渚は少し嬉しくなる。
「ああ」
孝男は頷いた。
「果物は、手間をかけた分だけ味に出る」
しばらくマンゴーを眺める。
それは農家の目だった。
「良い果物だね」
鶴子も頷く。
「明日みんな集まるから」
「その時いただこうね」
「はい!」
渚は元気よく返事をした。
夕食。
テーブルには料理が並んでいた。
煮物。
とうもろこし。
漬物。
味噌汁。
どれも家庭的な料理だった。
「いただきます」
四人で手を合わせる。
「小雪ちゃん」
鶴子が優しく聞いた。
「台湾の生活は慣れたかい?」
小雪は頷く。
「うん」
「最初は暑くて大変だったけど」
「今は平気」
「学校はどうだ?」
孝男も聞く。
「楽しいよ」
「友達もできたし」
「アルバイトもしてる」
「アルバイト?」
鶴子が驚く。
「高校生なのに偉いねぇ」
小雪は少し照れた。
「そんなことないよ」
すると。
渚が横から口を挟む。
「2人で今回の旅費を頑張って貯めたんです!」
「自分たちのお金で来たのか?」
孝男が聞く。
「うん」
「そりゃ、お母さんも喜ぶな」
孝男と鶴子は笑った。
「良い友達ができたんだね」
「本当だねぇ」
小雪も少しだけ笑った。
食後。
鶴子が冷蔵庫から桃を持ってきた。
「デザートだよ」
「わぁ!」
渚が目を輝かせる。
「今年、最後の桃だよ」
孝男が笑う。
「石原農園の自信作だ」
切り分けられた桃を口に運ぶ。
シャクッ。
「ん?」
渚が少し驚く。
もう一口。
シャクッ。
「美味しい!」
「甘い!」
「でも」
「桃ってこんなに固いの?」
鶴子が笑った。
「県外の人はみんなそう言うのよ」
「この辺じゃ柔らかい桃はあんまり食べないの」
「そうなの?」
渚は驚いた。
孝男が頷く。
「採れたてが一番美味い」
「へぇー」
渚はもう一切れ食べる。
シャクッ。
確かに。
固いのに甘い。
初めての食感だった。
「うまっ!」
「好き!」
「ねぇ小雪、これかき氷にしたらめっちゃ美味しいと思わない?」
すると。
小雪が少しだけ胸を張った。
「そうだね」
「おじいちゃんとおばあちゃんの桃が一番美味しいんだから」
一瞬、
孝男と鶴子が顔を見合わせた。
「お世辞が上手くなったね」
鶴子が笑う。
孝男も照れくさそうだった。
小雪は気付いていない。
ただ本気でそう思っていた。
渚はそんな三人を見て少し笑った。
その時、
孝男が口を開いた。
「渚ちゃん」
「はい?」
「明日は富士山を見に行こう」
「え?」
「何年か前に良い展望台が出来たんだ」
「小雪にもまだ見せたことない場所だぞ」
渚の目が輝く。
「え!」
「めっちゃ見たい!」
少し考えてから言った。
「あれ?」
「富士山って静岡だよね?」
一瞬、
小雪の動きが止まった。
「あ」
「それ絶対言っちゃダメ」
「え?」
渚が首を傾げる。
小雪は真顔だった。
「富士山は山梨と静岡に跨ってるの」
「そうなの?」
「そう」
珍しく饒舌になる。
「でも見るなら山梨側」
「湖もあるし」
「裾野も綺麗だし」
「私は山梨の富士山の方が好き」
渚は笑った。
「なんか熱くない?」
「別に」
全然別にではなかった。
孝男が声を出して笑う。
「小雪は昔から富士山好きだからな」
「おじいちゃん」
少し照れる小雪。
「疲れているところ悪いけど朝早いぞ」
「え、何時ですか?」
渚が聞いた。
孝男はあっさり答える。
「三時」
沈黙。
「え?」
「三時」
「夜中!?」
「ご来光見るからな」
「駐車場から一時間歩くぞ」
渚は固まった。
小雪は慣れている。
「登山だと思えば平気だよ」
「平気じゃないよ!」
家中に笑い声が響いた。
明日は富士山。
渚は少しだけ不安になった。




