第二十六話「温泉」
第二十六話「温泉」
成田空港に到着した。
山梨までは、
さらにバスで三時間半ほどかかる。
「飛行機疲れたー!」
渚が大きく伸びをした。
「まだこれからバスだよ」
小雪が苦笑する。
「えー!」
「マジー!?」
「どのくらい?」
「三時間ちょっとかな」
「ながーい……」
渚は早くもぐったりしていた。
二人は高速バスへ乗り込む。
東京の街並みを抜け、
やがて高いビルが減っていく。
代わりに、
山が見え始めた。
「山だー!」
渚が窓に張り付く。
「まだ山梨じゃないよ」
「え?」
「まだなの!?」
「まだ」
小雪は笑った。
しばらくして、
小雪は祖母へメッセージを送る。
『あと三十分くらいで着きます』
夕方。
バス停に到着した。
「おーい!小雪ちゃーん!」
聞き慣れた声が響く。
「おじいちゃん!」
「おばあちゃん!」
小雪は思わず駆け寄った。
去年のお墓参り以来、
一年ぶりの再会だった。
「遠いところよく来たねぇ」
孝男が笑う。
「小雪ちゃん、随分大人っぽくなったねぇ」
鶴子も嬉しそうだった。
「そんなことないよ」
小雪は照れくさそうに笑う。
「紹介するね」
「台湾県のお友達の渚」
渚は元気よく頭を下げた。
「こんにちは!」
「林渚です!」
「お世話になります!」
「渚ちゃん」
「よく来てくれたねぇ」
孝男が笑った。
「何にもないところだけど楽しんでね」
「ありがとうございます!」
すると。
鶴子がタオルの入った袋を差し出した。
「長旅で疲れただろうから」
「温泉でも寄っていきなさい」
「二人分持ってきたからね」
「本当!?」
小雪の顔が明るくなる。
「渚」
「温泉だって」
「温泉!?」
渚の目が輝いた。
「温泉なんて入ったことない!」
「めっちゃ嬉しい!」
台湾では基本的にシャワー文化だ。
渚は温泉というだけで大興奮だった。
しばらく車を走らせて、
温泉に到着した。
「ゆっくりしておいで」
鶴子が言う。
「あとで迎えに来るからね」
「おばあちゃん達は入らないの?」
「じいちゃん達はまだ仕事があるからな」
孝男が笑う。
「楽しんできなさい」
「ありがとうございます!」
渚は深々と頭を下げた。
脱衣所。
「なんか友達とお風呂入るの恥ずかしいな」
小雪が小さく呟く。
「そう?」
渚は不思議そうだった。
「私は平気だけど」
「渚だからだよ」
「何それー」
二人は笑った。
浴場。
「うわー!!」
渚の声が響く。
「広ーい!!」
温泉。
露天風呂。
全部が初めてだった。
渚は思わず走り出しそうになる。
「走らない!」
小雪が慌てて止めた。
「滑って転ぶよ!」
「ごめん!」
全然反省していなかった。
「待って」
小雪が呼び止める。
「先にお湯かけて」
「え?」
「温泉のマナー」
「いきなり入っちゃダメだよ」
「そうなんだ!」
渚は素直に掛かり湯をした。
そして。
ゆっくり湯船へ足を入れる。
「うわぁ……」
「あっつ!」
小雪は肩まで浸かる。
「最高……」
五分後。
「無理!」
渚が立ち上がった。
「え?」
「もう出るの?」
「早くない?」
「熱いんだもん!」
渚は必死だった。
「台湾県民、お風呂そんなに入らないもん!」
「じゃあ露天風呂行こ」
露天風呂。
山梨の夕暮れ。
少し涼しい風。
「うわぁ……」
渚は空を見上げた。
「小雪ー!」
「見て見て!」
「何?」
「空!」
小雪も見上げる。
夕暮れに染まる山梨の空だった。
「台湾と全然違う!」
「そうかな」
「違うよ!」
「山がいっぱいある!」
渚は本当に嬉しそうだった。
お風呂上がり。
「やっぱりこれだよね」
小雪が自販機へ向かう。
コーヒー牛乳を二本買った。
「はい」
「ありがとう!」
渚は一口飲む。
そして目を丸くした。
「うまっ!」
「何これ!?」
「めっちゃ美味しい!」
「でしょ?」
小雪も満足そうだった。
「あー」
「気持ちよかった」
「毎日飲みたい!」
「太るよ」
「じゃあ二日に一回!」
二人は笑った。
外へ出る。
駐車場では、
孝男と鶴子が待っていた。
山々の向こうへ、
夕日が沈もうとしている。
赤く染まる空。
赤く染まる街。
さっきまで騒いでいた渚が、
ふと立ち止まった。
「綺麗……」
小雪は少し笑う。
「うん」
「山梨、好きかも」
渚がそう言った。
小雪は少しだけ嬉しくなった。
自分の好きな街を、
好きだと言ってもらえた気がした。
山梨の夕日は、
二人を優しく迎えているようだった。




