第二十四話「出発」
第二十四話「出発」
翌朝。
「渚!起きなさい!」
美鈴の声が家中に響く。
「え!?」
渚は飛び起きた。
時計を見る。
「何時!?」
「大丈夫だから」
美鈴は呆れたように笑う。
「早く支度しなさい」
渚は慌てて布団から飛び出した。
「スマホ!」
「充電器!」
「財布!」
「渚うるさい!」
美鈴の声が飛ぶ。
「ちゃんと昨日準備したでしょ!」
「したけど不安なの!」
家中を走り回る渚だった。
――――――
冬城家。
一平は新聞を読んでいた。
「おはよー」
小雪がリビングへ入る。
「おはよう」
一平が顔を上げる。
「準備できてるか?」
「うん」
「大丈夫」
昨夜のうちに荷物は確認済みだった。
旅行を楽しみにしているのは同じ。
それでも。
二人の朝は正反対だった。
一平は頷いた。
「支度ができたら空港まで送るから」
「ありがとう」
小雪は少し嬉しそうに笑った。
そして思い出したように言う。
「あのね」
「昨日、大将がお小遣いくれたよ」
「そうか」
一平は少し笑った。
「またお礼に行かなくちゃな」
そして財布を取り出す。
「お父さんも少しあげるから」
「みんなにお土産買ってきてくれ」
小雪は首を横に振った。
「大丈夫だよ」
「そのためにバイトしてるんだから」
一平は少し驚いた。
そして。
小さく笑った。
「そうか」
いつの間にか。
娘は随分大人になっていた。
――――――
台湾桃園国際空港。
「小雪ー!」
元気な声が響く。
「おはよ」
「おはようございます」
一平が頭を下げる。
「おはようございます」
海太と美鈴も挨拶を返した。
「うちの子がお世話になります」
美鈴が笑う。
海太も続ける。
「騒がしいですが、よろしくお願いします」
一平は苦笑した。
「いえいえ」
「私は何もしてませんから」
そして小雪を見る。
「小雪」
「ん?」
「山梨のおじいちゃんとおばあちゃんにもよろしくな」
「連絡はしてあるから」
「うん」
小雪は頷く。
「行ってきます」
一平は優しく笑った。
「行ってらっしゃい」
そして渚へ向き直る。
「渚ちゃん」
「はい!」
「山梨も北海道も楽しんでね」
渚は満面の笑みだった。
「はい!」
「行ってきまーす!」
「気を付けなよー!」
美鈴が手を振る。
「楽しんでこいよー!」
海太も笑った。
二人は手を振り返す。
そして。
搭乗口へ向かって歩き出した。
ワクワクした背中。
少しだけ大人びた後ろ姿。
その姿が妙に頼もしく見えた。
見送りを終える。
海太が口を開いた。
「小雪ちゃんのお父さん」
「はい?」
「少しお茶でもしていきませんか?」
一平は微笑んだ。
「ぜひ」
空港のカフェ。
三人は窓際の席に座っていた。
海太がコーヒーを飲む。
「なんだか」
「嬉しいような寂しいような」
美鈴がすぐに突っ込む。
「何言ってんの」
「ただの旅行でしょ」
海太は苦笑した。
「あんなに小さかったのにな」
「大人になったなーって」
一平も頷く。
「そうですね」
海太はふと思ったことを口にする。
「どうしたら小雪ちゃんみたいに良い子になるんだか」
一平は慌てて首を振った。
「いやいや」
「小雪には随分寂しい思いをさせました」
「仕事ばかりで」
「あまり向き合ってこられませんでしたから」
海太は真面目な顔になる。
「いやー」
「立派ですよ」
「本当に」
「慣れない台湾に来て」
「自分でバイトして」
「お墓参りに行くためにお金を貯めるなんて」
美鈴が笑った。
「その話聞いた時」
「この人泣いてたんですよー」
「言うなよ」
海太が照れる。
一平も少し笑った。
「でも」
「あの子は一人で過ごすことが多かったですからね」
「物静かで」
「あまり喋らないし」
少し窓の外を見る。
「でも」
「渚ちゃんと出会って本当に変わったんです」
「会話こそ少ないですが」
「よく笑うようになって」
「アルバイトも」
「渚ちゃんの姿を見たからだと思います」
一平は頭を下げた。
「本当に渚ちゃんには感謝しています」
美鈴は少し照れたように笑った。
「そんなことないですよ」
「これからも」
「よろしくお願いします」
一平が言う。
海太も頷いた。
「こちらこそ」
気付けば。
海太とも。
美鈴とも。
こうして娘の話をするようになっていた。
台湾へ来た頃は。
知り合いなんて一人もいなかったのに。
もしかすると。
初めてのパパ友が出来たのかもしれない。
窓の外では。
飛行機が空へ向かって飛び立っていく。
一平はコーヒーを一口飲む。
なんだか少しだけ。
誇らしい気持ちだった。




