第二十三話「前夜」
第二十三話「前夜」
梅雨が明けた。
台湾県にも本格的な夏がやって来る。
そして。
待ちに待った夏休みだった。
初めての二人旅。
渚は気持ちを抑えられなかった。
何日も前から荷物を詰めている。
それでも。
忘れ物がないか何度も確認してしまう。
「よし」
スーツケースを閉める。
数分後。
また開ける。
「うーん……」
その様子を見ていた美鈴が呆れた。
「準備できてるのー?」
「多分大丈夫ー!」
渚は元気よく答える。
「多分って何よ」
美鈴は苦笑した。
「今日はお店休んでいいけど」
「あとで小雪ちゃんとお店来なさい」
「はーい」
返事だけは良かった。
数時間後。
福來炒飯。
「お疲れ様ー!」
「お疲れ様です」
渚と小雪が店へ入る。
「お、来たな」
海太が笑う。
「いらっしゃい」
大将も顔を上げた。
二人はカウンターへ並ぶ。
海太が少し真面目な顔になる。
「渚」
「ん?」
「明日からの旅行、気を付けて行くように」
「うん」
「小雪ちゃんにも、ご家族にも迷惑かけるなよ」
「分かってるってー」
渚が頬を膨らませる。
すると。
大将も口を開いた。
「小雪ちゃんがいねーからな」
「うちも明日からお盆休みだ」
「母ちゃんの新盆もあるしな」
そう言いながら。
大将は赤い封筒を取り出した。
海太も同じように封筒を差し出す。
「え?」
小雪が目を丸くする。
「良く頑張ってるからな」
大将が言った。
「これで美味いもんでも食ってこい」
「え、そんな……」
小雪は慌てる。
海太も笑う。
「渚も無駄遣いすんなよ」
「マジ!?」
渚の顔がぱっと明るくなる。
「やったー!」
その瞬間。
美鈴の手が飛んできた。
「こら」
ぺしっ。
「痛い!」
「少しは遠慮しなさい」
店内に笑いが広がる。
そして。
美鈴は紙袋を小雪へ差し出した。
「はい」
「渚、小雪ちゃんのご家族にお土産渡してね」
「あ、ありがとうございます」
小雪は丁寧に頭を下げた。
美鈴は優しく笑う。
「小雪ちゃん」
「はい」
「渚のことよろしくね」
「はい」
小雪も微笑んだ。
その横で。
渚は一人盛り上がっている。
「あー!」
「めっちゃ楽しみだなー!」
海太は苦笑した。
「早く帰って寝ろよ!」
「分かってるー!」
全然分かっていなかった。
帰宅後。
荷物の準備は終わった。
お風呂も入った。
歯も磨いた。
布団にも入った。
それなのに。
眠れない。
「ダメだ……」
時計を見る。
二十三時。
まだ眠れない。
しばらくして。
日付が変わる。
0時。
それでも眠れない。
気付けば。
深夜一時を回っていた。
「ダメだ!」
渚は飛び起きた。
「全然寝れない!」
スマホを手に取る。
小雪、
起きてるかな。
少し迷った。
でも。
電話してしまった。
数回の呼び出し音。
そして。
「……はい」
眠そうな声。
「もしもし!」
「起きてた?」
「寝てるー……」
小雪が聞く。
「どうしたの?」
「全然寝れなくて!」
小雪は少しだけ笑った。
「ピクニック症候群だ」
「何それ?」
「楽しみで寝れないこと」
「あー!」
渚は納得した。
「本当それ!」
「早く寝て」
小雪が言う。
「明日朝早いよ」
「寝れないのー」
「大鶏排でも数えてれば?」
「何それー」
「大鶏排が一枚」
「大鶏排が二枚」
「大鶏排が三枚」
渚が吹き出した。
「やめてよー!」
小雪も少し笑う。
そして。
少しだけ真面目な声になった。
「遅刻しても知らないよ」
「起きれなくても」
「私一人で行くからね」
「無理無理!」
「分かったよー!」
「うん」
小雪は小さく笑った。
「明日楽しみだね」
「うん!」
「おやすみ、渚」
「ありがとう」
「おやすみ、小雪」
通話が切れる。
部屋が静かになった。
窓の外では。
夏の虫が鳴いている。
明日になれば。
飛行機に乗る。
小雪のおばあちゃん。
小雪のお母さん。
そして。
まだ見たことのない景色。
渚は布団へ潜り込んだ。
「楽しみだなぁ……」
目を閉じる。
そして。
小雪に言われた通り。
数え始めた。
大鶏排が一枚。
大鶏排が二枚。
大鶏排が三枚。
……
大鶏排が五十枚。
その頃には。
もう意識はぼんやりしていた。
「おやすみー……こ…ゆき……」
そう呟く頃には。
渚はもう眠っていた。
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