第二十話「父として」
第二十話「父として」
私の名前は冬城一平。
どこにでもいるサラリーマンだ。
北海道。
大阪。
東京。
そして今は台湾県にいる。
気付けば、
娘は高校生になっていた。
近いようで。
どこか遠い。
そんな父娘だったと思う。
だが最近。
娘はよく話してくれるようになった。
友達のこと。
学校のこと。
アルバイト先のこと。
楽しそうに話す姿を見るたびに、
少し安心する。
母親に似たのだろう。
頑固で。
真っ直ぐで。
優しい子に育った。
夕食の時間。
「アルバイト慣れたか?」
一平が聞く。
「うん」
小雪は頷いた。
「だいぶ慣れたかな」
「そうか」
一平は少し笑う。
「それなら、
そろそろ炒飯を食べに行こうかな」
小雪は少し照れたように笑った。
「うん」
「でも少し恥ずかしいな」
「なんでだ?」
「なんか……
働いてるところ見られるの」
一平は思わず笑う。
「お父さんも挨拶しなきゃな」
数日後。
福來炒飯。
夜市はいつものように賑わっていた。
「小雪ちゃん!
炒飯あがったよ!」
「はーい!」
小雪が料理を受け取る。
そして。
客席を見た瞬間。
少し顔が明るくなった。
「あ、お父さん」
店先に立っていたのは一平だった。
いつものスーツ姿。
でも。
首元には。
先日プレゼントした、
淡いピンク色のネクタイ。
ちゃんと着けてくれていた。
小雪は少しだけ目を丸くする。
なんだか照れくさい。
でも。
少し嬉しかった。
「よう」
一平が軽く手を上げる。
「頑張ってるな」
「うん」
自然と笑顔になる。
「大将」
小雪が厨房へ声を掛ける。
「父です」
「おおー!」
大将が振り返る。
「いらっしゃい!」
「ちょっと手が離せないんで、
少し待っててくださいね!」
「お忙しいところすみません」
一平は頭を下げる。
「いつも娘がお世話になっています」
その時。
横から元気な声が飛んできた。
「えー!」
渚だった。
「小雪のお父さん!?」
「こんにちは」
一平が笑う。
すると。
渚の視線が首元で止まる。
「あれ?」
「そのネクタイ可愛い!」
一平が照れくさそうに笑う。
「小雪のお父さん、めっちゃカッコいいね!」
「渚!」
「だって本当だもん!」
渚は楽しそうだった。
小雪はさらに恥ずかしそうだった。
しばらくして。
「お待たせしました」
小雪が炒飯を運んでくる。
「ありがとう」
「大将、
サービスしてくれたみたい」
見ると。
炒飯はかなり大盛りだった。
「ゆっくり食べていってくださいねー!」
大将が鍋を振りながら叫ぶ。
その時。
渚が駆け寄ってきた。
「小雪のお父さん!」
「ん?」
小さな鶏排を炒飯の上へ乗せる。
「これも食べてください!」
「あ、どうも」
「渚スペシャル!」
得意げだった。
一平は思わず笑う。
「ありがとう」
すると。
渚が小声で言った。
「八角入ってないですよ」
一平は、少し気まずそうにした。
渚が八角が苦手だろうと、察してくれた。
「ありがとう」
一口齧る。
サクッ。
塩胡椒のシンプルな味付け。
だが。
肉汁がじゅわっと広がる。
「うまい」
思わず声が漏れた。
渚は満足そうに笑った。
店が落ち着き始める。
大将がエプロンで汗を拭いた。
「お待たせしちゃって、
すみませんでしたね」
「いえいえ」
一平は首を振る。
「炒飯、
とても美味しかったです」
そして改めて頭を下げた。
「娘がお世話になっています」
大将は少し照れくさそうに笑った。
「いやー」
「こちらこそですよ」
少し遠くを見る。
「年明けに母ちゃんが亡くなってね」
「一度は店を畳もうと思ったんだ」
厨房の奥。
皿を片付ける小雪を見る。
「でもな」
少し笑う。
「毎日あの子が来るだろ」
「そうすると、
俺も店開けなきゃなって思うんだ」
「本当によく働いてくれてる」
「感謝してるのは、
こっちですよ」
一平は目を細めた。
「そう言っていただけると、
親としても安心です」
大将がふと聞く。
「奥さんは、
いつ亡くなったんですか?」
「小雪が二歳の頃です」
一平は静かに答えた。
「母親の記憶は、
ほとんど無いと思います」
「小学校へ上がるまでは、
北海道の実家に預けていました」
「それから東京で、
二人暮らしを始めたんです」
大将は黙って頷いた。
「お父さんも、
小雪ちゃんも苦労したな」
少し間を置く。
「……俺もな」
大将は苦笑した。
「母ちゃんが死んだ時は、
毎朝起きるのもしんどかった」
二人とも黙る。
失った人は違う。
だが。
喪失を知る者同士にしか分からない空気があった。
その頃には。
海太と美鈴も席へ来ていた。
「いつも渚がお世話になってます」
美鈴が頭を下げる。
「渚、こっち来なさい」
「はーい」
海太も笑う。
「困ったことがあったら、
遠慮なく言ってくださいね」
「いえいえ」
一平は首を振った。
「こちらこそです」
「渚ちゃんには、
いつも助けてもらっているようで」
美鈴が渚を見る。
「ほら、渚」
「はーい……」
どこか名残惜しそうに、
封筒を持ってくる。
一平の前で立ち止まった。
「小雪のお父さん」
「ん?」
「チケットありがとうございました」
そう言って封筒を差し出す。
一平は受け取る。
中を確認する。
八万円入っていた。
思わず苦笑する。
「ありがとう」
そして。
半分だけ抜き取った。
「でも今日は、
半分だけもらうよ」
「え?」
渚が目を丸くする。
「残りはゆっくりでいいからね」
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
「わー!!」
渚の顔がぱっと明るくなる。
「神ー!!」
「渚!」
美鈴が慌てる。
「バカ!
何言ってるの!」
「だって神だもん!」
店内に笑いが広がる。
「ありがとうございます!」
渚は勢いよく頭を下げた。
その、姿を見て小雪も笑った。
「それでは」
一平は立ち上がる。
「ごちそうさまでした」
そして。
大将。
海太。
美鈴へ頭を下げた。
「これからも娘をよろしくお願いします」
帰り際。
渚の前で立ち止まる。
「大鶏排」
「はい!」
「美味しかったよ」
渚は満面の笑みを浮かべた。
夜市の灯りが、
背中の向こうで揺れていた。
小雪が台湾へ来て、
まだ数ヶ月。
それなのに。
あの子にはもう、
学校があって。
友達がいて。
働く場所があって。
自分を待っていてくれる人達がいた。
いつの間にか。
娘には帰る場所が増えていた。
それが少しだけ、
嬉しかった。
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