第十八話「ありがとう」
第十八話「ありがとう」
その日の夕方。
買い物を終えた小雪は、
紙袋を抱えて家へ帰った。
中には、
父へのネクタイ。
初めての給料で買ったプレゼントだった。
玄関の扉を開ける。
「ただいま」
「おかえり」
リビングから一平の声が聞こえた。
いつもの光景。
テレビの音。
ビール。
新聞。
なのに。
今日は少しだけ違って見えた。
小雪は紙袋を握り直す。
急に緊張してきた。
デパートでは平気だったのに。
いざ渡そうと思うと、
なんだか落ち着かない。
「お父さん」
「ん?」
一平が顔を上げる。
小雪は紙袋から小さな箱を取り出した。
「これ」
「ん?」
「誕生日プレゼント」
一平が固まる。
「お父さんに?」
「うん」
しばらく沈黙。
一平は箱を受け取った。
プレゼントなんて、
いつ以来だろう。
「開けてもいいか?」
「うん」
ゆっくり箱を開く。
中には一本のネクタイ。
淡いピンク色だった。
一平は少し驚く。
そして。
思わず笑った。
「珍しい色だな」
「やっぱり変だよね?」
小雪が少し不安そうに聞く。
「絶対似合わないと思ったんだけど」
「似合うさ」
一平は苦笑した。
小雪も少し笑う。
張り詰めていた空気が少し和らいだ。
一平はネクタイを手に取る。
普段なら。
自分では絶対に選ばない色だった。
でも、
不思議と悪くない。
「ありがとう」
静かに言う。
「大切にするよ」
小雪は少し照れながら頷いた。
「うん」
短いやり取りだった。
でも、
それだけで十分だった。
その夜。
一平は部屋でネクタイを眺めていた。
仕事ばかりで父親らしいことなんて、
ちゃんと出来ていたのか分からない。
大阪。
北海道。
東京。
そして台湾。
転勤のたびに。
小雪を振り回してきた。
寂しい思いも、
たくさんさせただろう。
それでも、
娘は真っ直ぐ育ってくれた。
一平は小さく笑う。
机の上にネクタイを置く。
「嬉しいな」
今度は誰にも聞こえない声だった。
外は夜景が揺れている。
今日は、
一段とビールが美味い。
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