着装のお時間です 壱
いくつかの振袖が並んでいるのを見て、私は小さく頷く。うん。なんだかんだで、そこそこいろんな色が入っているかも。柄も結構違う感じ。ま、紫や青系が比較的多いのはお好みだろうから当然だけどね。ここで一色だけの人もいるから、それよりはいいかも?
「それでは莉央さま。今選んでいただいた振袖の中で、暫定1位はどれになりますか」
「え、暫定1位?!」
「直感で大丈夫ですよ」
この直感、結構大事なんだよね。最初に着たもので成人式に行くと決める人、結構多いんだ。体感7割8分くらい?これが運命的な振袖との出会いって言った理由の1つ。
しばらくうんうん悩んでいたけど、莉央さまが1枚を決めたようだ。
「じゃ、これ!」
お。やっぱりそれか。最初に莉央さまが見つけた紫地の辻が花。ここでも真っ先に目が行くってことは、本当に気に入っていることが分かる。かなり有力だなぁ。
でもまぁ、『好き』と『似合う』が一致するかは別問題。実際体に当ててみないとわからないからね。
「では早速着てみましょうか。恐れ入りますが、莉央さま。髪をお団子にしていただくことはできますか?」
「はい、大丈夫です」
髪留め持っていたみたい。よかった。一応シュシュやバレッタはあるけど、見た感じ莉央さま髪が多そうだったから。手持ちの髪留めを貸してもまとめられないかもって思ったから助かる。
莉央さまが髪をまとめていただいている間に、私はみおさまとお母さまに着席を促す。
「それでは、お2人は審査員席におかけください。カメラマンも兼ねていただきますので、よろしくお願いしますね」
「はーい」
鏡の横に用意したパイプ椅子に腰かけてもらう。
前回うちの店でしょうこさんと写真撮りあいまくっていたから、みおさま的には楽しみなのかも。めっちゃ声が弾んでる。いそいそとスマホを取り出した。
「私のスマホでもお願い」
「後で送るからいいでしょ」
「えー」
「私のスマホのほうが画素数高いじゃん」
3人の掛け合いに、思わず笑ってしまう。仲がいいなぁ。
不満そうな莉央さまだけど、みおさまの言葉に納得したらしい。最近のスマホの画素数差って誤差な気もするけど。本人たちが納得するならいっか。
「じゃぁ実央よろしく」
「了解」
髪もまとめ終わったようだ。ここからは私の着付け力と知識力、盛り上げ力にかかっている。ちなみにどれもまだまだ発展途上。それでも、私はお嬢さま方に楽しんでもらえるよう全力を尽くします。
「では、この足袋をはいてください。私たちは足袋ッパと呼んでいるんですけど、スリッパみたいに足を入れていただければ。靴下のままでいいですよ。足袋を履いている風に見せます」
「へー、こんなのあるんだ」
「最初皆さん感心されますね。私もこんなのあるのかと思いましたし。では、長襦袢……きものの下着みたいなものですね。それの衿だけ付けます。実際の長襦袢を着てしまうと、試着なのに重さで疲れやすくなってしまうので」
最近きものを着たみおさまは頷いている。うん。あれ着たまま次々着替えるの大変だよね。丈も長いし。
準備はできたので、さっそく着装。再度確認する意味も込めて、ゆっくりと広げる。莉央さまの後ろに回り、袖を通してもらう。それにしてもこの振袖……。
「ほんと、雰囲気上様っぽいですね」
「ですよね!私も見つけた瞬間『これだ!』ってなったんですよ!」
「……振袖選び、こんな感じで選ぶ人っているんですか?」
お母さまの不安そうな声に「わかるよ」と言いそうになった。お母さま世代からしたら信じられない選び方だろうからね。よく聞かれる。
「いますよ。推しカラーや推しイメージで選ぶ方。多くはありませんが、普通です。私も副業に取り入れさせてもらっています」
ほんとね。いろんな解釈の仕方があるから参考になるなる。推しも解釈の仕方も千差万別。「そんな解釈の仕方が?!」と驚くことも多いんだよね。
それとは別に、ほっとしているお母さまに、再度「安心してください」と伝える。まぁ、お母さまとしたら心配にもなるだろう。しかし時代はどんどん変化しているのだ。柔軟な考え方を受け入れていかないと、取り残されちゃうんだよねー。
「先輩たちが言うには、昔は王道といわれる『振袖らしい振袖』を着られることが多かったですが、現代では『着たいものを着る』という感じです。なので莉央さまのように『推しイメージで成人式に出たい』と考える方も、一定数いらっしゃるんですよね」
「そうなんだ」
「まぁ、それでいくと莉央さまが選んだ紫地に辻が花の柄は、上様ドンピシャって感じですね」
簡易的に着付けしながら話すのも、慣れたものだ。コーディネーターとしてデビューしたての頃は着付けに集中してしゃべれないか、逆に話しているから着付けがきれいにできないかだった。着装練習に付き合ってくれた先輩たちには感謝だ。まぁ、お客様とは別にだめだしされるかもっていう緊張があったけど。
「まず、こちらの振袖は辻が花柄といいます。室町時代から安土桃山時代に流行した柄なんですね。豊臣秀吉や徳川秀吉も愛していた柄ともいわれていますので、戦国武将っぽい上様感がありますよね」
「へー。そうなんだ。それ聞いたらますますぽいよね」
腰ひもを結わえながら、「ですよね」と頷いてしまう。あ、結構細いな。毎日着付けしているとね、紐のあまり方で細身か否かとかってわかるんだよね。
「辻が花の柄の部分。こちら触っていただくとたいらじゃないんです。触ってみてください」
「あ、ほんとだ。なんかでこぼこ?している」
「『絞り』という技法で、職人さんが1つ1つ糸で縛って模様を作っているんですよ」
「え、この花のところ全部?!」
みおさまの驚きの声と、莉央さまのびっくりした表情。そうだよね、この振袖結構辻が花の範囲が広いもの。1つ1つ職人技がつぎ込まれているってなると驚くよね。莉央さまとは反対の袖の花の部分触っている。あ、お母さまも参戦。ぜひ!職人さんの匠を体験してください!
「はい。同じ大きさ、高さでそろえるとなると、やっぱり技術がいります。しかも職人も高齢化しているので、これだけ絞りが入るものを作るのが難しくなっています。先日聞いたら、職人さんたちの平均年齢は80代後半だそうで」
「「「80代後半?!」」」
あ、これにはお母さまも驚かれたか。私も最初知った時思わず叫んだからわかる。定年年齢を軽く凌駕しているよね。
「難しい技法ですので、江戸時代に1度なくなりました。絵を描く方が簡単で種類も幅広かったので、とってかわられたんですね。難しい絞りをする人がいなくなったので『幻の染め』『幻の絞り』といわれているんですよ。花の柄自体、存在しない花ですし」
「「へー」」
後ろのしわを伸ばし、着装終了。うん、きれいに着付けできたね。
「それを昭和時代に復活させた人がいて、現在の振袖にも使われるようになったということです。ですのでお母さまの上の世代の方には『憧れの柄』といわれますね。おばあさま世代とかになると『辻が花なの?素敵ね』といわれるタイプで、格調が高い柄になります。では、お写真の時間です。振……袖の柄も見えるようにお写真をどうぞ」
「えー、めっちゃきれいなんですけど」
「格調高い柄も着こなしてしまう莉央さまのポテンシャルがすごいですよね」
「いやー……そんなこと、ありますけど?」
ふふっと上機嫌に笑われる莉央さま。謙遜しないタイプか。まさに上様っぽい。でも照れ笑いって感じだから、言われ慣れてはいないのかな?でもほんと、よく似合っているわー。
「昔は紫の色を染色することは難しかったので、高貴な方しか着れませんでした。そういった意味でも格調高いですよね。後ろ姿も大事ですので、莉央さま、くるんと後ろを振り返ってください」
「うっわ、後ろも豪華ー」
スマホからのシャッター音が止まない。お母さまも実央さまもテンションが上がっていると見える。
一回転をした莉央さまが鏡の正面になったので、ここでも1つ雑学を投入。
「莉央さま、袖の柄が左右で違うのが分かりますか?」
「え、あ、ほんとだ」
両手を広げ、袖の柄を確認する。正面にいるお母さまとみおさまも頷いているのが分かった。
「ではそのまま右手だけ、パタンと体にひいていただけますか?」
わかりやすいよう、私も向かい合って両手を広げ、右手だけ体側に畳む。首をかしげながらも、莉央さまが真似をしてくれた。おかげで右手の袖の後ろ側が見えるようになる。
「え」
「うそ」
「あ、わかりましたか」
「「同じ柄だ……」」
「そうなんです。『三味線袖』といって、360度、どこから見ても華やかになるようにと使われている技法です。ほとんどの振袖は、この三味線袖ですよ」
「へー。あ、逆側も柄がそろった。ねぇ、これも写真撮って」
「はーい」
莉央さまのリクエストにみおさまが答える。うん。やっぱり素敵だし、よく似合っている。
「さて。莉央さま的にこちらの振袖は予選通過でよろしいですか?」
「よろしいです!」
「かしこまりました。それではお似合いですけど、次の振袖をお着せしますので、脱がせますね」
「はーい」
結構気に入ってくれたっぽいな。めっちゃ残念そうな表情。うーん、どうしよ……。
脱がせながら畳みつつ、私は値札をお母さまにお見せする。
「ちなみにこちら、レンタルでこれくらいになります」
「ひえっ」
お母さまの横から覗き込んだみおさまの息をのむ声に、私もさもありなんと頷く。普通の高校生からしたら信じられない金額だよね。前回私の店で小紋とはいえ着物をタダで着たからなおのこと。
対照的にお母さまは「だよなぁ」って感じ。
「振袖の金額は、セカンドレンタルの場合着た回数と、どれくらい職人の手が加わったからですから」
正直、この全体的に辻が花が入っている振袖にしては安いほう。ほとんど全体に絞りが使われているもん。
みおさまの顔色をみて、莉央さまも値札を目にして絶句する。ですよね。
「莉央さまの先輩たちが仕立ててくださったからこそ、この金額ですね。これがファーストレンタルですと、プラス10万は必要ですよ」
「「プラス10万……」」
宇宙猫になってしまったでござる。
「莉央さまの審美眼がすごかったということですね」
私のフォローも耳には届かないようだ。ま、未知の世界だったでしょうし、これは仕方ない。あるあるの反応だ。
でも次があるので、そろそろ戻ってきてくださいね?




