着装のお時間です 弐
正直ね、辻が花は楽なのよ。いろいろな技法や裏話があるから、『高くても仕方ないよね』って思ってくれやすいから。
振袖はレンタルでも安くはない。『なんでそんなにするの』と思うお客様たちに納得してもらわないと、ご縁をいただくことは難しいからね。
私としては「日本文化を広めたい」が第一義だから、成約しようがしまいがお嬢さま方が楽しんでくれたら大勝利。だけど雇われている身なので、成約率はやっぱり大事なんだよね。
だからお客様方に『その金額は当然』って思ってもらったところからがスタート。そういった点では辻が花って楽なんだよねー。
さて。莉央さまも現実に戻ってきていただいたし、次々行くよー。
「では、次はどれにしますか」
「ん-と。じゃぁこれ」
そう言って選んだのはみおさまが選んだ振袖。深めの青に、四季の花が入っている振袖だ。
こちらも広げて袖を通す。莉央さまってばちらっと見てちょっとほっとしているみたい。あんまり絞りがないって思ったのかな?だがしかし甘い!職人がかかわるのは絞りだけではないのだ!
「こちらは四季折々の花が描かれているタイプですね。花尽くしと言って、いろいろな花が散りばめられています。たくさんの花が調和を持って描かれているので、「調和」「繁栄」という意味が込められているんですよ」
着付けしていると、莉央さまが自然と腕を上げてくれる。さっき着付けしたから、腰ひもを回すタイミングなども分かってきたのかな。感がいいなぁ。タイミングが分からない人って結構多いんだけど。
あ、言い忘れてたことがあった。
「疲れたら遠慮なくおっしゃってくださいね。立っているだけだから疲れないと思われるでしょうが、慣れないきものを着ることに知らず緊張される方って多いんです。試着で倒れられるお嬢さまもいらっしゃいますから、疲れたら休憩しましょうね」
「え、倒れる?!」
莉央さまもだけど、みおさまも驚いている。
でもねぇ、大げさでもないんだなぁ、これが。私は真面目に頷き答える。
「いらっしゃいますよ。振袖選びは楽しくないといけませんから、遠慮しないでくださいね」
再度訪れる未知の世界だったのか。お嬢様方はまた言葉を失ってしまったようだ。
「今も結構締め付けれ感はあると思いますが、本番はもっといろいろ締めますからね。体が締め付けられるからと当日食事をしない方もいますが、倒れるので絶対食事はしてください。最近は振袖のバッグも若干大きいので、つまめるクッキーやチョコを入れておく方もいます。参考にしてください」
「そうなんですね」
倒れて当日出られませんでしたなんて、本末転倒だからね。予防策はできるだけ伝えておかないと。
「こちらの振袖、先ほどのとは違い生地が光っているの、わかりますか?」
「あ、ほんとだ。キラキラしている」
「ラメ?」
生地全体のキラキラ。はたから見たらラメだと思うのも分かる。でも違うんだなぁ。
「ラメだと聞かれるお嬢様は多いんですが、こちらは銀通し(ぎんとおし)といって、生地を織るときに銀糸……銀色の糸も一緒に織り込んでいるんです。なのでラメとは違い落ちることもないですから安心してください。太陽の下だとよりキラキラして華やぎますし、立体感も出るので写真映えもしますよ」
「「へー」」
「あとここ。刺繡になっているの、わかりますか?金駒刺繍といって、針の穴が通らないくらい太い金の糸を木製の駒に巻き、図案に沿って細糸で生地に縫い付けていくんです。刺繍が入ることによって立体感が出るので、写真映りもより華やぎますよ」
「あ、確かに。よく見たら、糸が糸で縫い付けられている」
ところどころにちりばめられている刺繍。特に金糸の刺繍は際立つよね。糸を糸で止める刺繍っていうのはあんまり見ないんじゃないかな?
最後の腰ひもを結び、しわを整える。うん、大丈夫。
「さて、莉央さま。こちらはいかがですか?」
「アリです!」
「かしこまりました」
2着目も予選通過。こちらも脱がせつつ、値札を確認。うん。ですよね。
「それでは、こちらはこの金額になります」
値札を見せるとうなずきが返る。そうね。さっきのよりはかわいい金額。それでもお嬢さま方は目をむいているけど。
銀通しも刺繡も、ね。職人技なんですよね……。
ご友人たちと振袖や成人式の話しないのかな?まぁ、金額の話まではしないか。スポンサー次第だし。今まで縁遠かったきものの世界に触れて驚きを隠せないご様子。
それでも最初のものがこちらよりもだいぶ高額だったから、2着目のほうは安く感じてしまうから不思議よね。
「では、次はいかがいたします?」
「うーん、迷うけど……これ、かな……」
そう言って選ばれたのは、お母さま推薦の赤地に大きな牡丹がメインの振袖だ。あ、お母さま少し嬉しそう。
「かしこまりました」
3着目ともなると、莉央さまも慣れたものなのだろう。私が着付けしやすいようにしてくれる。
「こちらは牡丹がメインですね。牡丹は『百花の王』……花の王様といわれています。花言葉も富貴、富と格調高さを意味しています。ほかにも桜や菊もいたるところに散らばっていますね。そういえば日本の国花……国の花って2種類あるんですが、知っていますか?」
「2種類?」
「え、桜かな」
「そうですね。花見が年間行事といわれるくらいですから、桜も日本の国花です。桜は始まりの象徴として描かれています。ほかにも豊穣……花見は五穀豊穣を願って行われるので、豊かさの象徴でもあります。もう1つはわかります?」
莉央さまも実央さまもうんうんうなられている。そこまで悩ます気はなかったのだが。
「……菊?」
「さすがお母さま!正解です!」
ちょうど腰ひもを結び終わったタイミングだったので、お母さまを振り返り軽く拍手する。あ、照れてらっしゃる。
「菊は皇室の紋としても使われています。あとはパスポートも菊ですね。五節句……節句でよく祝われるのは桃の節句や端午の節句、七夕だと思いますが、重陽の節句というのもあるんです。ご存じです?」
「え、節句って5つもあるの?」
「知らない」
首を傾げられたり振られたり。
私も趣味で知ったくらいだからなぁ。最近は節句を気にしない人も多いし、知らなくても仕方ない。
「ですよね。9月9日、重陽の節句では菊をお酒に浮かべて飲むことで無病息災を祈るんです。だから菊の柄も健康長寿という意味があるんです」
「「へー」」
背中を整えているとき、ある柄が目に留まった。背中にあるなら正面か袖にもあるかも。
莉央さまの正面に戻って確認する。あ、あった。
「ここ、打ち出の小槌が描かれていますね。大判小判がざっくざく、金運上昇ですね」
「え、すてき!」
「あ、毬もありますね。毬って弾みますでしょう?人生弾みますように、という意味があるんですよ」
「へー。縁起物がいっぱいだね。花にもほかの柄にも意味がだくさん」
楽しそうに話してくれる姉妹に、私もうれしくなる。
「そもそも成人式は新成人のこれからの幸福を祈る場でもありますからね。それに、振袖って『袖を振る』と書きますでしょう?」
「そうですね?」
「この長い袖で悪いものを振り払うという意味もあるんです。女性は成人式前後の年は厄年でもあります。振袖がご自宅にあるだけで厄払いになりますよ」
「え、すごい!!」
「マジで?!」
あ、わかってくれているわ。最近は厄年って何?って聞いてくるお嬢さんもいらっしゃるからねぇ。説明が省けた。
厄年を気にしない人も多いとは思うけど、縁起を担ぐのは悪いことではないと思うんだよね。私も厄年は結構いろいろあったから、厄払いって大事なんかもって後から思ったもんなぁ。とりあえず、よくないことがあるかはわからないけど、これで予防ができたらラッキーだよね。
「厄除けと、これからの成功を祈って、成人式用の振袖は縁起のいい柄が描かれるんですよ」
「納得ー」
さて、こちらも着装完了。お写真タイムです。
「意外に赤も似合うね」
「うん。意外と」
「やっぱり、お母さまの審美眼ってすごいですね。莉央さまが避けていた赤色でも、落ち着いた赤ですのでお似合いになるのだと思います。これが先ほど見せた朱色のような明るい赤ですと違和感が出てきたかもしれません」
「確かに。明るい赤じゃないから、か」
くるくると回ったり、三味線袖を試されたり。結構気に入っている感じでは?気に入っているといろんな角度から見たくなるものだからね。
「さて、こちらはいかがです?」
「意外とアリ」
「お姉ちゃん、全部アリじゃん。大丈夫?1着に絞れるの?」
おー。先日推しコーデのきものを選ぶのでかなり迷っていた実央さまの言葉。説得力あるよね。でも大丈夫。ご安心ください。
「大丈夫ですよ。どんなお嬢さまも1つに絞られていますから。今、莉央さまは鏡越し、主観的にしか見ていないです。後で写真で見比べてもらいますけど、客観的に見たらこんな感じなんだ、と思ったものと違うように見えたりします。客観的に見たらだいぶ絞れますから、安心してください」
まぁ、絞り込むのにかかる時間はお嬢さまごとに違うけど。それでも皆さんちゃんと選べているので、大丈夫です。
「じゃぁ、これもアリで!」
「かしこまりました」
こうして。いろいろと雑学を交えながら着つけつつ、選んだ振袖を絞る作業を続けるのだった。




