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千葉弥咲の布教活動~きっかけ作り、はじめました~  作者: 日沖 伊朝


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6/8

職場に副業がばれてしまった件

「いらっしゃいますぇ?!」


 あ、声が裏返った。ほんと、申し訳ない。接客するプロとして不甲斐ないわ……。

 というか、相手もびっくりしているのが分かる。だよね?!いや、でも、あなた私がここに務めていること知っているでしょ?!お連れ様の楽しそうな表情とのギャップがすごい……。


「お、お久しぶりです……?」

「お久しぶりです。えっと、失礼いたしました。ご予約の松永様でよろしかったでしょうか」

「はい!」


 いいお返事ですねお連れ様!あ、彼女の衝撃も収まったのか、楽しそうな表情になったな。

 それに反して私の隣にいる店長が不審な目で見てきているのが分かる。バックヤードで問い詰められるんだろうか……。


「それではお席にご案内しますね」


 まだ衝撃から戻ってこれていないが、これでも一応この店のプロ(社歴的には見習い)。先導している姿は普通に見えていると思う。見えてくれ。動揺は隠せていると信じたい!

 ……まぁ、こういうこともあるかもと考えが及ばなかった自分がアウトだったんだろうなぁ。反省。


 知り合いとお連れ様2人を席に案内しカウンセリングシートの入力を説明後、私はバックヤードに戻る。すると店長と先輩が待ち構えていた。予想通りでござる。予想、外れてほしかった……!


「千葉さん、さっきのお客様と知り合い?」

「……はい、まぁ、多分……?」

「言葉濁すね。聞いちゃダメな感じ?」

「いえ、別に。えっと。趣味で動画配信しているんですけど、その時インタビューした人と、そのご家族?だと思います」

「……あの驚いていた人、未成年じゃ……?」

「声だけ出てもらいました……」

「ふーん?まぁ、千葉さんに親しみ持っていたみたいだし。千葉さん、担当する?」

「はい?!」


 私はあわてて先輩を見る。先輩といっても私とはだいぶ年が離れているし、この道20年のベテランなので、どっちかといえば先生だが。

 うちの店では、接客する順番が決まっている。朝の段階で予約状況を確認し、店長が担当する順番を決めるのだ。次の接客順は先輩。つまり今来店した彼女たちの接客は先輩がすることになるはず、なのだが……。


「あら、変わってくれるなら助かるわ。事務仕事終わってないのよね」


 めっちゃ楽しそうでござる。

 私があたふたするのが面白いのだろうか。まぁ、逆の立場だったら私も楽しむと思う。


「動画のためのインタビューっていったら、そこまでの接点ではないと思うんだよね。それでもお互い覚えていたんだ、結構いい感じになるんじゃない?成約率が上がるのは大事だからね!」


 そうね。店長としては店の売り上げって大事よね。でも先輩は入社2年目の私より大ベテランなんだから、成約率はすごいと思うけど。


「少しでも好みがわかっていたら、そっちに沿える人のほうが安心してくれるだろうし。最初からそれが分かっていたら時短にもなる。タイパも大事だよ」

「いや、私がかかわったのは違う人ですよ。多分今日のメインはお連れ様でしょ」


 ちらっとバックヤードにある監視カメラの映像を見る。カウンセリングシートを入力しているのは私を見て驚いた彼女ではなく、いい返事をしてくれた女性。この差は結構大きいと思うんだけど?


「でも話しやすいんじゃない?」

「……むしろ親しげにタメ口使いそうです……」

「お客様がOKだったらいいよ」


 ええんかい。


 まぁ、雇われ新米(2年目だけど。後輩がいないのだ)に拒否などできるはずもなく……。

 私はため息を1つつき、カウンセリングシートの入力が終わったっぽいので準備を始め、先ほど案内したテーブルへと道具を持って向かった。


「入力は終わりましたか?」

「あ、はい!」

「ありがとうございます」


 私は3人が座っているテーブルにパイプ椅子を持ってきて、空いている空間に腰掛ける。なんかいつもより緊張するでござる。


「申し遅れました。本日担当させていただきます、千葉です。よろしくお願いいたします」

「やった!」

「……」


 まさか喜ばれるとは……。これはさらに気が抜けない。内心こっそり気合いを入れ直す。


「まずは、こちら。予約いただきましたので、来店記念品です」

「え、いいんですか?!」

「どうぞ。使ってみてくださいね」


 めっちゃ喜んでくれている。ちなみに今うちの店の来店記念品は最近10代に人気の化粧品メーカーのアイメイクである。4色くらいしか入っていないけど、これがかなり喜ばれるんだよね。


「お姉ちゃん、いいなぁ」

「お母さまとシェアされる方もいますよ」


 と伝えると、みんなの目が輝く。


「……振袖より、こちらの記念品のほうを喜ばれる方もいらっしゃいますね」

「え、まさか」


 いるんだな、これが。

 

 さて、ここで私の本業、お分かりいただけただろうか。


 そう。私は新成人が成人式で着る、振袖コーディネーターをしているのだ。


 振袖というか、呉服業界に入って2年。多様化が進んでいる昨今、「成人式に振袖を着る」という人は減少傾向にあると知った。あと、振袖ってレンタルでもそこそこお金がかかるから、「1日のためだけにそこまでお金かけるのもなぁ」って思っている人も多いみたい。

 それでも、着る本人ではなくそのご家族が振袖を着てほしいと思って来店するってことも少なくない。だから無理矢理連れてこられたと思っているお嬢さんは、記念品のメイク道具のほうが喜ばれるのだ。


 ま、今日渡したメイクをどうするかは今回メインとなるお嬢様とご相談くださいませ?


「あの」

「はい?」

「来年成人式なんですけど、間に合いますか?」


 お連れ様……多分、お母さまが不安そうに聞いてくる。

 あーね。成人式のための振袖選びって、年々早くなっているからね。来年……半年後だったらかなり遅い部類になるからな。その心配はわかる。


「振袖の準備は間に合いますよ。ちなみに当日の美容室さんは見つけていらっしゃいますか?」

「それが、知り合いのところは『着付けはできない』といわれて……他も探しているんですけど……」

 

 だろうね。


 年々、振袖の着付けができる美容室の数は減っていっている。要因はいくつかあるけど、大きい理由としては2つ。


 1つは、美容師さんになるために「振袖着付け技術が必須ではなくなった」こと。昔は必須項目だったらしいんだけどね。なんで変わったんだろ?そこまでは知らないんだ。私も先輩に聞いただけだし。

 もう1つは「着付師さんの高齢化」が進んでいるってこと。そりゃ必須技術になっているのが上の年代だけだと、高齢化にもなるわなぁ。職人・技術者あるあるである。


 そんなわけだから、着付師を成人式当日にキープすることが年々難しいくなっている。だから確実に着付師さんを押さえるために振袖の予約をする人はどんどん早く行動するようになっているのだ。こないだなんて成人まであと4年もあるのに振袖見て行って、さらに契約していった。笑顔で「いい時間の美容室でお願いしますね!」って言って帰っていったから、現状よくわかってらっしゃるなぁと思ったものだ。

 だから正直、成人式半年前ってなると、かなりゆっくりなんだよね。遅いといってもいい。まぁ、直前も直前になって来店する人もいるから、まだ若干。本当に若干だけど。まだ余裕はある。まぁ誤差かもだけど。


「そうですね、確かにお嬢様が振袖を探すタイミングは遅い方です。でもまだ当店と提携を結んでいる美容院さんに空きがあるところはあります。なので、当日の着付けについては安心して下さい。ただ、かなり朝が早くなることだけは覚悟していただくことになると思います」

「どれくらいになります?」

「4時は覚悟して下さい」

「「4時?!」」


 お嬢さん2人の声が重なる。お母さまは「ですよねー」って表情。うーん、これはお母さまネットワークででも聞いてたかな?

 ため息混じりに、お母さまの呆れ声が響く。


「だから言ったじゃない。振袖着て成人式出るなら早くから動かないとって」

「だって、成人式出るつもりなかったし」

「あら、そうなんですか?」


 お嬢さま……えーっと、カウンセリングシートでは莉央とあったから、莉央さまね。今回のメインのお嬢さま。彼女に尋ねる。


「何か心境の変化でも?」


 まぁ、だいたいこの質問の回答は「友人が出席するって聞いたから」だから。そういった答えになるんだろうなぁ。

 私の質問に、莉央さんはめっちゃ笑顔。え、なんか嫌な予感。


「実央がとある動画できもの着てるの見て、いいなーと思ったんです!あの動画、母さんとも見たけど、勉強にもなって楽しかったので、羨ましくって!」

 

 よく聞く返答が返ってくると思っていたら、まさかの言葉に、一瞬意識が遠のいた。


「……」


 私はパイプ椅子からおりて正座し、仕事道具を脇におく。ゆっくり手をつき頭を下げた。息をのむ声が聞こえる。


 そう。土下座である。


「みおさまには、未成年なのに動画に出ていただきましたこと、ご家族のご許可も得ず、また謝罪が遅くなりまして、誠に申し訳ございません……」


 そう。今日ご来場されたのは、以前私の動画に出てくれたみおさんのご家族だったのだ。

 知らないのだったら流そうかなぁ、なんて思ったのが悪かった。まぁ、みおさんのあの反応があったし、知られているだろうとは思っていたけど。


「あら、千葉さん、大丈夫ですよ。実央も自分でよくSNSで自撮り写真投稿していますし。千葉さんは実央の希望通り、顔は映さないようにしてくれたでしょう?」

「……しかし」

「私はうれしかったですよ。娘を楽しませようって真剣に考えてくれて。私では娘たちの話題についていけないので、少し羨ましかったくらいです」

「そうそう。私も推しコーデたまにするけど、きもので、って考えはかけらもなかったし。それなのに実央がめちゃくちゃかっこよくしていてさ。似合うし、羨ましかったんだよね。動画も、すっごい楽しそうだったし。あれがきっかけで全然興味なかった振袖も、今頃になって着てみたいなってなったんだよね。だから、妹を魅力的にしてくれた千葉さんが担当してくれるってなって、とっても嬉しいですよ」

「ありがとう、ございます……」

「だから今回の振袖とは別に、私も推しコーデしてくださいね!」

「あ、はい」


 ちゃっかりしているお姉さんだなぁ。

 でも、まぁ。今回の件って、私の目論見としては最高の結果だよね。


 みおさまが私が勧めた推しコーデきものを着て、お姉さんの莉央さまが振袖に興味を持ってくれた。つまり、日本文化を広めたいっていう私の布教活動が、少しだけど実を結んだってことだもの。ちょっとだけ胸があったかくなった気がする。まぁ、まさか職場で再会するとは思わなかったけど。


「承知いたしました。本日の振袖コーディネートはもちろん、『推しコーデを着物で体験』も、全力で取り組ませていただきます」


 私の宣言に、莉央さまとみおさま、そして2人のお母さまは嬉しそうに笑ってくれた。



 この時の私は、「お客様とどういった関係なんだろう」とこっそり覗き見ている店長に気づかなかった。結果として、私の副業……というか、布教活動が、ばれてしまったのであった。


 今回の件が、のちに大きな出来事に続くきっかけになるとは。私はもちろん、店長も考えもつかないのだが。それはまた別の話。

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