初対面の海外の人から「動画見てます!」と言われた時の衝撃よ・・・
『きっかけチャンネルのミサキでしょ!知っているわ、動画見ているもの!』
What?
今日も今日とて動画に出てくれそうな人探しのため、インドア派だがカメラ片手に散歩に出かける。
今日は自宅近くの温泉街まで足を延ばした。いつもの映画館とは反対方向に徒歩15分ほど。古き良き時代の温泉街があるのだ。
本当かは知らないけど、日本最古といわれる温泉旅館を中心にこじんまりとした商店街。いろんなところに足湯もあるので、休憩しつつの散歩にはうってつけ。古い街並みだから、アニメや漫画の舞台として採用されたことも多くはないけどあったりする。そのため聖地巡礼って感じでそこそこ観光客もいるんだよね。生まれ育った私からしたら、近所の銭湯感覚だけど。
そのため日々そこそこの観光客がいるんだけど。今日はかなり閑散としている。平日ってこともあるんだろうけど、ここまで人がいないとは。せっかく足伸ばしたんだけどなぁ。
「The stage itself is 'The Wind Calms the Sea'! Amazing!」
(『風は海を凪ぐ』の世界まんまじゃない!最高だわ!)
今日はやめるか、と思ったとき聞こえた、「The Wind Calms the Sea」。いや、流暢すぎてあんまり聞き取れなかったけど、たぶん「The Wind Calms the Sea」って言ったと思う。
『風は海を凪ぐ』
なんか海外でも賞を受賞した日本アニメで、今でもたまに再放送もされている。そして何を隠そう、この温泉街がモデルになっているといわれているのだ。真偽は知らん。
だからこの温泉街に観光に来る人たちが英語タイトルを叫ぶので、この単語の並びっていうか音の響きは結構聞き分けられるようになってきたんだよね。観光客の国によっては発音やイントネーションが違うけど、なんとなくわかる感じなのだ。
さっきの声の発生源を探す。多分あの人かな?めっちゃカメラ……そう、スマホではなくわざわざカメラで連写している。ヨーロッパの方かな?って雰囲気の女性。なんか小さく叫びながらいろんな角度で温泉街を撮っている。
……せっかくここまで来たことだし、だめもとで声かけてみるか?海外は動画の規制がすごいって聞くし、無理ならそれはそれでよし。私の英語力では不安しかないので、スマホの翻訳アプリを起動する。まさか海外の人に声をかけると決めることになるとは。以前の私なら考えられなかったなぁ。
でも、私の野望は「日本文化を広めたい」。それは世界への発信含んでいるから。遅かれ早かれ挑戦していたとは思う。自分が思っていたより早かったけど。今日の人の少なさも挑戦するためだったんだと前向きに捉えよう。
「Excuse me.」
私の控えめな声はシャッター音にかき消されるかなと思ったけど、聞こえていたようで。振り返った表情は邪魔をされたと思ったのか、ちょっと怒っている感じだ。申し訳ない。
事前に翻訳アプリで訳していた言葉を読み上げる。スマホに読ませないのかって?こっちはお願いする立場だもん。誠意を尽くしたいんだよ。発音も自信がないから棒読みだけど。
『突然ごめんなさい。私、動画配信をしているんです。インタビューしてもいいですか?』
カタコト英語で伝えた後、スマホ画面を見せる。これで私の英語の発音が壊滅的でも、ちゃんと通じるでしょう。誠意はどうしたって?最初に自分の声で伝えたからそれが誠意です!
「……」
「……?」
なんか、じーっとみられているんだけど。どういう感情なの、これ?私の問いは受け入れられているのか否なのかわからない。から、とりあえず待ってみる。
十秒は待ったかな。いきなり女性がパッと表情を輝かせた。
『きっかけチャンネルのミサキでしょ!知っているわ、動画見ているもの!』
What?
え、なんだって?
翻訳アプリに表示されてる内容を確認して表示されている文字を読む。『きっかけチャンネルのミサキでしょ!知っているわ、動画見ているもの!』。女性を見る。笑顔だね。確かめるためにもう1度アプリを見る。『きっかけチャンネルのミサキでしょ!知っているわ、動画見ているもの!』。変化なし。
困惑している私を置いて、女性は笑顔を深めた。
「わたし、みる。にほんすき。きものも!」
「え」
単語だけだとしても、日本語って発音難しいんだよね。それが違和感なく女性から発せられて困惑しかない。
でも。そっか。多分、日本文化に興味を持ってくれて、その影響で私の動画を見てもらったことがあるのか。すっごい偶然だな。めっちゃうれしい。
私が「Dear」のアプリを選んだのは、自動翻訳システムがスムーズで違和感ほぼ0って前評判だったから。だからほかのアプリよりは私が伝えたいことをかなりの確率でより正確に伝えてくれるかな?って思ったんだ。たまにコメントで海外の人からのメッセージも来ることがあるから、少しは海外にも見てくれている人がいることは知っていたけど。まさか海外の視聴者と出会うことになるとは。
じーん、と感動していたら、女性は首を傾げ、次いでハッとした表情になった。え、何。
『もしかして、これって私もインタビューに応えたら推しコーデしてもらえるってこと?!』
めっちゃ興奮しているでござる。
優秀なアプリはマイクを女性に向けていなかったのにきちんと翻訳してくれていた。話が早いでござる。まぁそのつもりだったけど、まさか向こうから言ってくれる日がこようとは。しかも海外の人。
まだ投稿した動画の数は2桁を超えたばっかりなのに、急展開な気がする。知らん間にグローバルに広がっていたんだね。世界って意外に狭いのかしら。
『はい、その予定です。動画にとってもいいですか?』
『もちろんよ!』
快諾されてしまった……。あれ、海外の規制って大丈夫なんかな?まぁ、だめならだめって言ってくれるでしょうから、とりあえず、いつも通りにやってみよう。アプリさんの性能に期待。
『どちらから来られたんですか?』
『イギリスよ。3日前に日本に来たの。『風は海を凪ぐ』のモデルになったというここにずっと来たくって。あのアニメは私の日本を知るきっかけだったの。やっと夢がかなったわ』
おぉ。そんなすごいきっかけになっていたのか。地元民としては結構うれしい。
『風は海を凪ぐ』
江戸時代から明治時代の過渡期の話。西洋化が進められる中、日本古来からのものを伝統として守りつつ、政府からの命令と折り合いをつけるよう苦悩しながら試行錯誤する職人の話だ。史実を織り交ぜられているから、結構勉強にもなるんだよね。どこまで正確かは知らんけど。
私の地元は作中の架空の街のモデルになったとは言われているけど、いろいろな部分を切りとってほかのモデルになった地域とも合体融合させているらしいので、純粋にこの場所だけがモデルというわけではない。こんな街中の背景が海なのは話の都合なんだろうけど。あれはどこの海なのかな。まぁ街並みとかは結構メインに使われているんだよね。
『私、あの話のコマチが大好きなの!儚そうな見た目なのに、芯がしっかりしていて。陰に日向にトモカズを支える姿が本当に素敵で。彼に啖呵を切ったシーンなんて、かっこよくて!可憐でかっこいいなんて最高だわ!あれこそヤマトナデシコっていうのかしら』
……色々言いたいことはあるけれども。まぁ、時代背景とかはアニメで語りきるのは無理だしね。
でも、本当に好きなんだっていうことはわかったからかなりうれしい。
ふむ。小町か……。いけなくはない、か?
彼女のまくしたてるかのような言葉の数々に、早すぎるのかアプリが間に合っていない。たまに聞き取れる知っている単語から、タイムラグがかなり大きいことを知る。オタクあるあるのマシンガントークに、国境はないんだなぁと体験してしまった。
『……というわけで、私は『風は海を凪ぐ』のコマチを愛しているのよ!!』
……オタク仲間として。彼女の言葉をリアルタイムですべてを聞き取れないことが本当に残念だ。オタトークってさ、人によりけりだとは思うけどやっぱり仲間との「だよね」「わかる」の相槌が結構大きいと思うんだ。解釈違いで喧嘩することもあるかもだけど、「そんな考え方もあるんだ」って思ったとき、推しへの愛が深まることもあると思う。
何より同志がいることって、それだけで楽しくない?少なくとも私は楽しい。自分の思いのたけを思いっきり話しても理解してくれるし、相手の話を聞くことで改めて原作を見て『推し尊い』の感情を再認識したり。推しがいることで広がる友情って、職場と家を往復するだけの生活へのメリハリも生むと思うしね。もちろん、1人での推し活も楽しいけど。それとはまた別の楽しみ方だ。
『……答えてくれてありがとうございます。では、知っているかもしれませんが、お礼にこちらをどうぞ』
私が差し出した手作りの厚紙に、彼女は表情を輝かせてくれた。あいにく文字は全部日本語だけど、私の動画を見てくれているだけあって、これがどういったものかはわかってくれていた。
『ありがとう!ぜひ!今すぐそのチケット使わせて!』
『はい。もちろんです』
この出会いが今後の私の活動に大きな変化をもたらすことになるのだが。この時の私は知る由もなかった。
やってきた道を、ゆっくり歩きながら戻る。
リザ……エリザベスと名乗った彼女とは今度はアプリでもきちんと追えるくらいの速さで話している。少しづつ聞き取りもしやすくなってきた。慣れてきたのかな。
まず自宅兼店について、リザは笑顔で家の写真を撮り出した。なんでや。古民家だからか?
扉を開け写真を撮り、廊下を撮り、ふすまを撮り、きものや小物があふれる畳の部屋を連写しまくった。あ、許可は出してます。そこまで写真にとることなのかな?と思いつつ、琴線はそれぞれ。楽しそうなのでオールオッケーです。
『さて。ここからまずはきものを選んでくれる?』
『ミサキのおすすめは?』
『そうだねぇ……』
私は地の色がクリーム色の桜柄と、落ち着いた青に梅柄の2枚を選んで掲げて見せた。
『智和に『小町は日本の象徴だ』って言っていたシーンがあったから。日本の象徴って言ったら桜かしら。そういった意味だとこっちの桜柄。『物事の始まり』という意味もあるから、文明開化の時代を生きた小町にはピッタリかも。
リザが言っていた『芯がしっかりしている』っていうことだったらこっちの梅柄もどうかな。この花は冬に咲くから『忍耐』や『希望』っていう意味があるの。『逆境に強い人生の理想』という意味もあるわね』
『どっちも素敵ね。意味としてはどちらも着てみたいけど……でも、似合うほうがいいわ。どっちが似合うかしら』
『じゃぁ、実際肩にかけてみましょうか』
リザを鏡の前に誘導し、後ろからかけて簡単に合わせる。鏡越しに自撮りをして、もう1枚も合わせてみて比較する。それにしても、さすが西洋の人。背が高い……!
『どう?』
『うーん。桜のほうが似合う気がするわ』
『そうね。濃い色も素敵だけど、リザは肌の色が明るいから、淡い色のほうが似合う気がするわ』
『じゃぁこっち!』
桜柄に決まったので、今度はきちんと着付ける。うーん、肩裄……腕が長いから袖が短くなる。カバーの仕方はあるけど、結構ギリギリかな……。
身丈もね、やっぱ短いのよ。私が持っているきものは日本人体型用なので仕方ないけど。でも、ブーツをはくことを了承してもらっているから、これくらいの長さでも多分大丈夫。袴だったらねー。丈の長さを気にしなくてもよかったんだけど。きものがいいということなので、ブーツにしてもらうことで許してもらっている。あと、若干短く見えることについてもね。
で。小物とか帯とかいろいろ選んだ結果がこちら。
クリーム色に桜柄のきものに帯は黒地に大きく梅が入っているものを選んだ。小町は可憐だけどかっこいいと言っていたので黒地でクールに。あと、やっぱり梅も使いたいということで、合わせて簪も梅を入れてみた。でも桜の簪も豪華だから、せっかくだしと2本使い。長い金髪を結い上げて簪2本だと華やかだねー。
裄の長さをカバーさせるために、同系色のレースの手袋を使用。手袋が袖の延長線上の先に見えるから、袖の部分を長く見せることに成功した。手袋の長さもきものの袖の部分とぎりぎり重なったから、なんとかセーフ。まぁ、手袋も日本人サイズなので仕方ない。写真を撮るときは気持ち手を上で組んでもらうことにする。そうするとほんの少しだけ袖が長く見えるのだ。
帯揚げは薄いピンクできものに合わせた淡い色、帯締めは逆にしっかりとした色で締めようと赤色に。帯留めは小町が猫好きだから猫が丸くなった形のものがあったのでそれにした。リザも猫派らしいので後付けかもだけど。推しだけじゃなくって自分が着たいもの・身に着けたいものを選ぶべきだしね。
で、ブーツを履いて歩き辛いきもので歩くこと数十分。草履よりはましだろうけど、やっぱ大股では無理だからね。道中地元民が『素敵ね』と声をかけてくれて、リザは楽しそうだ。私もおすすめしたからうれしい。
店に案内した時よりもだいぶ時間をかけて、先ほどの温泉街に戻ってきました。
『風は海を凪ぐ』の舞台である街並みを背景に、リザのカメラでいろいろなアングルから写真を撮った。素人なので、技術はないけどできるだけかっこよく見えるように撮ったつもり。
『リザ?!』
写真を確認してもらった途端、リザが泣き出した。え、何?!そんなに写真の撮り方がなってなかった?!
慌てる私に、リザは首を横に振る。
『……ごめんなさい。うれしくて……』
「え」
涙でつっかえながらだからか、アプリの動きは鈍い。でも、私の胸に、リザの言葉がそのまま届いた気がした。
『憧れの場所で、大好きなコマチをきもので表現している私がいることに、感動してしまって……』
涙をぬぐうことなく、カメラから私に視線を戻したリザの笑顔は、最高に輝いていて。
『ありがとう!夢に描いていた以上の経験よ!』
形に残らないのが、本当にもったいないなぁ。でも、一瞬で形に残らないからこその尊さなのかもしれない。
私はそんな矛盾を抱えて、『私こそ、ここまで喜んでくれてうれしい』と、精いっぱいの英語力で返した。
この日の動画は海外からのコメントが過去一のテンションと数になり、おののくことになる。




