47 仕上げ
夜明けの最終戦をオリオンが制覇し、ジンハとの特別試合が始まる直前、人知れず観覧席から離れる人影があった。
会場にいる人々の意識はこれから特別試合を始める舞台上の二人に集中し、その場を離脱する者の存在など誰も気に留めていなかった。
音も無く観覧席から五つの秘武具を持ち出したその者は素早く会場を離れ、村の外まで駆け出した。
そして十分に村から離れた所でようやく立ち止まり、深く息を吐いた。
「ふうぅ、ここまで来れば大丈夫じゃろ。都合良く皆の気が逸れて助かった」
秘武具を持ち出したのは観覧席にいた長老衆の一人だった。
「それにしても、役立たずのガビめ。上手く立ち回って当主の座を狙えばよいものを……中途半端に暴れ、挙げ句他所者に負けるとは。目立たぬように動いていたワシの苦労が水の泡じゃ。こうなればこの秘武具を土産にせねば向こうも納得せんじゃろ」
小休憩を挟んで再び歩き出そうとした時、不意に背後から声が掛けられた。
「おんやぁ? こんな所で奇遇じゃのぉ、ダシンや」
「ぅお、お主……ケ、ケンゴウ。何故、ここに」
「何故? 何故というなら、お主こそ何故ここに? サイガ流の行く末を決める大事な試合の最中に抜け出し、その上そのような荷物まで抱えて……」
「こ、これは」
狼狽えるダシンを射貫くようなケンゴウの目に思わず後退りすると。
「私も聞きたいですね、ダシン様。サイガ流長老衆のお一人である貴方が何故、サイガ流を仇なすような真似をするのか」
「ニ、ニーニャ……くっ、ワシの行動は読まれていたのか」
ダシンの周りはケンゴウとニーニャ、そしてシャーリィとパティが包囲していた。
「どうやら裏で悪さしている奴を上手くおびき出せたようね」
「オリオンも身体を張った甲斐があるの。でもウチはオリオンの応援をしてやりたかったぞ。ダンテ一人では心細かろうなぁ」
ダンテの立てた作戦の最後の仕上げが今回の独立推進派を煽っていた者を炙り出す罠を仕掛ける事だった。
もしもオリオンが優勝出来たなら、推進派の本家連中の過剰な自尊心を挫く事が出来る。その後のジンハの乱入も、本家の古参連中にジンハの武威を示すと同時に会場中の注意を引き付け秘武具を盗み出す隙をあえて作る為の予定通りの行動だった。
その罠にまんまと食い付いたダシンをケンゴウが気付かれぬように尾行し、夜中の内に村の外で待機していたニーニャ、シャーリィ、パティの三人と挟み撃ちにしたのだ。
「ダシンよ、お主らはブルーノ家からの独立などと謳っておったが若い連中ならともかく、お主は本気で実現出来るとは思っておるまい」
「……あぁ、そうよその通りよ。外の世界を知らん馬鹿どもをいいように転がし、ブルーノ子爵家とサイガ流の間に亀裂を生じさせる算段であったのに……あの訳の分からん奴の所為で台無しになったわ!」
「ダシン……若かりし頃より野心の強い奴じゃったが、年老いて耄碌したか。これまで引き立ててもらった恩を忘れ、このような裏切り……初代様にもお師匠様にも詫びようが無いな」
「黙れっ! こんな小さな村で終わるワシでは無いわ!」
「諦めなさい、ダシン。四対一です。いくらサイガ流の長老でも多勢に無勢。勝ち目はありませんよ」
サイガ流の長老衆ともなれば、身体は衰えて一線を退いていても培った技の冴えは未だ健在で油断は出来ないが、ニーニャが言うようにこの状況でダシンを取り逃がすような事は無い。
しかし降伏を勧告されてもダシンの顔に諦めの色は無かった。
「ふん、ワシの手元にこれが有るのを忘れたか。かつて猛威を振るったワシの武具『雷信剣』があれば貴様なんぞ簡単に蹴散らしてやるわ!」
ダシンは荷物袋の中から雷信剣を抜き取ると高々と掲げて見せた。
「ふっふっふ。放て、『重雷波』! …………何?」
ダシンがニーニャ達に刃を向けて振り下ろしたが、その刀身に何の変化も現れなかった。
「ば、馬鹿な……ワシを、主を忘れたか! 『雷咆』! 『雷斬』! 『紫轟雷』!」
必死に剣を振るい雷信剣の技を繰り出そうとするが剣は全く応えようとしない。
「な、な……」
「馬鹿じゃのぉ、お主を釣り上げる餌とするのに本物を用意する訳無かろう。今お主が持っておるのは、とある技術屋が即興で拵えた見た目だけの偽物じゃて」
「何だと……くそっくそっくそっ!」
窮地に追いやられて尚も足掻こうとダシンは手にした剣を振り回した。
「パティ、やっちゃって」
「了解なのじゃ。クラゲ、『睡眠弾』」
「ぶわっ……こんな水でやら、れ……ふぁ」
クラゲの強制睡眠効果の水を被りダシンは瞬く間に深い眠りに就いた。
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「ぬああぁぁぁ! オ、オリオンがボロボロじゃ! こ、こんなになるまで……よう頑張ったのじゃ。強敵相手に大したもんじゃ」
シャーリィ達が捕縛したダシンを村に運び込むとオリオンの様子を見に喧嘩祭りの会場へと足を運んだ。
決して楽に勝てる相手では無い以上、相当なダメージを負う事になると予想していたが治療院に寝かされているオリオンのボロボロな姿にパティが激しく動揺した。
「おう、そっちもお疲れさん。オリオンの奴もサイガ流の戦士達を相手に優勝したんだから大したもんだよな。ただ最後のジンハ戦は試合前に体力を使い切って、ろくに動けず瞬殺されてたけどな」
「ぬうぅ、ジンハ! これはやり過ぎじゃろ! オリオンを殺す気かっ!」
付き添いのダンテがシャーリィ達を出迎え、状況を軽く説明するとパティが地団駄を踏んでジンハに噛みついた。
「そう怒るな、パティ。一応手加減はしたんだ。急所は外れているから数日もすれば目が覚める筈だ」
「なぁ~にが手加減した、じゃ! それに目を覚ますのに数日掛かるほどの重傷を負わせおって……おい、治療師よ。本当に治療は終わっておるのか?」
「は、はい。出来る限りの事は致しました。ただ……ご当主様の闘気による攻撃は通常の魔法や薬での治療では治りにくく、自然治癒に任せる他無いのです」
「ぐぬぬ……」
部屋の隅で待機する治療師の説明を受けて他に方法は無いかと頭を捻っていたパティが、何かを思い付きハッと顔を上げた。
「そうじゃ! クラゲよ、出てこい」
パティの呼び掛けに応えて水精霊のクラゲが召喚された。
「ほぅ。パティは精霊術師だったのか」
「限定的な技能だけどな。しっかしパティの奴、何をする気だ?」
「よいか、クラゲ。オリオンの身体の中に入り、内側から癒すのじゃ」
パティの指示を受けてクラゲが小躍りすると触手の先端から小型のクラゲが分離し、オリオンの口から体内へと侵入した。
「ほぅ器用な真似をする。だが効果はあるのかな?」
「クラゲも水精霊の端くれだからな。水分の多い人の身体には干渉しやすい」
皆が見守る中、それまで死んだように眠り続けていたオリオンがカッと目を見開き寝台から転げ落ちるようにしてのたうち回った。
「どどど、どうしたオリオン!」
「……うっ」
パティが心配して声を掛けるが口元を押さえたオリオンは無言で立ち上がると部屋を飛び出し、外へと駆け出した。
「お、元気になったじゃねぇの」
「……あれは元気になったと言えるの?」
「自分の足で走れてんだから上等、上等」




